一審判決(抄)

第一 武証言の証拠能力

 

まず,弁護人が,武の自白には証拠能力がないと主張する点についてみるに,弁護人の主張する,検察官による長けに対する偽計,脅迫および量刑を巡る約束等は,まず捜査段階における捜査手法を問題とするものであるところ,武の捜査段階における供述調書については,当裁判所は,同人の供述経過を知るための証拠として採用したにすぎず,犯罪事実の存否を判断するためのいわゆる実質証拠として採用したわけではないから,武の捜査段階における供述調書自体に証拠能力が認められるか否かは,本件においては直接問題とならない。

そして,武の当公判廷における証言についてみると,武は,当公判廷に証人として出廷し,宣誓をして,供述拒否権を告げられた上で証言したものであって,その過程に任意性を疑わせる事情はないといえるから,武証言の証拠能力は当然に認められるのであって,弁護人の主張する,偽計,脅迫および量刑を巡る約束が行われたか否かという問題は,それにより武が捜査段階において虚偽の自白を行い,当公判廷においても,その影響下においてそれと同内容の証言を行ったのでないかという問題に帰着するが,これは武証言の証拠能力の問題ではなく,信用性の問題として検討すべきである。

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第二 武証言の信用性

 

そこで,以下,武証言の信用性について検討するが,弁護人は,まず,武証言は,検察官が,一方では,否認したままでいると死刑になると脅迫し,他方で,自白すれば死刑にはしないとして量刑取引を行って引き出した「偽りの記憶」であると主張する。

なるほど,弁護人が指摘するとおり,武が捜査段階において記していた日記には,「あなたを生きて帰したい。このままいったら,生きて帰れない。そんな道を選んでほしくない。」,「あなたの自白は関係ないの。ただ自白してるのとしてないのは,裁判の時に,判決がすごくちがうの。だから,あなたを助けたいの。」,「このままいけば,八木さんは間違いなく死刑だ。あなたも同じだということ,あなたが話せば二人とも助かるかもしれない。もしこれがうそだったら私検事やめるよ。」,「検察側は,八木さんと私を差をつけると言った。八木さんには,死刑しかないと。」など,取調べに当たった検察官の発言が推測される記述がいたるところにみられるほか,本件の第1回公判後,武が被告人の長男八木茂樹(武にとっては幼なじみの人物)宛に出した手紙(平成13年5月13日付け)の中には,「私自身,早くても15年と思っています。私は,最初に自白する時に無期になることを覚悟して,証人となることも覚悟して正直に話すことを決意したのです。その時点で,極刑は免れたと検事に言われました。その後で,夏頃に佐藤さんの事件を自白し始めたことから事件として立件できた,ということで,捜査に協力したと認められたから,更に一つ下がるそうなので,有期になればいいかナ,と今は思っています。」などの記載があることが認められる。

そして,武自身は,検察官と刑の話をしたのは2回にとどまり,1回目は,第1回公判を前にした平成13年3月28日のことで,刑はどのくらいになるかと質問したところ,検察官から一番重いことを考えておけと言われた旨,2回目は,当裁判所における証人尋問が迫った同年8月のことで,検察官から死刑だと思って公判で証言をするように言われた旨証言しており,それ以前の出来事を書き留めた先の日記の記載は,いずれも自己の創作であるとし,日記にこのようなことを書いた理由は,自白しようとしている自分に対して,検察官からこういう風に言われたんだから大丈夫だと自分を元気づけるためであるとか,検察官がそう言ったっんなら,それは本当なんだと思えるとか,検察官から言われた形にした方が,納得できると思ったからであるとか,刑に対する恐怖に打ち勝つ勇気をつけるため,自分を慰めるためであるなどと説明しており,八木茂樹に対する手紙についても,他人に宛てて検察官に言われたこととしてこれを書くことによって自分を励ますためであるとか,死刑は覚悟したものの,死刑になりたかったわけではないので,それとは反対の言葉を書いた,などと説明している。

