一審判決(抄)

第四 アナリエ証言の信用性

 

一 アナリエの記憶

 

弁護人は,アナリエが当公判廷において,佐藤殺害の事実を忘れ,自殺したと思っていた時期があったと証言したことをとらえて,アナリエ証言も「偽りの記憶」であると主張する。

確かに,アナリエが佐藤殺害の場面に立ち会っている以上,その記憶をその後失い,佐藤は自殺だと思っていたなどという証言は,武の場合と同様,到底信用することができない。しかし,アナリエ証言をみると,反対尋問の途中まで,佐藤殺害を忘れたことはなかったと証言していたにもかかわらず,弁護人から,佐藤がパンをのどに詰まらせた際,水をあげたという事実を忘れていたのではないかなどと尋ねられたのをきっかけとして,忘れていた部分があると証言するようになり,最終的には,佐藤殺害の事実を忘れており,自殺したと思っていた旨証言するに至っていることが認められる。かかる供述経過に照らすと,アナリエの忘れていたということの意味も,森田と同様,日ごろ考えないようにしてきたので,記憶が断片化していてすらすらと筋道立てて話すことができなかった,あるいは,いざ話そうとすると細かい部分を相当忘れていたという意味にすぎないとみるのが妥当である。

アナリエの証言には,日本語能力が十分でない中で,被告人らとの間では日本語でやり取りをした経緯を証言するという特殊性があり,また,証言態度全体を通観してみるとやや自己に有利になるよう証言を場当たり的に変遷させている形跡も否定できないから,その証言の信用性については慎重に検討する必要があるが,少なくとも,佐藤殺害に関する事実の核心部分については武証言と一致しており,相応の具体性,迫真性を備えているということができるのであって,これらがすべて捜査官による捏造であるとは到底考えられない。

 

二 他の者の供述との整合性

 

1 まず,弁護人は,アナリエは,佐藤の死体を利根川に運んだ際,渡辺荘を出てすぐに右折し,突き当たりを左折したと証言しているところ,本庄市役所の職員である証人内田光一の当公判廷における証言によれば,アナリエが供述した部分より先の道路は当時未だ一般の通行の用に供していなかったと認められるから,アナリエ証言は信用できないと主張する。

しかし,内田証言によれば,弁護人の主張する道路は,バリケードで完全に封鎖されていたわけではなく,通行しようと思えば可能であったと認められる上,付近には,その道路以外にも利根川へ通じる道路は幾通りも存在することが認められるから,アナリエ証言が客観的状況に反するということはない。

2 次に,弁護人は,アナリエが,出産後フィリピンから日本に戻ってくると佐藤が渡辺荘に住んでいたと証言している点について,渡辺兼子及び佐藤進の各供述によればそれ以前から佐藤は渡辺荘に住んでいたことになるから,アナリエ証言は信用できないと主張する。

この点は既に検討したとおりであって,武証言と同趣旨のアナリエ証言は信用することができる。

これに対し,弁護人は,佐藤進供述によれば,同人は,佐藤とアナリが同居していることを知らなかったとされているから,佐藤進に対する偽装工作など必要ないと主張する。しかし,渡辺荘を訪問するまでに佐藤進自身が同居の事実を知っていようといまいと,被告人としてはこの段階で夫婦として同居生活を送っている様子を佐藤進に見せつけておけば,後日保険金の受取などを妻としてアナリエが円滑に行うことができるなどと考えて偽装工作をするよう指示することはごく自然な成り行きであるから,偽装の必要がないとの弁護人の主張は採用できない。

また,弁護人は,アナリエが,佐藤は灰皿が一杯になっても捨てない癖があり,そのことを被告人に告げると,被告人が佐藤にちゃんと灰皿を片付けるよう指示するから大丈夫だという趣旨のことを言ったと証言している点について,佐藤が灰皿の灰を捨てない癖があるというのは,同居していなければ分からないはずだと主張する。しかし,武やアナリエの証言等によれば,佐藤はアナリエと同居する以前から何度か渡辺荘を訪れており,また,アナリエも細野荘を訪れて,佐藤の行動様式や部屋の様子を見ていたことが認められるから,同居していなくても佐藤が灰皿の灰を捨てない人物である程度のことは知っていたとしても何ら不自然ではない。

