一審判決(抄)

七 証言内容自体の不自然性

 

弁護人は,武証言はその内容自体が不合理であるとして以下の点を挙げるので検討する。

1 ます,弁護人は,渡辺荘は,周囲に一般住宅や集合住宅が建ち並ぶ住宅地にあり,隣家との距離は3.1メートルないし6.1メートルしかないところ,このような場所で,午後3時という時間帯に,大きな声を出して吐かせたり,暴れている佐藤を押さえつけるなどの修羅場を演じ,その後佐藤の死体を放置してディナーショーに行った上,深夜,共犯者4人が代わる代わる現場に駆けつけて部屋の掃除をしたり,死体の着替えをさせて渡辺荘に横付けした自動車に運び入れたというのは極めて大胆な振る舞いであるが,当時付近の住人が不審な物音や話し声を聞いたという証拠はなく,不自然であると主張する。また,2年間もかけて衰弱死計画を地道に続けてきた被告人が,それを台無しにしてしまいかねないことをするとは到底思えないとも主張する。

確かに被告人らの行動は大胆極まりないといえるが,関係証拠によると,大家である渡辺兼子ですら佐藤がいつの間にか渡辺荘に住んでいたなどと供述している状態であることに照らすと,付近の住人が佐藤の住む渡辺荘の様子に無関心であった状況が看取される上,共稼ぎの所帯が多いなど付近の状況如何によっては深夜の犯行の方が却って人目につくとも考えられるのであって,犯行が白昼行われたことをとらえて一概に不自然であると断じることはできない。そして,佐藤には当時,被告人ら以外に,日ごろから付き合いのある親しい友人はとりたてていなかったと認められるから,被告人らは,とりあえず鍵をかけて外出すれば,他人が入り込んで佐藤の死体を発見するおそれはないとの判断のもとにアリバイ作りのディナーショーに出かけるなどの行動をしたとも考えられるのであって,武の証言する犯行態様が不自然であるとまではいえない。

また,被告人が,日ごろ,生命保険に入ってすぐに死亡すると疑われるので,長い期間をかければかけるほどいいなどと発言する一方で,過労死作戦,成人病作戦によっても一向に弱らない佐藤にしびれを切らし,武や森田らの前で,「佐藤さんが勝手に自殺でもしねえかな。佐藤さん,病気になって死んじゃえばいいのに。このままだと俺の方が先にくたばっちゃうよ。」などと繰り返し発言していたことは,前記【犯行に至る経緯と罪となるべき事実】の第二章の二の8や同三の7の甲でみたとおりであり,当初長期計画を立てて余裕を示していた被告人が,やがて時間の経過とともに事態が思いどおりに進展しないことに焦りを感じ,ついに殺害に踏み切るというのは極めて自然な推移であって,格別違和感を抱かせることはない。

弁護人は,さらに,アナリエが,佐藤は自転車に乗って出かけたりしていた旨証言していることを挙げ,平成7年6月3日に佐藤が渡辺荘にいなければ殺害計画は崩壊するにもかかわらず,その点に関する謀議が行われた形跡が全くないのは不自然であるとも主張する。

しかし,関係証拠によれば,当時,佐藤は仕事を辞めて日中も渡辺荘でぶらぶらしていたというのであり,弁護人が指摘するアナリエ証言によっても,佐藤の行き先は,たばこを買いに行く程度だったというのであるから,当日佐藤は渡辺荘に在宅するか,仮に出かけていたとしてもすぐに戻ってくる状況にあったことはほぼ確実というべきであり,被告人らが佐藤が渡辺荘にいることを前提に計画を立てていたとしても何ら不自然ではない。もとより,佐藤が長時間外出していればこの日の計画は失敗に終わったであろうが,その場合にはまた次の機会を窺えばよいだけのことであって,武の証言する犯行計画が一分の隙もない完全なものではなかったからといって,その証言が虚偽であることの証拠になるというわけではない。

2 次に,弁護人は,武が,平成7年5月10日ころ,佐藤を坂東大橋から飛び込ませ,自殺に見せかけて殺害する計画を決行しようとしたが失敗したと証言している部分について,肝心の遺書に関する証言がないことや,失敗した後,佐藤が再び「赤ちょうちん」に姿を現した際,佐藤がなぜ決行したかったのかについてこれを追及する会話がないことなどの不自然さを挙げ,アナリエの来日を待たずに計画を実行しなければならない事情の変化も説明されていないとして,武証言は信用できないと主張する。

