一審判決(抄)

第五 共犯者間の証言の整合性

 

弁護人は,武,森田及びアナリエの当公判廷における各証言には,以下の点で齟齬があると指摘する。

 

一 平成7年6月1日の謀議

 

1 ます,弁護人は,武証言によれば,遺書は1通は武が投函し,もう1通は置き手紙にするとされているのに対し,森田証言では「先に着いた方を警察に持っていく」などと2通とも郵送するという趣旨になっており,さらに,アナリエ証言では1通しか存在せず,それをアナリエが投函することになっていたと指摘する。

この点に関する証言に齟齬があることは,弁護人指摘のとおりであるが,前記のとおり,武やアナリエにとっては,投函者がどちらであるかは特に重要な事項として認識されていなかった可能性があり,武,アナリエのいずれもが自己が投函するものだと考えていたとしても合理性に欠けるわけではない。一方,置き手紙用の遺書については,それを置いておくのは武の役割であるから,アナリエが聞かされていなかったとしても不思議ではない。また,この点についての森田証言の信用性が低いものと考えざるを得ないことは既に見たとおりである。武証言等によれば,被告人らは,佐藤殺害後も,保険金取得に向けて謀議を重ねていたことが認められるから,森田の「先に着いた方を警察に持っていく」という証言は,実際に遺書を2通とも投函した後か,それらが配達されて入手した後になされた会話を,平成7年6月1日の会話と混同して証言して

いる可能性が高い。

2 次に弁護人は,武,森田及びアナリエがいずれも謀議の際,被告人が「マミはベテランだから。」と言ったと証言しているにもかかわらず,ベテランの武に何を任せるのかについては,武証言では,佐藤にパンを食べさせる役割を任されており,さらに,森田証言によれば,パンに入れるトリカブトの量を任されるとされており,齟齬があると指摘する。

しかし,武証言とアナリエ証言は,いずれも佐藤にパンを食べさせることに関して武に任せるという発言がなされたという意味であって,武証言においても,被告人が問題の発言の直前に「まんじゅうはマミが食べさせろ。」と発言したとされているのであって,内容において実質的な差異はほとんどない。

また,森田証言を子細にみると,森田は,「マミが,佐藤さん,まんじゅう飽きているからパンでもいいかと言ったら,固い物じゃ食べられないからいいだろうとか言って,そして,八木が「いつもの倍入れろ。マミちゃんはベテランだから,マミちゃんに任せておけば大丈夫だろう。」と言いました。」証言しているのであり,マミに任せるという発言は,「まんじゅうは飽きているからパンでもいいか」という武の問に対する答えとして述べられたとみる余地は大いにあり,武証言と一致するとの解釈も可能である。結局,この点で3名の証言に実質的な齟齬はないといえる。

 

二 渡辺荘での佐藤殺害の場面

 

1 ます,弁護人は,渡辺荘で佐藤が苦しみ出した際,武証言によれば,アナリエがフライパンを指して「これしかない」と言ったとされているのに対し,アナリエ証言によれば,バスタオルを持っていったとされているところ,バスタオルとフライパンは形状も性質も大きく食い違っていると主張する。

しかし,武証言を子細にみると,武は大要,「八木さんがアンナに向かって,洗面器を持ってこい。」と言ったが,アンナには洗面器という言葉がの意味が分からなかったようで,もたもたして何か違う物を持ってきたような記憶がある。そこで,私が渡辺荘のお風呂場まで行って中を見たが,手おけしかなかったので,手おけでは駄目だと思って,台所に戻ってきたアンナに,「ボールとか,なべとか,そういった物はないの。」と聞くと,アンナは,フライパンを指さして,「これしかない。」と言った。そのフライパンは浅い普通のフライパンで,使い物にならないと思い,八木さんのところに戻って,「洗面器もなべも何もないよ。この家。」と言った」旨証言しているのであって,アナリエが洗面器の意味が分からずにフライパンを持ってきたと証言しているわけではない。そして,アナリエ証言によれば,武証言にある「何か違うもの」がバスタオルであったことが明らかになるのであって,武証言とアナリエ証言とは完全に整合しているということができる。