しかしながら,先の日記の,具体的で,取調べ検察官の言い回しの癖をよくとらえら自然な表現ぶりからは,武がそこに記載されたような内容をすべて思いつきで創作できたとは直ちに考え難く,また,そのような記載をしたことに関して武が説明する内容についても,一見してこじつけの弁解めいた趣があって,容易に信じ難い部分がある。同年9月4日から同10月26日にかけて,当裁判所において武に対する証人尋問が行われている間,検察官が,主尋問中のみならず弁護人による反対尋問に移行してから後も,連日,さいたま拘置支所の武のもとを訪れ,その機会に,法定における証言内容について話題にしたり,さらには,武に対する無期懲役の判決が宣告された後,直ちに武のもとを訪れ,判決理由中で武が反省していないと指摘されたことなどについて不満を口にした上,控訴を勧めるものと武に受け取られるような言動に出るなど,重罪を犯した犯人と,これを訴追する検察官との間には通常みることのできない異様に緊密な状況と度を超した気遣いが看取されることも考え併せると,武証言の信用性を吟味するに当たっては,弁護人が指摘する観点をも十分に踏まえた上,極めて慎重に検討することを要するものと考えられる。以下,このような観点から,武証言の信用性を吟味する。

一 平成14年の武証言の信用性

 

1 前記のとおり,武は,当公判廷においては,概ね【犯行に至る経緯と罪となるべき事実】にそう事実を証言したが,関係各証拠によれば,武は,捜査段階の当初,佐藤は,坂東大橋から利根川に飛び込んで自殺したという趣旨の供述をしていたにもかかわらず,その後,平成12年10月に至って,佐藤をトリカブトで殺害した旨供述を変遷させたことが認められる。そして,その理由について,同13年に当公判廷で証言した際には,事件後,佐藤殺害の記憶に蓋をしており,佐藤は自殺したのだと思っていたが,捜査の過程で佐藤殺害についての記憶を回復したからである旨証言したが,その後,同14年に再度証人として出廷した際,記憶に蓋をしていたという証言は嘘であったと述べて,概ね以下のような証言をした。

逮捕前,被告人から佐藤は自殺したことにする,佐藤殺害は遺体もなく証拠がないと言われていたが,平成12年5月終わりころ,検事から,佐藤の臓器が保管されていることを聞いて愕然とし,臓器を鑑定されればトリカブトが出ると思ったことから,鑑定結果と矛盾しないように,トリカブトを毎日少しずつ与えていたということまではしゃべって,佐藤の最終的な死因については自殺の演技をさせたという供述をしようと決めた。同年6月に警察官を呼んで,トリカブトの話をしたところ,警察官は,トリカブトの話には乗ってきたが,自殺の話は最初から全く相手にしてくれなかった。

同年10月24日,検事から,同年9月ころ作成された,佐藤を自殺に見せかけて利根川に飛び込ませたという内容の警察官調書について,自殺教唆というのは,本人が死ぬつもりになっている場合をいうのであり,死ぬつもりがない人間を川に飛び込ませるのは殺人である,また,この調書の内容は,被告人に全部罪をなすりつけているなどと指摘されたため,「げっ,一生懸命苦労して,必死になって佐藤さんを殺したことを隠してきたのに,結果が殺人で同じなんじゃないかと思ったら,どうしよう,私は保険金殺人3件だよ,しかも,佐藤さんの事件はお金下りてるよ,保険金下りてるよ,どうしよう,もう駄目じゃん,これは本当のことをしゃべらなくちゃいけないんじゃないか」と思い,自分の弁解が無意味で,被告人に罪をなすりつけるという予期せぬ結果になっていることが分かり,真相を話そうと思った。もっとも,自分は正直者であるということを一生懸命アピールすれば死刑にならずに助かるかもしれないとも思い,否認していたことだけは何とか隠そうと思った。その後,検事から「佐藤さんに最後に食べさせた物はなに。」という質問をされ,じっと1時間近く下を向いて,本当のことを言おうかどうしようか迷い,どうやって自分が佐藤殺害を否認していたことを隠そうかと考えた。佐藤に自分がやったことを思い浮かべてみたら,佐藤を殺す前のことは鮮明に覚えていたが,佐藤を殺した後の細かい部分についてわからないところがあることに気づき,これを利用して,記憶がなくて忘れていたということにすれば,自分が否認してたということを隠せるとひらめいて,全然忘れていないのに,いかにも忘れていたかのように話をすることを思いついた。