しかし,遺書については佐藤が飛び込んだ後に置き手紙として渡辺荘に置いておくことでも十分にその役割は果たせるから,あらかじめ遺書をどうするかに関する会話がなくても不自然とまではいえないし,佐藤が決行しなかった理由についての会話がなかったことについては,武は,「飛び込みを決行しなかったことについて佐藤を責め立てると,もともと余り乗り気でなかった佐藤が怖じ気づいて本当に逃げ出してしまうかもしれないから怒らなかったと八木さんから聞いている」旨証言しており,関係証拠によって認められる当時の状況に照らすと,この態度もあながち合理性を欠くものではないといえる。アナリエの来日を待って実行に着手するかどうかの点についても,アナリエ証言によれば,被告人は,同年4月9日にアナリエが出産した後は,早く日本に戻るよう強く促していたというのであるから,アナリエが早晩来日することを見越した上で,保険金を請求する時点でアナリエがいれば不都合はないと考えて実行に移したということも考えられる。よって,いずれの点も武証言の信用性を失わせるものではない。

3 次に,弁護人は,武証言中,実行日を被告人が伊豆に旅行に行くことに決めていた平成7年6月7日から,同月3日のディナーショーの日に変更した経緯について,①伊豆旅行に出かけることで「完璧なアリバイがある。」と言っていた被告人が,計画を変えた途端,「俺が本庄にいた方がいい。」などと言ったのというのは明らかに矛盾する態度である,②トリカブトが検出されることを恐れていた被告人が,その危険が十分に予想される方法に計画を変更したというのも不自然であるなどと指摘する。

①については,武証言にいうところの被告人の「確認癖」が高じて,被告人が自ら犯行現場に臨んで手落ちがないかどうかなどを見届けることができる計画に変更したとも考えられるし,武証言によれば,被告人はアリバイの概念について誤解しており,被告人自身は,同月3日の計画に付いても,ディナーショーに出かけることで「一連のアリバイ」が成立すると思っていたというのであるから,犯行地となる本庄市内にいながらにしてアリバイを確保する妙案を考えついて計画を変更したとも考えられる。

②については,武証言によれば,被告人は,自然に生えているトリカブトを採取してきたので入手経路がばれないこと,トリカブトを処分すれば自分たちの周囲からトリカブトが発見されることはないこと,死体が水中で腐ればトリカブトは検出されないことなどを武に告げたというのであるから,この考えに科学的根拠があるかどうかはともかくとして,被告人としてはそのように考えて計画変更をすることもあり得ることといえる。弁護人は,そうであれば2年間もトリカブトを与えるという迂遠な方法にこだわる必要はないとも指摘するが,被告人が,病死に見せかける方がより犯行発覚の危険が少ない方法であると考えていたとすれば(現に,その後風邪薬事件でも迂遠な方法にこだわっている),当初その方法にこだわったことに何ら不自然な点はなく,死体を水中に投棄すれば一応安全であろうと新たに思いついて計画を変更するということもあり得るものと考えられる。

4 次に,弁護人は,被告人が,永山荘では武にトリカブトの根をまるまる1個全部使えと言っていたのに,別荘での謀議の際にはいつもの2倍入れろと言ったことや,詳細な謀議をしていながら,「赤ちょうちん」でトリカブトをパンに詰める場面を森田に見られないよう武に指示したというのは不自然であるなどと主張する。

確かに,武証言によると,犯行に用いるトリカブトの量について,被告人の表現が時期によって異なっているのは弁護人指摘のとおりであるが,その点を指摘する武証言には,むしろ経験したとおりの事実を述べていると考える方が合理的といえる。

森田に見られないように指示したとの点については,武証言によれば,被告人は,「入手経路はマミと俺しか知らないから,二人がしゃべらなければ絶対に分からない。」と言うなど,トリカブトに関する事項については基本的に武以外の共犯者にすら秘密にしていたことが認められるから,上記の被告人の言動も何ら不自然ではない。弁護人は,そうであれば最初から二人で実行すればよいとも主張するが,アナリエは保険の受取人等として不可欠であるし,森田についても,過労死作戦や成人病作戦にはその実行者として関わらせているので,更に一段と犯行に巻き込み罪悪感を持たせてその口封じなどを図る一方,司直の手が入った場合を想定すると犯行に関する知識は最小限にしておいた方がよいと考えることはごく常識的なことといえる。

5 次に,弁護人は,佐藤の死体の服装に関する武の説明は不自然であると主張し,①靴の中敷きをわらじのかわりに使うというのは余りにも突飛な発想である,②佐藤の革ジャンパーの襟の形状に照らせば,襟が何かに引っかかるかもしれないから切るという発想は不自然である,③革ジャンパーが脱げないように襟を切ったにもかかわらず,その直後に,襟を切ったから脱げちゃうかもしれないと言ってセーターを着せたというのは矛盾している,などと主張する。

①については,確かに,武自身も,意味不明と証言しているほどであるが,それだけに,武は,被告人の発言を聞いたまま証言しているものと認められる。仮に武が偽りの記憶を想起したのだとすれば,このような意味不明な記憶が想起されることはおよそ考えられないことといえる。この点,弁護人は,佐藤は,利根川に飛び込む際,川を泳ぐために坂東大橋の上であらかじめ靴を脱ぐ必要があるが,飛び込んだ後は,川底や河原を歩かなければならないことから中敷きを入れていたと考えられる旨主張するが,それは武証言による偽装自殺を前提にした上でのことであって,被告人が供述するとおり,佐藤が本当に自殺するつもりであったのであれば,川を泳ぐ必要も,川底や河原を歩く必要もないのであるから,弁護人の説明は成り立たない。