 

三 供述の変遷

 

弁護人は,アナリエ証言には,以下のような変遷がみられるので信用できないと主張する。

1 まず,弁護人は,アナリエが別荘における謀議の際に被告人から受けた指示のうち,佐藤がいついなくなったことにするかという点について,当公判廷においては,買物から帰ったときにいなくなったことにするという指示だったと証言したのに対して,平成12年11月の取調当時は,ディナーショーに行っているときにいなくなったことにするとの指示であったと供述しており,その後の同年12月の取調では,何か教えてくれたことを覚えているが,内容が余りよく理解できなかったということになっていると指摘する。

この点,謀議における被告人の指示は,前記【犯行に至る経緯と罪となるべき事実】の第二章の六の1の項で認定したとおり,「午後3時に買物から渡辺荘に帰ってきたら,佐藤がいなかった」というものであったと認められるが,関係各証拠によれば,アナリエは,謀議の際,通訳を介さずに日本語で被告人らと会話しており,アナリエ証言によると,当時のアナリエの日本語理解能力をもってしては,もともとこのときの謀議の内容を正確に聴取することができず,理解が不十分であったことが看取されるから,この点についてアナリエの供述に混乱がみられたとしてもやむを得ない。

なお,家出人捜索願によれば,アナリエが「午後5時ころ,お店(スナック)に出勤し,翌午前3時ころ帰宅してみると,置き手紙もなくいなくなっていた。」とされているが,これは,既にみたように,服装が,実際とは異なって「黒色ポロシャツ,灰色ズボン」と申告されたのと同様,アナリエ及び森田が被告人の指示を正確に理解していなかったために生じた齟齬であるとみるべきである。

2 次に,弁護人は,アナリエが,渡辺荘での佐藤殺害後,ディナーショーに行く前に被告人の家に寄ったことについて,当公判廷では,被告人方にいた時間は数分間と証言しているのに対し,平成12年の取調べのときには,まだディナーショーに行く時間が早すぎるということで被告人方で武と3人でビールを飲んだと供述していたことを指摘する。

この点,アナリエ自身,当公判廷において捜査段階の供述は誤りであったと明確に証言しているところ,武は,自動車で自宅から「レオ」に向かう途中,被告人の自宅の前を通り,被告人とアナリエを乗せたと証言しており,被告人も,ディナーショーの前に被告人方でアナリエらを交えてビールを飲んだとは供述していないから,そのような事実はなかったものと認められるのであり,アナリエの捜査段階の供述は別の日の出来事と混同したものとみることができる。

3 最後に,弁護人は,アナリエ証言は,佐藤の死体に衣服を着せた点について,捜査段階における供述と着せる順序が変わっており,また,捜査段階では靴を履かせたと供述していたのが,当公判廷では誤りだったと訂正しているが,これは武証言の内容を知って矛盾に気づいたからであって,このようなアナリエ証言は信用性がないと主張する。

しかし,仮にアナリエが明確に記憶にない事項について他の者の供述と適当に合わせてその場を逃れようとする人物であれば,捜査官はそれを利用して,捜査段階から武証言と一致する供述を得ることも可能であったであろうが,実際にはそのような結果にはなっていないということは,アナリエが不正確ながらも一応自己の記憶に従って供述,証言していることの証左というべきである。そして,渡辺荘で佐藤の衣服を整えるという慌ただしく緊張した場面で,着せた順序や,靴を履かせたか否かなどについて記憶の乱れが生じたとしても,ある程度やむを得ないことといえることから,これをもってアナリエ証言全体を虚構と断じることは適当でない。

 

四 証言内容自体の不自然性

 