それ以降,犯行態様について,実際には覚えていたことを,ばらばらに思い出したかのように供述するなどして,忘れていたという供述を信用してもらおうと思った。

しかし,この供述については,検事からずっと疑われており,さらに,平成13年に証人として出廷した際,裁判官からも,「あなたはここにずっと大さじ一杯のトリカブトが焼き付いていたんでしょう。それはずっと覚えていたということじゃないですか。」などと尋問されたことから,裁判官にも信用されていないと思っていたところ,再度出廷する機会を与えられたので,真相を証言した。

2 弁護人は,この平成14年の武証言は信用することができず,武の日記の記載等に照らせば,佐藤殺害に関する武の記憶自体が,捜査官による偽計,脅迫及び量刑を巡る約束等によって作り出された「偽りの記憶」であると主張する。そこで,以下,日記の記載等と対照しつつ,供述変遷の理由に関する同年の武証言の信用性を検討する。

(1) まず,弁護人は,武が,佐藤殺害を忘れていたことにしようと考えた理由として,「死刑の恐怖」を挙げていることについて,先にみた平成13年5月13日付けの八木茂樹に宛てた手紙の内容や,同12年6月の日記に,「もしかしたら,再逮捕もあると言ってたけど,私は,それは,大丈夫みたいだ。」とか,「保険金殺人の場合は,罪が重いから,10年前後と思っていた方が,ショックを受けない,と思っている。」などと記載されていることを指摘して,武には,死刑の恐怖は微塵も窺われないから,武証言は信用できないと主張する。

しかしながら,武が,「もしかしたら,再逮捕もあると言っていたけど,私は,それは,大丈夫みたいだ。」と記載しているとおり,同月の日記は,佐藤殺害が立件された場合に刑が一段と重くなることは何人にも容易に想像がつくことであるから,佐藤殺害を自白した場合には死刑になるかもしれないという恐怖感があったとの武証言は決して不自然なものではない。また,武は勾留中の身であり,居房で記載していた日記は,秘密を保持することのできるようなタイプのものではなく,差し入れを受けた市販の大学ノートに記載したにすぎないものであることに照らすと,この日記の内容はいつ捜査官の目に触れるとも限らない状況にあったと認められる。そうすると,武が佐藤殺害を隠していた場合に,日記に,「佐藤殺害がばれたら死刑になってしまう。」などと記載できないことは明らかであって,日記の記載と同14年の武証言とは何ら矛盾しないといえる。

次に,八木茂樹宛の手紙についてみるに,この手紙が発信された時点では武に対する検察官の求刑は未だ行われていないから,仮にそれ以前に検察官との間で量刑に関する何らかの約束があったとしても,武が,公判廷で,従前証言を翻して,捜査段階において佐藤殺害を否認していたことを証言した場合,検察官の心証が悪化して,死刑を求刑される可能性が高くなると考えたとしても必ずしも不自然とはいえず,武が八木茂樹宛の手紙に「早くて15年」と記載しつつ,内心では,もしかしたら死刑を求刑されるかもしれないという不安をもっていたことは十分にあり得るところと考えられる。

武は,無期懲役刑が確定した平成14年に至って,初めて死刑の恐怖から解放され,真相を証言したとみるのが自然な見方というべきである。

(2) 次に,弁護人は平成12年5月30日の武の日記には,「今日で満期で,取調べが終わりだ。検事には,「あとで思い出したことがあったり,相談したいことがあったら,いつでも読んで下さい。それと,ことらからも,話を聞きたい時は,行くか呼ぶかもしれません。」と言われた。明日からチョーヒマ人になってしまう。」などと記載されており,佐藤の臓器が保管されていることに関する生地は全くないから,同14年の武証言は信用できないと主張する。

