第15章 「八木の指示」はあったか

 裁判所の不誠実な態度

  以上のように、「八木の指示」に関する武の証言を見ると、その内容をそのまま信用してよいものなのか、疑問な点が多いことがわかる。そして、むしろ、武の単独犯行を窺わせる事情もたくさんあることがわかった。われわれは、このような疑問点があることから、裁判の中でも「八木の指示」に関する武の証言は信用することができないのだ、と主張した。しかし、裁判所は、われわれの主張を完全に黙殺した。判決では、「八木の指示」に関する武証言の信用性については、全く触れられていないのである。

  すでに述べたとおり、武証言を前提にしても、八木が直接森田昭や川村に風邪薬を与えたわけではないから、「八木の指示」があったかどうかは、風邪薬事件についての八木の有罪・無罪を左右する事柄である。そして、「八木の指示」の裏付けとなりうる唯一の証拠が武証言である。だから、もし、この点についての武の証言が信用できるなら、八木は有罪となる可能性が出てくるが、逆に、信用できないなら八木は無罪となるはずである。つまり、「八木の指示」に関する武証言が信用できるものかどうかが、風邪薬事件について八木の有罪・無罪を決する事柄なのである。われわれは、この「八木の指示」に関する武証言について、それを信用するには大きな疑問があるとして、本書で述べたのと同様の点を指摘した。少なくとも、われわれのこれらの指摘が、単なる「難くせ」や「揚げ足取り」などではないことは、読者には、十分にわかっていただけると思う。それにもかかわらず、裁判所はわれわれの主張を無視し、何事もなかったかのように武証言を当然の前提として、八木を有罪としたのである。

  この判決において、裁判所は、しばしば、われわれの主張を無視、黙殺するという態度をとっている。いずれも、不誠実な態度であり、非難されるべきものであるが、ここで述べた「八木の指示」に関する武証言は、風邪薬事件についての八木の有罪・無罪を決定づける極めて重大な証拠であるだけに、この証拠の評価に関するわれわれの主張を完全に黙殺した裁判所の態度は、特に不誠実なものとして、一層強く非難されるべきものである。

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