弁護人は,アナリエ証言は内容自体が不自然であるとして,以下の点を指摘する。

1 まず,弁護人は,アナリエ証言によれば,遺書が届いた後,被告人がアナリエから渡されてそれを読み,アナリエにも内容を告げたとされており,二人ともそこで初めてその内容を知ったという様子であるが,これがオリジナルの記憶であり,佐藤は自殺だったと主張する。また,投函前には指紋を付けないように細心の注意を払っていた被告人が,この場面では素手で手紙に触れており不自然であると主張する。

しかし,開封せずに警察に届けるのわけにはいかないから,届いた手紙を開封して文面を見ることは当然であるし,アナリエ自身は開封する時点まで遺書の詳しい内容を知らなかったのであるから,被告人が内容をアナリエに告げることも何ら不自然ではない。また,指紋の点については,遺書が無事に配達された後は,そこに被告人の指紋があっても,その説明はどのようにもできることは自明であり,被告人が懸念したのは,到達以前の段階でこの遺書を関係機関が手にした場合のことであると考えれば,容易に了解可能であり,被告人の行動は全く不自然ではない。

2 次に,弁護人は,アナリエは,平成7年6月3日に渡辺荘で武が佐藤にパンを与えるところを見たと抽象的に述べることはできても,それを絵に描くなどして具体的に表現することはできないのであって,このようなアナリエ証言から佐藤にトリカブト入りのパンを食べさせた事実を認定することはできないと主張する。

しかし,アナリエ証言によると,パンの絵までは書くことができないものの,武が佐藤にあんパンを食べさせていたという点は明確であり,その前後の証言も具体的且つ迫真性に富み,武証言とも主要部分において合致してるのであって,十分に信用することができるというべきである。

3 次に,弁護人は,アナリエが,佐藤を殺害した後,佐藤の顔は見なかったと4回も証言したにもかかわらず,検察官が再三尋問したことによって,「ちらっと見た。ほっぺたのところが汚くて,口が腫れていた。」と証言を変更しており,その証言は信用できないと主張する。

しかしながら,アナリエは,武が佐藤の掛け布団を引っ張るのを見たと終始証言しているのであり,そうであれば,アナリエは佐藤の顔をみているのが自然であって,佐藤の顔を見なかったという当初の証言よりも,「ちらっと見た。」という変更後の証言の方が合理的であるといえる。佐藤の顔を見なかったとのアナリエ証言は,よく見なかったとの趣旨を表現するものと理解すべきであり,変更後の証言はそれなりの具体性も備えていて信用してよいと思われる。

4 最後に,弁護人は,アナリエ証言によれば,①アナリエが武にハサミを渡してから便所で吐いているわずかな時間に革ジャンパーの襟を切ったことになり不自然であること,②アナリエは襟のないことに気づいたのは,セーターを着せ終わってからとされているが,セーターを着せてしまえば襟の部分は見えないから不自然であること,③平成7年6月17日に,行田警察で死体の写真を見てそれが佐藤であると確認した帰り道,自動車の中で,アナリエが被告人に「何で襟がないの。」と尋ね,被告人は「本人が切ったんじゃないの。」と答えたとされているが,被告人が襟を切ったのだとすればこの受け答えは不自然であることなどを指摘する。

ます,①については,アナリエが便所で吐いていた時間が明らかでなく,アナリエが見ていない間に襟を切った可能性がないとはいえない。②については,確かに証人尋問におけるやり取りを表面的に見れば,セーターを着せ終わってから気づいたと証言をしたようにとれるものの,これは言葉の問題であって,前後の証言を精査すれば,アナリエは,要するに,セーターを着せる段階になって襟がないことに気づいたと証言しているものと理解するのが妥当である。③については,アナリエは,「襟」という日本語の意味を尋ねようとして誤って「何で襟がないの。」と発言してしまったものである旨証言しており,既にみたところアナリエの当時の日本語の理解力,表現力に照らせば,この点に特段の不自然性はなく,これに対する被告人の発言は,口裏合わせの指示として,「被害者が自分で切ったということにする」という趣旨のことを述べたものとみれば,なんら不自然ではない。

 

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