確かに,このころの武の日記の中に佐藤の臓器に関する記載がないことは弁護人が指摘するとおりであるが,このことは何ら不自然でなく,むしろ同年の武証言にそうものというべきである。なぜなら,武証言によれば,武は当時,佐藤をトリカブトで殺害したことを隠し,自殺をしたことにしようと考えていたというのであり,前記のとおり人目につくおそれのある日記に,佐藤の臓器が保管されていることを聞いて動揺したなどと記載するはずがないことは明らかだからである。

弁護人はまた,武の同12年7月28日の日記には,取調官である鈴木警察官から,佐藤の体内からトリカブトが出たらどうする旨聞かれて,「私はあげてない。もし入ってたら,それは,八木さんが,うちから持って行ったのだろう。だから,出ても,私がウソをついたことにはならない。」と答えた旨記載されているところ,上記会話は,トリカブトを死亡の直前に与えなければ,鑑定をしても出ないとの前提に立ってなされているのに対し,佐藤の臓器が保管されていると聞かされて動揺し,トリカブトを少しずつあたえていたことを認めたという同14年の武証言は,長期間与えたトリカブトが佐藤の臓器に蓄積され,それが鑑定で検出されるという前提に立っているから,両者は矛盾すると指摘する。

しかし,上記日記の記載は,これを素直に読めば,武は鈴木警察官の質問を,「佐藤がトリカブトによって殺されたことが分かったらどうする。」,つまり,佐藤の直接の死因がトリカブト毒によるものであったと判明したらどう弁解するのかという問と理解し,これに対して,「私はあげてない。もし入ってたら,それは,八木さんが,うちから持って行ったのだろう。だから,出ても,私がウソをついたことにはならない。」,つまり,死因に直接結びつくトリカブトが検出されたとしても,それは被告人が行ったことで,自己の日ごろの行為とは関係ないとの新たな弁解を思いつき,それを述べたものと理解することができる。このように考えれば,この記載は平成14年の武証言と何ら矛盾するものではないことが明らかである。なお,弁護人は,武が同12年6月にトリカブトについて供述した点について,武には佐藤殺害に関する記憶がなかったにもかかわらず,信頼していた検察官から,「否認を続けると命はない。」,「あなたの命を救ってあげたい。」,「あなたが自白すれば八木の命も助かる。」などと武自身の量刑に絡めて利益誘導されたため,検察官を信じて,トリカブトの使用を認める供述をしたものである旨主張するが,仮に当時の武に佐藤殺害に関する記憶が全くなかったのであれば,たとえ検察官から上記のような働きかけがあったとしても,トリカブトの使用を認める供述を敢えてする必要は全くないと認められる。これに対し,佐藤殺害を隠そうとしていた武が,捜査官から佐藤の臓器が保管されてると聞き,そこからトリカブト毒が検出された場合に備えて,佐藤に連日トリカブトを与えていたことだけは自白し,最終的な死因についてのみ自殺説を述べて刑責を回避しようとしたとの説明は極めて自然というべきである。

以上のとおり,臓器が保管されていることを聞かされたため,トリカブトが検出されても矛盾がないようなシナリオを考えようと思い,佐藤に毎日トリカブトを少しずつ与えていたが,最後は佐藤を坂東大橋から飛び降りさせてじさつさせたというストーリーを考えついたとの武証言は,極めて合理的であって日記の記載とも矛盾せず,十分に信用することができる。

(3) 次に,弁護人は,平成14年の武証言によれば,武が,同12年10月24日の日記を書いたのは,佐藤殺害を忘れていたことにしようと思いつくよりも前の,取調べ中の休憩時間だったとされているのに対し,日記には,「みんなは,その日,ディナーショーに行く前に,トリカブトまんじゅうをあげてから,ディナーショーに行って,その後,死体を捨てに行った,ということらしい。私の記憶の中には,そんなことなかったのに。」などと記載されているから,武証言は信用することができず,武は本当にトリカブト事件の記憶がなかったのでそのことを日記に書いただけであると主張する。

