偽りの記憶を作る

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では、偽りの記憶を「他人が作る」ことは可能でしょうか?

1980年代後半から90年代前半、全米各地で、成人女性が父親に対する刑事告発や民事訴訟を起こすという出来事が相次ぎました。女性達が訴えていたのは、幼い頃に父親から虐待や近親姦の被害を受けたという衝撃的な内容でした。
ところが、次第にそれらの女性達からある共通点が浮かび上がります。
それは、「記憶回復セラピー」という心理療法を受けていたということです。女性達はみな、継続的なセラピーによって、幼少時の虐待や近親姦を「思い出した」というのです。セラピストは、抑うつや性的な機能不全といった精神症状を訴える女性に対して、「あなたの症状は私が診ている性的虐待を受けた被害者と似ている」などと告げた上で、患者に性的虐待を受けたことがないかを尋ねます。患者がそれを否定しても「それは記憶が抑圧されているからだ」と説明し、「記憶を取り戻すことが回復への道です」と励まします。更に、セラピストは、女性達に子供の頃の出来事をイメージさせ、夢に出てきた物語を日記に書かせるなどしました。週1回1~2時間程度、このようなセラピーを受け続けた女性達は、数ヶ月ないし数年後には鮮明な虐待の記憶を「回復」しました。そして、それが抑圧されていた幼児期の自分の記憶であると理解して受け入れるようになったのです。

心理学者のロフタス(※)は、そのようなセラピーによって「回復」された記憶の信憑性に疑問を持ち、自身の著作や法廷での証言で「記憶回復セラピー」を科学的に批判しました(Loftus & Ketcham 1994)。そして、ロフタスが提唱した科学的な疑問は社会にも広がりを見せます。次第に、娘に嫌疑をかけられた父親やその家族が娘とセラピストを訴えたり、娘が「記憶」を撤回してカウンセラーを訴えるというケースが増えてきました。1992年には、冤罪を訴える父親らを支援する「虚偽記憶症候群財団」が設立され、ロフタスも理事となっています。1997年にはニューハンプシャー州最高裁判所が、セラピーにより父親からレイプされた記憶を「思い出した」という娘から告発された父親の刑事事件で、娘の証言の信用性を否定する判決を下しています(New Hampshire v. Hungerford, 143 N.H. 110(1997))。

※ロフタスの偽りの記憶に関する研究内容は、公開のプレゼン動画配信サイトからも知ることができます。(TED「エリザベス・ロフタス『記憶が語るフィクション』

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当時のアメリカで社会問題にもなった「記憶回復セラピー」は、偽りの記憶を「他人が作る」ことが現実に可能であり、しかも不特定多数の人に起こりうるということを明らかにしました。

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