一審判決(抄)

第三 森田考子証言の信用性

 

弁護人は,森田の証言も「偽りの記憶」であり,信用することができないと主張するので,以下検討する。

 

一 森田の記憶

 

弁護人は,森田が公判廷において,佐藤殺害の記憶について,「渡辺荘の玄関から先の出来事は,何日も真っ暗でした。」との証言をしていることに照らすと,森田にも,渡辺荘での佐藤殺害の記憶はなかったのであり,森田証言も「偽りの記憶」であると主張する。

しかしながら,この点に関する森田証言をみると,以下のとおりである。

平成11年の6月に,任意の調べのときに,佐藤さんを知っているかということを警察から聞かれたということを証言しましたよね。

はい。

で,そのとき,自殺したということを言ったと言っていましたが。

はい。

当時のあなたの記憶では,佐藤さんは,どうしたと思ってたんですか。

記憶ですか,自殺に見せ掛けてないとだめだと思っていました。

自殺に見せ掛けて殺したんだという記憶だったんですか。

はい。

それは,間違いないんですか。

(うなずく)

その時点で,佐藤さんの死体を見たということは覚えていたんですか。

覚えていません。

具体的に,いつどこで見たかは覚えてないが,見たという漠然とした記憶があったとかいうんじゃなくて,もう見たこと自体,全く覚えていなかったんですか。

佐藤さんの死体…………,覚えてないんじゃなくて,自分が,それを忘れるように努力してたんですよ。言ってしまうと,八木に自分が,その保険金のお金も自分がもらってるわけじゃないですか,もらってるお金もパーになってしまう,どうになるか分かんないから,言ってはいけないと,自分の中に,常に言ってはいけないんだということはありました。だから忘れてた,記憶をなくしたんではなくて,言ってはいけないという思いのほうが強かったのです。

言ってはいけないというのは,頭の中にあるんだけど,それを言っちゃいけないということだから,忘れてるわけじゃないですよね。

はい,違います。

(中略)

佐藤さんの死体を見たという記憶があるのを隠していたということになるんですか。

そうです。だって,しゃべっては,自分がもう常に言われていましたから,見たことは忘れるって,自分では忘れようとしてるだけであって,忘れることはできません。

だけど,あなた,頭の中は渡辺荘に入った以降はブラックになっちゃってて何も出てこないというような,入口から先はもうブラックだというようなことを証言してましたよね。

はい。

そうすると,それはどういうことになるんですか。

だから,言っちゃっていいんだかどうだか,自分の中に迷いというか,見たって言ったらどうなるんだろうという………なんて表現したらいいんだか分からない,残ってるんだけど,自分だけでふさいじゃってるんですよ。しゃべっちゃいけないんだという,常に八木から,いいか,しゃべるんじゃない,しゃべるんじゃないというのを常に言われてきたんですよ,それを自分の中に。だけど,私が見てるんだから,うまく説明できないんですけど,言っちゃいけないという思いのほうが強かったんですよ。だから,なんて言ったらいいのかな,難しいんですけど………証言がちょっと難しいんですけど,毎日のように,佐藤さんの死体を覚えてるわけじゃないんですよ。なんて言ったらいいか………。

しかし,思い出そうとすれば,すぐ浮かんでくる状況にはあったということなんですか。

あったというか,そのときに,ずっとあったんですけど,なんて説明したらいいのかな………なんて言ったらいいんだろうな………。

だけど,あなた,3日間も黙ってたというのは,正にその場面のことなんでしょう。

はい。なんて説明したら分かってもらえるのか,死体のところは,自分も怖かったので………忘れて………忘れてたでいいのかな………そこの部分のとこって,自分の中ですごく怖い部分なんですよ。それを,自分の心の中で,言わば,閉じちゃってるんですよね,怖かったので。で,刑事さんに,結局,普通,人のうちに行くときにはどうやって入るのって言われて,普通,靴脱いで入りますよね,そういうことから,自分の中で,もう,自分,分かってるんだけど,もう言わなくちゃいけないんだなって,でも,怖いし,どうしようって,見たって言えば,どうになるんだろうって,だから,それをずっと,はっきり言って隠してたようなものがあって,でも,やっぱり話さなくちゃいけないって,どうになってたんだって,忘れてたんじゃなくて,記憶を消してただけであって,自分の中で,何て言ったらいいのか,難しいんですよね。

