一審判決(抄)

三 客観的証拠との整合性

 

次に,弁護人は,武証言は,客観的証拠と矛盾しており信用できないと主張し,以下のような主張をするので検討する。

1 まず,弁護人は,武証言によれば,佐藤がトリカブト入りあんパンを食べてから死亡するまでの時間は長くても2時間弱となるところ,文献等によれば,トリカブトを摂取してから死亡するまでには約4時間程度かかるのが一般的であると認められるのであるから,文献等に紹介されている事例よりも少ない量のトリカブト毒を摂取したにすぎない佐藤が2時間弱で死亡したという武証言はこれと矛盾すると主張する。

しかしながら,弁護人が前提とする佐藤の死亡時刻は,武が「八木さんに,佐藤の力が弱まったことを教えると,八木さんは,「もういいだろう。」と言い,「佐藤さん,おーい。」と声を掛けたが,佐藤は何の反応も示さなかった」旨証言する部分をとらえてのことと思われるが,佐藤が実際にこのとき死亡していたのかどうかについては,これだけの事実からは必ずしも明らかではなく,死亡が明確となるのは,その後,午後9時前後ころにディナーショーから「レオ」に戻り,被告人と武が再び渡辺荘に行って,佐藤の左頚部に手を当てて脈がないことを確認したときのことであって,佐藤はこのときまでのいずれかの時点で死亡したとみるのが正確であるというべきである。そうすると,死亡までの推移において文献等と矛盾があると考える必要はなく,また,元来,毒物の効き目には個人差がある上,前記【犯行に至る経緯と罪となるべき事実】の第二章の二及び三の項に記載したとおり,被告人らが佐藤に対し,過労死作戦や成人病作戦などと称して長年にわたって多量のアルコールを飲酒させたり,睡眠不足となるよう仕向けたり,さらには,少量のトリカブトを一定期間継続的に摂取させるなどしたため,同人が痩せ細って(死後計測した体重は46キログラム),毒物に対する抵抗力を低下させていた可能性があることも考え併せると,仮にトリカブトを摂取してから2時間弱で死亡したとしても別段合理性を欠くことはないといえる。

2 次に,弁護人は,武証言によれば,渡辺荘でトリカブト入りあんパンを佐藤に食べさせた際,佐藤はそれを畳に嘔吐したというのに,渡辺荘の畳を鑑定しても,畳からはアコニチン系アルカロイドもその分解物質も一切検出されなかったのであるから,武証言はこれと矛盾すると主張する。

しかしながら,関係証拠によれば,佐藤が死亡した渡辺荘の部屋の畳の上にはカーペットが敷かれていたが,そのカーペットは事件後持ち出されて投棄されており,カーペットが敷かれていなかった部分はもとより,敷かれていた部分についても,武とアナリエがその後念入りに拭き掃除をしていること,さらには,事件から鑑定までに5年以上の年月が経過していることなどが認められることに照らすと,畳からトリカブトの成分が検出されなかったからといって,武証言の信用性が否定されるものではないといえる。弁護人は,現に死亡した佐藤の臓器から微量のトリカブト毒を検出した高速液体クロマトグラフィー分析法の精度に照らせば,この鑑定によって検出できないとは考えられないと主張するが,資料の保管状況が臓器とは全く異なることを考えると,臓器からトリカブト毒を検出できたからといって,畳から必ず検出できるなどという保証は全くないというべきである。

3 次に,弁護人は,日本医科大学教授大野曜吉作成の回答書によれば,武が証言するような形で死体に革ジャンパーやセーターを着せることは不可能であると主張する。

この点については,死体の上半身を90度近くまで起こすことができるかということ及び革ジャンパーの形軸に片腕を通した状態で,もう一方の腕をもう一方の袖に通すことが可能かということが問題となる。まず,前者についてみるに,同回答書によれば,複数の人間がいれば,一人が大腿部を押さえ,もう1人が頭部方向から肩等を支えて持ち上げるなどの方法で起こすことが可能であるとされているところ,武やアナリエの証言によれば,佐藤の死体の上半身を起こす作業は被告人とアナリエの二人がかりで行ったとされているから,同回答書と矛盾はしない。後者については,同回答書によると,本件のように栄養貧の死体の場合には硬直の程度は弱く,外力による緩解は比較的容易であり,肩関節及び肘関節の硬直を緩解させれば,袖を通すことは可能であるとされているところ,武証言によれば,被告人らは,まずワイシャツを着せようとして佐藤の腕を動かした形跡があり,その後ジャンパーを着せる段になって,被告人が佐藤の硬直した腕を無理やりジャンパーの袖の中に押し込むように通したというのであるから,これについても回答書と何ら矛盾することはないというべきである。