2 次に,弁護人は,アナリエ証言によれば,アナリエは,もがき苦しむ佐藤を片足で押さえたとされているのに,武証言ではそのことが何も述べられていない指摘する。

この点,武証言によれば,武は,佐藤の頭側を向いて馬乗りになって佐藤を押さえていたところ,少しして,被告人が,武ではなく,「ちゃんと押さえろ。」と怒鳴った声が聞こえたので,後ろを見たところ,アナリエが佐藤の足の所に四つんばいになって押さえていたというのであり,他方,アナリエ証言によると,アナリエは,被告人から「足で押さえなさい。」と言われて,片足で佐藤の足の辺りを踏んだところ(「足を押さえろ」の聞き違いと認められる。),それじゃないんだよ,手が,おさえてんだよ。」と怒鳴られて(「手で押さえるんだよ」の聞き違いと認められる。),手で押さえたというのである。

両者の証言を対照するに,武は佐藤の頭側を向いていたのであるから,アナリエが背後で足で佐藤の足を踏んでいる場面を見なかったとしても不自然ではない。そして,武証言にある「ちゃんと押さえろ。」という怒鳴り声が,アナリエ証言の「それじゃないんだよ,手が,押さえ点だよ。」という怒鳴り声であると考えれば,両証言はよく整合しているといえる。

なお,「手で足を押さえろ」という被告人の指示を,「足で押さえろ」と聞き違え,足で佐藤の体を踏んだとういうのは,アナリエが外国人であるからこそ生じた特徴的な出来事であって,このようなエピソードを含むアナリエ証言はこの部分においては迫真性十分で信用性が高い。

 

三 ディナーショーから帰ってきた後の行動

 

弁護人は,ディナーショーの後,被告人,武,森田及びアナリエがいつ,だれと,どのようなタイミングで渡辺荘に行き,「レオ」に戻ってきたかについてことごとく証言が相違しており,また,佐藤の死体に革ジャンパー等を着せた順序についても,武証言とアナリエ証言とが相違していることを指摘して,順番について記憶違いをしただけだなどという弁解は到底通用しないと主張する。

しかしながら,関係証拠によれば,このとき被告人らは,鹿野及び川村に不審の念を抱かせないよう,組合わせを変えては,「レオ」と渡辺荘を小刻みに何度も往復し,短時間のうちに証拠が残らないよう様々な工作をした上で,佐藤の死体を利根川に投棄しようと焦っており,また,死体硬直のためにうまく着せられなかったことから,急遽素肌に革ジャンパーを着せることになったり,袖が通らなかったのでハサミで切ったり,最終的には革ジャンパーの上からセーターを着せることになるなど,予定外の事態が次々と生じていたというのであるから,被告人らは,この間,相当に興奮し,緊張し,慌ただしく作業を進めていたものと認められるのであって,これに証言時までの時間の経過を考え併せれば,「レオ」と渡辺荘の行き来の状況や佐藤の死体に革ジャンパー等を着せた順序について証言が乱れたとしてもやむを得ないともいえるのであり,この点の証言に齟齬があるからといって,直ちに武らの証言が虚構であるということにはならないと考える。

 

四 細野荘事件

 

最後に,弁護人は,平成5年秋ころ,細野荘で佐藤が嘔吐するなどした場面について,武証言と森田証言のいずれによっても,被告人が「トリカブト」ないし「カブト」という言葉を発したとされているが,武証言によれば,「トリカブトが出たら困る。」という文脈で発言したとされているのに対し,森田証言によれば,カブトの根っこか茎の「どの部分を入れたんだ。」という文脈で発言したとされており,両者は矛盾すると指摘する。

この点,武は被告人の指示に従ってトリカブトの根を使っていたのであるから,被告人が,武に対して,根っこか茎の「どの部分を入れたんだ。」などと問うことは極めて不自然であって,これは森田の聞き違いか,記憶違いであろうが,そもそも,森田は,トリカブト入り「まんじゅう」を佐藤に与える部分に直接関与していないのであるから,細野荘における被告人と武との会話を完全に理解し,表現することができなかったとしてもやむを得ない。むしろ,この場面において被告人が「トリカブト」あるいは「カブト」という言葉を使ったという点や,保険を掛けてから1年たっていないから,今死なれると困ると発言したなどの特徴的な部分が一致していることこそ重要であって,この部分に関する両名の証言の信用性は高いということができる。

 

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