一審判決(抄)

Ⅲ 風邪薬事件

 

弁護人は,風邪薬事件(判示罪となるべき事実の第5及び第6の犯行)についても,多岐にわたる論拠を挙げて争い,被告人が無罪である旨主張するので,以下,それらの点に関する当裁判所の検討結果を示し,これを通じて,本件についても被告人が有罪である理由の詳細を明らかにする。
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第一 關昭の死体の発見と解剖所見

 

一 関係証拠によると,關昭に関する事件は,平成11年5月29日午前4時ころ,戸籍上の妻であった森田による119番通報に基づき,救急隊員が本庄市寿2丁目3番11号所在の關昭方に駆けつけて關の死体を発見したことから発覚したことが認められる。差し押さえられた關の死体について,捜査機関から埼玉医科大学法医学教室の齋藤一之医師に対し,死因等を解明することを目的として鑑定を嘱託し,翌31日,同医師がこれに基づいて解剖したところ,關は伸長57センチメートルに対して,体重40キログラムとるいそう(高度のやせ)の状態を呈しており,高度の低栄養状態にあったこと,左肺表面に化膿性胸膜炎が,左肺実質部分には肺胞内に軽度から中等度の好中球主体の炎症細胞浸潤(肺炎)がそれぞれ認められたこと,肝臓には軽度の慢性肝障害を示唆する所見が見られたこと,心臓には化膿性心外膜炎に相当する所見が認められたこと,これらを総合すると,關が死亡したのは,高度の低栄養状態に伴い,免疫力を低下させたことにより,口内常在菌により日和見感染に左肺に化膿性胸膜炎及び肺炎を起こしたことによることなどが明らかになった。

ところで,実線女子大学生活科学部食生活科学科教授で免疫のメカニズムなどに関する研究者である矢田純一の証言及び同人作成の捜査関係事項照会回答書によると,關がこのような弱毒の口内常在菌に感染して肺炎等を引き起こした要因としては,人体においてこれらの細菌を殺菌する役割を担っている好中球の数か機能,殊に好中球の数の点で何らかの以上を来していたのであることが可能性として最も高いことが認められるのであり,この点は,關の肺炎病態部の一部をさつえいした肺炎極期と認められる組織写真を検査した杏林大学教授で感染賞症研究者である小林宏行の証言及び相人作成の捜査関係事項照会回答書及び東京大学助教授で血液学,臨床判断学の研究者である北村聖の証言によっても裏付けられているということができる。

一方,山口県立医科大学教授で肝臓疾患に関する研究者である沖田極の証言及び個人作成の捜査関係事項照会回答書によると,關の肝細胞には慢性肝炎の所見があり,ウィルス検索の結果によると,關がB型肝炎ウィルスに感染していた疑いは否定できないが,ウィルス自体の量が少ないことから,先の所見がB型肝炎ウィルスに起因するものかどうかの判断はつけ難いこと,他方で,アセトアミノフェン等,肝臓に障害を及ぼすことのあり得る成分を含有する薬剤をアルコールとともに長期間服用すると,本件のような慢性肝障害を発現する可能性は大きいことなどが認められる。

二 以上の認定につき,まず,弁護人は,齋藤医師が關の死体を解剖するについての鑑定処分許可状が証拠調べされていないことを理由として,裁判所の許可を得て解剖を行ったとの証明がなされていないと主張するが,捜査機関が齋藤医師に解剖を依頼するにつき裁判所の発付した鑑定処分許可状を得ていたことは,関係証拠,殊に解剖の執刀医である証人齋藤一之の当公判廷における証言等に照らして明らかというべきであって,鑑定処分許可状自体の証拠調べがなされていないことが,その点に疑義を生じさせるものではない。弁護人の手中は失当である。

三 次に,弁護人は,解剖に当たった上記齋藤医師が,鑑定書の鑑定主文の項において,關の死因を,「低栄養状態に伴う化膿性胸膜炎・肺炎」とし,組織学的所見の項において,炎症を起こしている肺実質部分の組織像を検査したところ,「肺胞内に好中球主体の軽度ないし中等度の炎症細胞浸潤がみられる」としていることや,当公判廷に出廷して,「肺の組織像を見た際,關の好中球が以上に少ないという印象をもったことはない」旨証言していることなどを挙げて,關の好中球が減少していたとの証明はなされていないと主張する。

しかしながら,關が化膿性胸膜炎などを引き起こした原因が何であるかについて,同医師は,当公判廷において,弁護人の質問に答えて,「低栄養状態や何らかの原因による抵抗力の減退というようなもんだと思います。」と証言しており,低栄養状態だけが抵抗力を減退させた原因であるとは必ずしも証言していないことが明らかであって,先の鑑定主文もそのような趣旨のものとして理解すべきである。

また,一般論として,炎症を起こしている部位の組織像を見ることで,好中球の数や機能についての以上の有無を診断することが困難であることは,弁護人指摘のとおりであって,上記小林証人も,当公判廷において,好中球減少症の者でも,無顆粒球症でない限り,肺炎になれば局所に好中球が集まるのであるから,局所の好中球を数えるという方法で好中球減少症の診断をすることは無理である旨証言しているところである。しかしながら,他方において,同証人は,当公判廷において,患者が好中球の数に以上を来しているかどうかは,単核細胞(リンパ球とマクロファージの合計)との比率を調査する(好中球の数自体を計測するのではなく)ことによって推測することは可能であるとした上,通常人であればリンパ球に対する好中球の比率が70ないし90パーセントに達するはずのところ,關の組織像ではそれが41ないし51パーセントにとどまっていることを指摘した上,その原因としては,末梢部血液の好中球が減少しているか,又は肺炎が治癒期に近づいているかの2つが考えられる,組織像に照らして後者は考え難いとして,本症例は前者に該当すると判定し,齋藤医師が,局所の組織像を見て好中球の絶対数が少ないと感じなかったこととの間に矛盾はない旨証言しているのであり,これによれば,關が死亡前,何らかの原因によって好中球の数を減少させていたことは明らかであるといわなければならない。

 

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