しかしながら,日記をいつ書いたかに関する武証言は二転三転しており,トリカブト事件を忘れていたことにしようと思いついた後の2回目の休憩時間のときであったかもしれないとも証言しているところ,佐藤殺害を自白するか否かび決断を迫られたことで,同日の取調べ経過に関する武の記憶が混乱したことはやむを得ないことである上,武が,同年6月以降,日記に虚偽の事実を書いて捜査官に見せることで捜査官を欺こうと考えていたと証言していることにも照らすと,同年10月24日の日記の記載も,自己弁護又は捜査官を欺く等の目的で記載したものとみるのが自然である。

3 これに対し,弁護人は,武証言は検察官の意向にそってなされた虚偽のものであって,日記の記載こそ,武が佐藤殺害の場面を真剣に思い出そうとする様子をよく反映している旨主張する。また,仮に,武が日記に上記のよう偽装工作するような人間であるとすれば,その証言もおよそ信用に値しないとも主張する。

しかしながら,犯行自体は認めつつも,情状面について少しでも有利になるよう虚偽の供述をするということは往々にしてみられることであって,本件の如き重大事件においてはその犯人が一層強くそうした思いに駆られるであろうことは十分に考えられるから,武が,佐藤殺害を自白しつつも,それまで否認していたことを隠すため,実際に記憶が欠落している部分があることを利用して上記のような偽装を行うということもあり得るところである。そして,武が,情状面で上記のような偽装工作を行ったからといって,それによって犯罪事実自体に関する武証言の信用性が失われるものではないことは明らかである。

4 平成13年の武証言によれば,武は佐藤殺害の記憶に蓋をしており,佐藤は自殺したものであると思い込んでいたが,その後の捜査の過程で徐々に真実を思い出していったなどとされていたところ,心理学者である証人仲真紀子が当公判廷で証言するとおり,人を殺したという衝撃的な体験を特別な理由もなく忘れてしまうなどということは考え難いから,同年の武証言が不自然で信用できないことは弁護人が指摘するとおりである。これに対し,同14年の武証言の内容は,重大犯罪を犯し,死刑と隣り合わせの状態にあった同人の心情を語ったものとして極めて自然であり,十分信用することができる。そして,同年の武証言によれば,武は佐藤殺害の記憶を失っていないのであるから,仲証言にいう「偽りの記憶」の問題は生じないということになる。

 

二 捜査官の言動

 

1 ところで,弁護人は,武は捜査官から,自白と引き換えに量刑上有利な取扱いをするとの約束をされており,その自白の内容も,単に「自分がやった」というだけではなく被告人の関与を認める内容の自白をすることが要求されていたことが明らかであって,いわゆる引込みの危険があるとも主張するので,次に,武に対する取調べの状況とその点の武証言に対する影響の有無について検討する。

2 この点に関する武の日記の記載と,これについての当公判廷における説明は,すでにみたとおりのものであって,公判廷における説明をたやすく信用することは困難であり,捜査段階において,日記の記載そのままではないにせよ,これに関連する量刑をテーマとした何らかの会話が検察官との間でなされた疑いは濃厚といわねばならない。

3 もっとも,武は,風邪薬事件を自白した心境について,平成12年4月26日の日記に,「「証拠,証人で,裁判所にすいていで,あなたがやったと認定される」という言葉で,私の腹は決まったと思う。検事を信用してみようと。今日は聞けなかったけど,次のときには聞こう,私は間違っていないよね,検事さんを信用して良かったんだよねということと,自白をして貰うための駆け引きじゃなかったんだよねということも。私は今まで八木さんのためにだまっていた。私が認めると八木さんが大変なことのなると思って。だけど,実際はちがうようだと気づいた。ここ何日か悩んでいたけど,私が話そうが,話すまいが,何も変わらないということ。変わるといえば,判決が少しちがうということ,私が話した話さないは関係なく八木さんも有罪で,今のままだとまちがいなく死刑だということらしい。私は,八木さんを助けたいと思う。私が話しても,八木さん本人が話をしない助からないらしい。私は八木さんに生きていてもらいたい。」と記載しているところ,この記載からは,風邪薬事件の犯人である武が,否認を続けることと自白することとを天秤に掛けて,自白する道を選んだことが窺われるのであって,死刑に対する恐怖から,身に覚えのない犯罪を自白したものとは到底認められない(仮に身に覚えがないのであれば,「検事さんを信用して良かったんだよね」とか,「自白をして貰うための駆け引きじゃなかったんだよね」などという記載はしないであろう。)また,記載によれば,武は,自己の自白がきっかけとなって被告人にも罪を認めて反省してほしいとの動機から自白したものと認められるのであって,日記や武証言によって認められる平成12年4月当時の武の被告人に対する思い,心情等に照らせば,弁護人の主張するような引込みの危険があるとは考え難い。