②及び③については,襟が何かに引っかかるかもしれないという考えは,弁護人が主張するほど不自然な発想ではないし,襟を切ったことによって,却って首の周りが脱げやすくなったと感じてセーターを着せることも理解できなくはない。

他方,佐藤が日ごろ靴下を2足重ねてはいたり,ゴムの部分を紐で結ぶなどのことをしていたといっても,革ジャンパーの上にセーターを着ているところを見た人がいるわけではないのであって,仮に佐藤が真に自殺をしたのだとすると,革ジャンパーの上にセーターを着ていたことの説明がつかない。

なお,前記の被告人の当公判廷にけおける供述を前提とすれば,被告人は,自殺する直前の佐藤の姿をみているはずであるにもかかわらず,「武だけが佐藤さんの服装を知っていたのではないかと思う。」などと供述しており,明らかに不自然である。

6 次に,弁護人は,武証言によれば,佐藤の靴は自殺を仮装するための重要な小道具であり,坂東大橋の上に置いておくことをあらかじめ打ち合わせていたのに,武が靴を忘れた際,被告人が鳥に戻らなかったというのは不自然であると主張する。

この点,武証言によれば,被告人は,「川に流れちゃったと思われるから,いいだろう。」と言って,靴を取りに戻らなかったとされているところ,靴がなければ絶対に自殺説が成り立たなくなるわけではないから,被告人がかかる発言をしたというのもあながち不自然なことではなく,川村を「レオ」で待たせていたために,早く佐藤の死体を川に捨てて,店に戻らなくてはならなかったことと,被告人自身の引き返すことを嫌う性格との2つの理由から,靴を取りに戻らなかったのだと思うとの武の説明もそれなりに首肯することができる。

7 次に,弁護人は,武証言によれば,計画では渡辺荘に置き手紙として置いておく予定だった遺書について,武が渡辺荘に置くのを忘れたため,被告人の指示でこれについても郵送することとなり,切手を貼った上で郵便局から投函したとされているが,渡辺荘と被告人方とはすぐ近所であり,アナリエ証言によればアナリエは別荘に行く前に着替えを取りに渡辺荘に戻ったというのであるから,わざわざ切手を貼ってポストに投函する必要性はなく極めて不自然であると主張する。

確かに,手紙を置きに行くことも可能であったことは弁護人の指摘のとおりであり,この点は,極論すれば渡辺荘に置いてあったものとして警察に届ければ足りるのであって,実際に渡辺荘に置いておく必要すらないことになるが,反面,遺書を投函して消印を得ることによって,行方不明になった時期と遺書が投函された時期を客観的に一致させ,より本物らしく見せるという効果があることを新たに思いついたとも考えられるから,被告人が置き手紙をやめてポストに投函することにしたとしても,特段合理性を欠くとはいえない。仮に武が故意に虚偽の証言をしているのであれば,当初置き手紙にするはずだったなどという複雑な証言をする必要は全くなく,単にポストに投函したことだけを証言すれば足りるのであるから,武は被告人から聞いた言葉をそのまま正直に証言しているとみるのが自然で素直な見方といえる。

8 次に,弁護人は,死体を腐敗させる必要があるにもかかわらず,被告人がすぐに死体を探している点は不自然であり,むしろ,死体に重りをつけるなど,発見され難い方法をとるのが自然であるとも主張する。

しかしながら,自殺に見せかける場合に,死体に重りをつけることができないことはいうまでもない。また,被告人らは,佐藤の死体を発見した場合に直ちに警察に届ける必要はなく,死体の腐敗状況等を見た上で,しかるべき時間をおいた後に届け出ることも可能なのであるから,届け出ることとは別に,佐藤の死体の在りかを把握しておきたいとの思いから捜索に乗り出したとみれば,被告人らが殺害後4日目から死体探しに乗り出したことは特段不自然ではない。

9 最後に,弁護人は,武証言によれば,被告人は,平成7年6月1日の謀議のときから,「佐藤さんは自転車で駅まで行って,駅からタクシーに乗って坂東大橋に行って自殺したんだ」と具体的な自殺の内容を断定的に話したとされているが,一方で殺害計画の謀議を練りながらこのような話をしても,共犯者が信用するはずがないから不自然であると主張する。

しかし,この点は,仮に本件が発覚した場合を想定して上記のような説明を思いつき,あらかじめ共犯者間の口裏合わせをしていたと考えれば何ら不自然なことではない。そして,その際,共犯者間の約束ごととして「自殺したことにする」などと言わずに,警察に説明する場合の表現方法を端的に用いて「自殺したんだ」として共犯者に言い含めることも十分に考えられることである。

 

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