一審判決(抄)

第九 総合感冒薬等やアルコールの過量長期連用と生命侵害の危機との間の因果関係

 

一 総合感冒薬等に含まれる成分のうち,アセトアミノフェンが,その副作用として,嘔気・嘔吐,食欲不振を招き,ひいて肝障害を発現したり,好中球の減少といった事態を引き起こす可能性があることについては既に第七の項でみたとおりであるが,他方,関係証拠を総合すると,アルコールも,その刺激が消化性潰瘍を悪化させ,高濃度の場合には収斂作用によって胃の充血や胃炎をもたらしたり,その代謝物であるアセトアルデヒド中毒により,嘔気・嘔吐,食欲不振を招くことがあるほか,一般に薬物の吸収を促進する効果を有しており,また,それ自体においても,好中球の減少や機能の低下,肝障害等を発現することなどが認められる。そうすると,アルコールとともにアセトアミノフェンを長期間にわたって過量に摂取した場合,慢性的な胃粘膜病変や食欲不振を招き,やがて重篤な肝障害や好中球の減少などを引き起こす危険性が増大することが明らかである。したがって,本件が不能犯などといえないことは当然である。

二 すなわち,まず,東京都教職員互助会三楽病院の名誉院長で消化器官に及ぼす薬の副作用についての研究者である名尾良憲の当公判廷における証言及び捜査関係事項照会回答書によると,新ルルA錠とプレコール持続性錠の1回服用量の5倍以上の量を高濃度のアルコールとともに飲み続けると慢性的な胃粘膜病変や食欲不振を招く危険が高く,殊にそこにイブA錠が混入することになると,その成分であるイブプロフェンが強い胃粘膜障害をもたらす薬剤であることから,嘔気・嘔吐,食欲不振は早期且つ高頻度に発生するものと認められる。

三 次に,肝障害の点についてみると,関係証拠によれば,アセトアミノフェンをアルコールとともに摂取すると,アルコールによりアセトアミノフェンの代謝酵素が誘導され,中間的毒性知者物の産生量が増大するため,アセトアミノフェン自体の摂取量が「極量」に達していなくても,重篤な肝障害を生ずることがあり得ること,アセトアミノフェンを連用すると,血中アセトアミノフェン代謝物濃度が徐々に高まり,軽い肝機能障害から徐々に壊死を伴う肝障害へと進展し,肝障害が慢性化し,やがて劇症肝炎を発症する危険性も否定できないことが認められる。

四 そしてさらに,アセトアミノフェンを過量長期連用した場合の好中球に対する影響の点をみるに,関係証拠中,前記福室証言や北村証言等を総合すると,アセトアミノフェンの好中球に対する副作用は用量依存的にその障害の程度が高まることが明らかであり,その増加の程度は証拠上必ずしも確定し難いものの,大阪府立健康科学センター健康度測定部医長で情報医学の研究者である岡田武夫の証言等によれば,大阪大学医学部付属病院受診患者を対象とした調査結果では,アセトアミノフェンの処方を受けていた387例中10例に好中球減少が認められる状況にあり,この場合のアセトアミノフェンの処方が,治療行為として行われたもので,せいぜい1週間か2週間程度の連用にとどまっていることにも照らすと,アセトアミノフェンを過量連用した場合の好中球減少を惹期する危険性は相当に高いといわざるを得ないことが認められる。

五 弁護人は,アセトアミノフェン中毒として報告されている症例は配合剤によるもので,特に,死亡例の根拠とされている2.4グラムという数値は配合剤中のアセトアミノフェン量を計算したにすぎず,当該例においては同時に含まれていたエテンザミドやブロムワレリル尿素による影響を否定できないから,アセトアミノフェン自体のヒト経口致死量については成人で13ないし25グラムと考えるべきであって,新ルルA錠に換算すると130錠から250錠もの大量摂取をした場合に初めて死の危険が発生する旨主張する。

しかしながら,前記第七の項で認定したアセトアミノフェンの最小中毒量やヒト経口致死量などは,1回の服用による人体に対する危険性に着目した数値であって,これを大量に長期間連用した場合や,既に肝臓や腎臓に障害を有している状態で摂取した場合には,薬物の有効血中濃度域を超えて毒性発現域に到達したり,副作用による障害の遷延化,悪化を招くことがあることは先に認定したとおりであり,大量に長期間連用した場合には,アセトアミノフェンのヒト経口致死量の数値は,13ないし25グラムという数値を大幅に下回ることが想定される。

なお,弁護人は,アセトアミノフェンを含有するナロン錠を7年間にわたり連用した症例を引用し,末梢白血球数は全く減少していないとして,アセトアミノフェンが好中球に及ぼす影響が乏しいことを指摘するが,当該症例においては,服用した薬剤の量と服用の仕方が本件とは異なることが明らかであるから,同症例をもって本件を論ずるのは適当でない。

六 弁護人は,副作用として好中球の減少が生ずるとしても,その頻度は,「まれ」(0.1パーセント未満)とされており,問題視する必要のない数値であって,福室証言や同人作成の回答書等において,アセトアミノフェンの過量長期連用が好中球の減少をもたらす頻度を高めると説明する部分は,単なる推測で根拠に乏しい旨主張するが,弁護人指摘の頻度は,医薬品副作用情報に記載された1回の服用がもたらす危険性の頻度であって,過量長期連用の場合にはその危険性が増加する旨の福室らの証言は,単なる推測にとどまるものではなく,薬剤に関する専門的知識,経験に裏打ちされた合理的なものといえるのであるから,弁護人の主張は採用できない。

七 最後に,弁護人は,關も川村も大酒家か,少なくとも常習飲酒家に該当する人物であり,大量のアルコール摂取が両名の健康に影響を及ぼしたと考えるべきであるところ,ホステスである武や森田が客に酒を勧めたとしても,無理やり口に流し込んだとというわけではなく,關,川村が自らの意思で飲んだ以上,殺害の実行行為とはなり得ないと主張する。

しかしながら,関係証拠を総合すると,被告人らは,過量長期連用が人体に有害となる薬剤を,健康食品などと偽って服用させるのと並行して,判示の如き態様でアルコールの摂取を勧めたのであり,無理やり口に流し込むのでなくとも,これらの行為全体が殺害の実行行為になり得ることは明らかであるといわなければならない。

 

itsuwarinokioku_line

Comments are closed