4 次に,トリカブト事件について,弁護人は,平成12年10月24日の日記の記載を根拠として,検察官が,①トリカブトにより死亡したことが鑑定により明らかになったとの偽計,②犯行中の武を目撃した者がいるとの偽計,③被告人が武一人でやったと供述しているとの偽計を用いて,武の自白を引き出しており,この取調べは違法であると主張する。

そこで,捜査官が偽計を用いて取調べをしたことにより,公判廷において武が虚偽の証言をしているのか否かを検討するに,まず,①については,武証言によれば,検察官が取調べの過程で,森田が,殺害の前日,ディナーショーに行く前にトリカブトまんじゅうを食べさせ,戻ってから死体を捨てるとの計画について話し合ったと供述している旨告げ,それとともに「今は科学捜査の時代だから,その結果で全部わかるんだよ」などと発言したことが認められるところ,本件では,科学捜査の結果によっても,佐藤の死因がトリカブト中毒によるものと一義的に明らかになっているわけではないことも考え併せると,検察官のこのような発言は穏当とはいえない面もあるが,発言内容は極めて概括的,抽象的なものであって,要するに科学捜査でかなりの事実が判明するとの一般論の範囲に属する見解を述べたものとみるべきであり,敢えて偽計を用いた取調べと非難すべきものとまで考える必要はないといえる。②については,日記に「みんなは,その日,ディナーショーに行く前に,トリカブトまんじゅうをあげてから,ディナーショーに行って,その後,死体を捨てに行った,ということらしい。」との記載があるが,武は,この部分は,取調べ検察官に対して,「佐藤さんのことを思い出したので,何かヒントを下さい。」と頼んでみたところ,検察官から,別荘での共謀状況に関する森田の供述内容を聞かされたので,それを記載したというのであり,上記記載内容を精査しても,格別その証言に疑わしいところはないから,捜査官が犯行自体の目撃者がいるとの偽計を弄したものとは解されないし,武自身も,「それを聞いても全然ピンと来なかったので,森田供述は相手にしなかった」旨証言しているところである。

他方,③については,日記に,「ダダダもひどい!私が全部やったって,誰かに話していると言っていた。(前に)。私がまんじゅうを無理やり食べさせて殺したと。死体も私が一人でかついで川に捨てたと言ったんだそうだ。たぶん考子に……。」との記載があり,この点について武は,検察官から告げられたのは,「死体も私が一人でかついで川に捨てたと言ったんだそうだ。」という部分であり,「私がまんじゅうを無理やり食べさせて殺したと」という部分は,被告人が二人だけの秘密を他人に話のであれば,こんなことも話しているのではないかと,想像して書いた旨一応証言している。しかし,武と検察官の前記の異様な関係に照らすと,「私がまんじゅうを無理やり食べさせて殺したと」との部分についても,検察官が,被告人の取調中における発言として武に告げた可能性も視野に入れて検討せざるを得ず,被告人が実際にはそのような発言をしていないのに,そう述べているかの如く武に告げたとすれば,その捜査方法は相当に違法性が高いものということができるが,この点,武は,当公判廷においては,自己の過去の供述が被告人一人に責任を押しつける内容のものになっていると検察官から言われて動揺したことを証言しており,これがそれなりに信用できることは既にみたとおりであって,武が被告人から責任を押しつけられたとして恨みに思うなどしているのであればこのような発言がなされるはずはなく,弁護人の反対尋問を経た武証言にこの捜査方法が未だに影響を及ぼしているなどと考えることは到底できないところである。

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