また,弁護人は,武証言によれば佐藤の死体をワゴン車に乗せた際,足が伸びて宙に浮いていたとされているが,ワイシャツやジャンパーを着せた際,既に腰部の硬直は緩解していたはずであるから,運搬中,死体が「く」の字に曲がらず一直線になり,自動車に乗せた死体の足が宙に浮くということはあり得ないとも主張する。

しかし,武は,運搬中死体が完全な一直線になっていたなどとはおよそ証言していないし,武が証言するような態様で死体をワゴン車の座席に乗せた場合,膝と足首の関節が硬直していれば,腰部が硬直しているか否かに関わらず,足が伸びて自動車の床から持ち上がり,宙に浮く格好になるのは当然であって,武証言には何ら不自然な点はみられない。

4 次に,弁護人は,武証言によれば,佐藤の遺書の封筒の住所部分の文字は,佐藤の死後,被告人ないしはその家族によって書かれたものであることになるが,早津輝雄作成の鑑定書によれば,その文字は佐藤の筆跡であると認められるから,武証言はこれと明らかに矛盾すると主張する。

しかし,本件の鑑定資料はコピーであるところ,早津自身,原本による対照が望ましく,本件が弁護人からの依頼ではなく一般人からの依頼であれば原本の入手を促したと述べていること,日ごろ,鑑定不能という判断はできるだけ避けて,一致か不一致かのどちらかの明確な結論を出すようにしているという趣旨の証言をしているところ,本件ではもう少し文字数が多い方が理想的で,同一文字があれば最もよいとしながら,住所部分の「県」,「本」,「番」と,宛名部分の,「藤」,「様」,「修」の文字のそれぞれ一部ずつが符合していることを根拠にして一致するとの結論を導いており,異なる文字の一部についての符合から筆跡の同一性を肯定するには余りに文字数が少ないことなどの点に鑑みると,同鑑定結果の信用性には疑問が残るものといわざるを得ない。

他方,早津鑑定を前提とすれば,住所部分を後から書いたという武証言が記憶違いであったことになるが,武自身は,平成14年証言において,切手が後から貼られたことは間違いないが,住所はもともと書かれていたかもしれないと証言を訂正するに至っている。したがって,この点はいずれにしても武証言全体の信用性には影響しないというべきである。

なお,弁護人は,武が同年の証言において,住所部分を後から書いたという前年の証言について自信がないと述べるに至ったのは,検察官から早津鑑定の結果を聞かされたからであると主張する。その可能性も決してないとはいえないが,仮に,武が,鑑定の結果を聞かされてこの点の証言を変更したのだとしても,他の証拠関係をもとに自己の記憶違いを正すということはあり得るところであって,証言を変更したとの事実だけから検察官に迎合して記憶の如何に関わらず証言を変更したものと即断することは困難である。

5 次に,弁護人は,武証言によれば,平成7年6月4日,東秩父の被告人の別荘の近くにある山林の林道脇に,渡辺荘にあった佐藤の布団,黄色スウェット等を投棄し,その後,さらに洗濯機,電話,テレビ,古着を同じ場所に投棄したとされているところ,同12年11月29日と翌30日に行われた上記山林の捜索の結果,これらの物は1点も発見されておらず,武証言はこれと矛盾すると主張する。

布団や衣類は風雨にさらされた状態で5年半もの長期間放置されれば,分解飛散して判別不能になる可能性があるとしても,洗濯機やテレビなどは,真にそこが投棄場所であれば,警察による捜索の際発見されてしかるべきであって,武証言を裏付ける証拠物が1点も発見されなかったというのは,確かに腑に落ちないところである。

