第1部 渡辺荘事件

itsuwari_page_book_1

検察官が起訴状に書いた犯罪事実のことを「訴因」という。
刑事裁判は訴因をめぐる検察側と弁護側の攻防である。訴因が証明されれば有罪、証明されなければ無罪である。
われわれが「渡辺荘事件」と呼んでいる殺人事件の訴因は次のとおりである。

 被告人4名は、共謀の上、被告人アナリエ・サトウ・カワムラを受取人とし、佐藤修一(当時45年)を被保険者とする生命保険契約に基づく死亡保険金を取得する目的で同人を殺害しようと企て、平成7年6月3日、埼玉県本庄市寿2丁目14番9号渡辺荘同人方において、同人に対し、トリカブトの根約7グラムを刻んであんに混ぜたあんパンを食用させ、よって、そのころ、同所において、同人を右トリカブトに含有するアコニチン系アルカロイド中毒により死亡させて殺害したものである。(平成12年12月13日付起訴状)

八木を有罪にするためには、次の事実を証拠によって証明しなければならない。

① 佐藤修一がトリカブトの有毒成分であるアコニチン系アルカロイドで死亡したこと
② 4人のうちの誰かが佐藤にトリカブト入りあんパンを食べさせたこと
③ 4人が佐藤をトリカブト入りあんパンで殺害することを共謀したこと

佐藤は平成7年6月14日に利根川で死体となって発見された。その直後に解剖されたが、佐藤の変死事件を捜査した行田警察は、この解剖所見に基づいて佐藤の死因を「溺死」と判断し、佐藤の死を「自殺」と結論した。ホルマリン漬けになっていた佐藤の臓器を5年半後に鑑定したところ、そこからは利根川に棲息するプランクトンが発見され、それと同時にトリカブト毒の成分も発見されたと言う。これらの鑑定結果は何を意味するのか。佐藤は溺死なのか毒殺されたのか。それぞれの鑑定結果は信用できるのか。

武まゆみは、4人で佐藤を殺害するための詳細な謀議を行ない、八木の指示で佐藤にトリカブト入りあんパンを食べさせ殺害した上、ディナーショーに行き、その後佐藤を自殺に見せかけるために彼に革ジャンパーやズボンなどを着せて、利根川まで運んで遺棄したと証言した。森田考子やアナリエはこの証言に沿うように見える証言をした。彼女たちの証言は信用できるのか。

われわれは、佐藤の死因の問題をまず取り上げる(第1章、第2章)。そして、さいたま地裁の死刑判決が依拠した最大の証拠である武まゆみの証言をその生成過程から証言内容に至るまで詳細に分析する(第3章~第5章)。ついで森田考子(第6章)とアナリエ(第7章)の証言が信頼できるものかどうかを検討したうえ、3人の証言相互の関係を考える(第8章)。そして、最後に事件当時の情況が武まゆみの語るトリカブト殺人のストーリーにマッチするものかどうかを検討することにする(第9章)。

Comments are closed