 

以上の証言内容に照らすと,森田のいう「真っ暗」とは,厳密な意味で記憶がなかったという意味とは考えられず,要するに,毎日のように佐藤殺害のことを考えていたわけではなく,むしろ,恐ろしい記憶だったのでできるだけ思い出さないようにしていたため,警察官からトリカブト事件について聞かれた際,すんなり供述できなかったという意味であると理解するのが相当である。

もっとも,当然のことながら,時間の経過とともに出来事の細部について記憶を失うことはやむを得ないところであり,森田証言中の「ガラスのかけらを川に投げたのを拾うような形で,一つ一つ思い出してきた」との表現は,そのような細部の記憶を喚起する過程を森田なりの言い回しで説明したものとみるのが自然である。

また,森田は,上記証言のほか,3日間黙っていたうち,思い出そうとしていたのは最初の1日だけであり,残りの2日間は,佐藤の死体を見たことを供述するべきか否かで悩んでいたものである旨の証言もしているのであるから,これに照らして,森田考子の記憶が,捜査官の誘導や脅迫によって作り出された「偽りの記憶」であるなどという弁護人の主張は到底採用することができない。

 

二 証言内容の不自然性

 

弁護人は,森田証言はその内容が不自然,不合理であるとして以下の点を挙げるので検討する。

1 森田証言によれば,森田は,被告人から「大事な話がある。」と言われて,平成7年6月1日の別荘での謀議に参加したとされているところ,弁護人は,この証言は信用できないとし,その根拠として,森田は,この謀議で自分は何も役割を与えられなかったと証言しているが,これは,佐藤殺害後,森田が,アナリエに付き添って警察に捜索願を出しに行く役割を支持されていたとする武証言やアナリエ証言と矛盾するし,一方,森田証言を前提とすれば,森田が謀議に参加する必要はないことになり,いずれにしても不自然であると主張する。

しかしながら,関係各証拠によれば,佐藤殺害後,森田が,アナリエに付き添って警察に捜索願を出しに行く役割を担ったことが認められるのであるから,武やアナリエが証言するように,同日の謀議の際にも,森田がこの役割を指示されていたとみるのが自然であって,武証言,アナリエ証言の信用性は高く,森田は当時被告人の指示を聞き落としたか,記憶違いをしているものと考えざるを得ない。弁護人は,仮に何らかの役割を与えられたのであれば忘れるはずがないと主張するが,これについては実際に警察に捜索願を出しに行った際の森田の行動を見れば説明が可能である。すなわち,武及びアナリエの各証言によれば,森田は,被告人から,アナリエに付き添って捜索願を出しに行き,アナリエをサポートして警察に詳しい説明をする役割を与えられていたにもかかわらず,全くその役割を果たさず,結果として,日本語の能力に乏しいアナリエの説明によって,佐藤が黒色ポロシャツと灰色のズボンを着用していたという内容の捜索願を提出してしまい,佐藤の死体が革ジャンパーと黒色ズボンを着用していることと矛盾してしまう結果となったことが認められるところ,このことは,森田が,佐藤殺害後の自分の役割を理解していなかったことを端的に示しているといえる。つまり,森田は,被告人の話を耳にはしていても,自己が本件で相応の役割を与えられていることがよく理解できていなかった(森田が,犯行計画の詳細を知らされておらず,自己が主役でないということも影響していよう。)とみるのが相当であって,武証言及びアナリエ証言との相違は,このような森田の認識,理解の不十分さから生じたものと考えれば何ら合理性を欠くものではない。

2 次に,森田証言によれば,森田は平成7年6月1日の謀議の際,被告人と武との間で,「まんじゅう飽きてるからパンでもいいか」,「いつもの倍入れろ」という会話がなされているのを聞いて,佐藤にトリカブト入りのパンを食べさせて殺す計画であることを知ったとされているところ,弁護人は,かかる会話だけから,この計画を想定することは不可能であると主張する。