しかしながら,関係証拠によって認められる現場の状況に照らすと,検察官が主張するように,投棄物が現場の土中に埋没したり,捜索範囲外に移動していて発見不可能となっている可能性を全く否定はしきれない上に,「(武が,)「ここみたい。捨てたときに冷蔵庫や洗濯機がありました。」と申し立て布団等の投棄場所を案内した。」と記載されており,武は,投棄場所自体をそれとして明確に記憶していたわけではなく,同年になって捜査官を同行して現場を訪れた際,現に冷蔵庫や洗濯機が投棄されている場所を目にして,その地点を投棄場所として特定したものであることが推測される状況にもある。この点,武自身は,当公判廷において,「そこの道を何度も通っていたので,地形は分かっていた」旨一応証言してはいるが,現場は同様の風景が連続する林道中の一地点であり,格別特徴のある地形を構成しているというわけではないから,同年に訪れた際の現況をもとに投棄場所を特定した可能性はなお残されるのであって,寄居町の職員である柴崎徹が当公判廷において,この林道沿いには不法投棄場所が散在していたと証言していることにも照らすと,投棄場所がこの林道沿いの別の場所であったこともあり得ることといわなければならない。

したがって,武が特定した場所から布団や洗濯機等の投棄物が1点も発見されなかったことは,武証言に不審を抱かせる一つの事情であることは否定し得ないが,上記のような事情も考え併せると,そのことから直ちに武証言全体の信用性が決定的に否定されるものとまでいうことはできない。

 

四 秘密の暴露の不存在

 

弁護人は,武証言には本来あるべき秘密の暴露が存在せず,このことは武証言の信用性を著しく低下させると主張し,以下の点を指摘するので検討する。

1 まず,弁護人は,武が,佐藤の死体からスウェットを脱がせて体を拭いたと証言しているにもかかわらず,その証言内容が具体的でないのは,証言が虚偽であり,死体が最高度に硬直していない状態について語ることができないからであると主張する。

しかしながら,当時,武らは,渡辺荘の部屋の掃除や,衣類を着せ替えた後の佐藤の死体を利根川に流すという作業を,「レオ」にいる川村富士美及び鹿野幸次に怪しまれないようにしながら速やかに行う必要があり,慌ただしく行動していたものと認められる上,武証言によると,必ずしも,佐藤の死体からスウェットを脱がせ,死体を拭くなどの作業をした後,部屋の掃除をするというように順序立てて作業をしたのではなく,これらの作業を同時に並行して進めたのではないかと窺われる状況もあり,その場にいた被告人,武,アナリエの3人で作業を分担して行ったことも考えられるから,事件から長期間が経過した後にその際の状況について逐一武が記憶していないとしても無理はないと考えられる。よって,この点に関する武の記憶が曖昧であるとしても,直ちに武証言全体の信用性が否定されるものではない。

2 次に,弁護人は,武証言によれば,武がアリバイ工作のために入手したはずのニチイのレシートについて,被告人は,武に対し,保管方法についての指示はおろか,レシートをもらってきたかどうかの確認すらしておらず,極めて不自然であると主張する。そして,実際にレシートは発見されていないことにも照らすと,この点の武証言は虚偽であると主張する。

しかし,武証言によれば,武は,確かにレシートをもらって買物をしたことの証明に使うことを自ら提案したことが認められるものの,一方で,たとえレシートをもらったとしても,殺害行為を行うのとは別の時刻の行動についての証拠が犯行のアリバイになることはないと考えていた形跡もあるので,武自身はもともとレシートについてそれほど高い関心を有していなかったとしても不自然ではない。一方,レシートをもらうことを提案したのが武であったために,被告人もまたレシートにそれほどの関心を有していなかったと考える余地がある。

仮に,被告人らが,事件直後に捜査機関からアリバイを尋ねられていれば,被告人がレシートのことを思い出して武に確認したかもしれないが,実際には,佐藤の死は当時自殺として処理されているから,被告人らが,レシートに対する関心を失ったままこれを放置し,時間の経過とともにその後散逸したとしてもやむを得ないというべきである。

3 次に,弁護人は,証人上野聖展の当公判廷における証言によれば,武が平成12年7月に警察官を美濃戸に案内した際,トリカブトを採取した地点を明確に特定することはできなかったのであって,美濃戸にトリカブトが生息していることは「八ヶ岳の花」という本にも載っているのであるから,警察官を美濃戸に案内したということで秘密の暴露になるわけではないと主張する。

しかし,同月の引当たりの状況に関する捜査報告書(甲172号証)及び上記上野証言によれば,警察官は武の案内,指示によって美濃戸高原の別荘地内に到着し,同所で実際にトリカブトを採取したことが認められるところ,トリカブト自生地として美濃戸の地名が載せてある本を見た程度のことで,別荘地内のトリカブト自生地まで警察官を実際に案内し,同所に生育している植物の中から誤りなくトリカブトを選別して指示することができるなどということは考え難く,武が案内した美濃戸高原別荘地に現実にトリカブトが自生していたことは,武証言の信用性を大いに高める事実といえる。

なお,弁護人が指摘するとおり,武は,美濃戸高原別荘地内の具体的な採取場所までは特定できなかったことが認められるが,これは,建物の建築が進むなどいたことで,同五,六年当時とは景観が変化したためと考えられるのであって,これが武証言の信用性を失わせる事情となるわけではないことは明らかである。

4 次に,弁護人は,武が渡辺荘で佐藤にトリカブトを食べさせて殺害したことを供述したのは,臓器等の鑑定よりも後であるから,この点も秘密の暴露には当たらないと主張する。

しかしながら,武笠等にトリカブトを与えていたことは,捜査官があらかじめ知り得なかった事実といえる。すなわち,佐藤の死体から取り出した臓器の鑑定を行った証人宮口一の当公判廷における証言等の関係各証拠に照らせば,平成12年6月の時点で,8種類の薬毒物についてスクリーニングと呼ばれる低感度の分析を行ったものの,薬毒物の検出には至らなかったが,武がトリカブトについて捜査官に供述した後の同年7月17日に,佐藤の肝臓,腎臓及び肺にトリカブト毒が含まれるか否かについての鑑定嘱託を行い,これに基づいて埼玉県警察本部刑事部科学捜査研究所(以下,科捜研という。)で鑑定を行ったところ,同年8月13日,それらの臓器からトリカブト毒の加水分解物質であるベンゾイルメサコニン及びベンゾイルアコニンが検出された旨の中間回答がもたらされ,また,同月11日の佐藤の毛髪についての鑑定嘱託に基づき,国立医薬品食品衛生研究所所属の厚生省技官中原雄二が鑑定を行ったところ,同年10月24日付で佐藤の毛髪中からトリカブト毒であるメサコニチンが検出された旨の鑑定書が作成されているのである。

もっとも,武は日ごろから佐藤にトリカブト入りの「まんじゅう」を与えていたというのであるから,佐藤の臓器や毛髪からトリカブト成分が検出されたからといって,それが直ちに死因であると証明されたわけではなく,特に,毛髪鑑定の結果検出されたトリカブト毒は,佐藤殺害の直接の原因となったトリカブトのものとは認められないが,少なくとも,本件の犯行の過程でトリカブトが用いられたことは,武の供述によって初めて明らかになったといってよく,このことは武証言の信用性を高める事情であるといえる。

5 次に,弁護人は,武が,捜査当初の供述からおおきな変遷を経た末,最終的に犯行に使った「十勝あんパン」をファミリーマートで買ったと供述したにもかかわらず,裏付けがなされていないことを指摘し,これも秘密の暴露には当たらないと主張する。

確かに,「十勝あんパン」を実際に犯行に用いたかどうかについて客観的な裏付けがあるわけではなく,武も捜査の当初から「十勝あんパン」を犯行に用いたと供述していたわけでもないことは弁護人指摘のとおりである。しかし,犯行日ころ,武が供述するファミリーマートにおいて,「十勝あんパン」が実査に販売されていた事実は,関係証拠により裏付けられている上,平成7年6月5日まででその販売が中止された事実も認められるところ,仮に武の供述が捜査官の誘導によってなされた虚偽の供述であるとすれば,単純に現在も販売されているあんパンを使用した旨供述すれば足りるのであって,武が,犯行当時販売されており,その直後に販売されなくなった「十勝あんパン」を使用したと証言していることは,その信用性を裏付ける事実であると認められる。

6 最後に,弁護人は,武が証言する漢字仮名交じりの遺書は発見されておらず,この点について客観的裏付けがなされていないことを指摘する。

漢字仮名交じりの遺書が発見されていないことは弁護人指摘のとおりであるが,これが存在したことは,武のみならず,アナリエ及び佐藤太代人も一致して証言しているところであって,仮に遺書が1通だけあったとすれば,武らが故意に漢字仮名交じりの遺書もあったなどという虚偽の証言をする必要性は全くなく,また,武らがそろって記憶違いをしているとも考え難いから,この点の武証言の信用性は高いと認められる。

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