この点については,森田自身は,トリカブトを用いて殺すのだと理解した理由は,佐藤が細野荘で倒れたときに被告人の口から「カブト」という言葉が出るのを聞いたこと,日ごろ佐藤に飲ませていたコーヒーの中に「トリカブト」が入っていると被告人から教えられたことがあるからであると説明しているのであるが,弁護人は,森田がトリカブトについて供述したのは,武がトリカブトについて捜査官に供述した後の同12年9月になってからであり,またコーヒーにトリカブトが入っている旨の供述をしたのは同年12月に入ってからであって,森田は,武の自白内容を捜査官から繰り返し示唆され,それに見合う「記憶」を甦らせるように圧力をかけられたものであると主張する。

しかし,森田は,トリカブトのことを忘れたことはあるかという弁護人の質問に対して,「忘れようと努力していただけ。」とか,「生活に必要ないから忘れてはいる。」などと答えているところ,その前後のやり取りを総合すれば,これは記憶を失っていたという意味ではなく,自己にとって忌まわしい思い出であり,思い出す必要もないので頭に浮かべないようにしていたという趣旨であると理解できる。そして,トリカブトについて供述した経緯については,森田は,捜査官から,佐藤の死体を解剖したことを聞かされ,また,佐藤は何を飲んでいたのかなどと聞かされたため,トリカブトのことがばれてしまったと考えて自分から進んで供述したのであって,捜査官からトリカブトという言葉を聞かされて供述したのではないと明確に証言している。この点,森田が共犯者の中で最も早く自白を始めたからといって,犯行のすべてにわたって細大漏らさず正直に供述するとは限らないのであって,現に森田自身,佐藤の死体を見たことについても,話すべきか否か2日間迷ったなどと証言しているのであるから,トリカブトについてもできれば供述したくないという思いに駆られる時期があったとしても何ら不自然なことではない。その後,捜査官とのやり取りから,既に捜査官がトリカブトのことを知っていると察知し,隠しても無駄であると考えて供述したというのも極めて自然な流れであって,供述経過に関する森田証言の信用性に疑念を容れる余地は乏しい。

3 次に,弁護人は,森田が,佐藤の死体を見た際,被告人が足で佐藤の横腹の辺りを揺すったところ,佐藤の足がバサンバサンという音を立てて,左右に揺れたと証言している点について,このようなことは法医学的にみて不可能であると指摘する。

しかし,森田証言にいう「横腹の辺り」というのは,布団の上から見た大体の位置を述べたものにすぎず,文字どおりの「腹」とは限らないのであって,腰や大腿部を含むやや広い範囲を想定すべきである。そして,前記大野回答書によれば,腰部や大腿部を揺すった場合には足先が動くことは当然あり得ると認められるから,森田証言が法医学的にみて不可能とまではいえないと考えられる。

4 次に,弁護人は,森田証言によれば,渡辺荘へ向かう車の中で,被告人に対し,「捕まらないの。」と聞いたところ,被告人は「捕まるような悪いことはしていない」と答えたとされているが,この被告人の発言の意味について,森田証言では,「捕まるようなへまはしていない」という説明と,「捕まるような悪いことはしていない」という矛盾する2つの説明をしており,不自然であると主張する。

確かに,森田が証言した2つの説明は,意味がまるで違うが,それまでの事態の推移をも踏まえて考えれば,被告人の発言の趣旨は,要するに,証拠は残していないので警察に捕まる心配はないということであり,当時の森田の理解もそのようなものであったとみるべきである。

5 最後に,弁護人は,森田証言によれば,佐藤の死体を見た森田が,「警察に通報しなければ。」と話すと,被告人は「そんなことするわけにいかない。」と言ったとされているが,謀議では佐藤の死体をその後利根川に流すことになっていたというのであるから,森田の発言は明らかに不自然であると主張する。

この点,森田は,この後佐藤の遺体をどうするのかが分からなかったので,被告人に聞いてみたと証言しているところ,森田の表現能力の問題もあってその趣旨は明確でなく,この発言の意味を一義的に明らかにすることは困難であるが,これまで犯罪経験のなかった者が現実に死体を目の当たりにして,怖じ気づいてとっさに上記のような言葉を口にしたところ,被告人からたしなめられた,とみてそれほど大きな相異はないものと考えられる。いずれにせよ,逆に謀議自体の存否を問題としなければならないほどの重大なやり取りとは考えられない。

 

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