第15章 「八木の指示」はあったか

武単独犯行説

  これまでに述べた点をみれば、「八木の指示」に関する武証言が信用できないものであることは、すでに明らかになったと言えよう。風邪薬事件についての「八木の指示」などなかったのである。「八木の指示」がない以上、風邪薬事件について八木は無罪である。

  そして、さらに詳しく検討すると、むしろ、武の単独犯行を裏付ける事実が浮かび上がってくる。

 

新ルル-A錠を与える決断

「つかれず」と新ルル-A錠は見た目も舌ざわりも全く異なるものであり、森田昭や川村に「つかれず」の容器の中身が入れ替わっていると気付かれる危険が高くなるが、それでもあえて新ルル-A錠を「つかれず」の容器に入れて、森田昭や川村に与えようとしたことについて、武は、こう証言している。

私は全然見た目が別物、誰がどう見ても一目ですぐ分かる、そういうものですから、とても危険だと思ってました。でも、危険だと思っていたんですが、「イブ」では体が弱るとか、やせていくとかそういうこともなくて、体が弱まるという変化が全然ありませんでした。ですから、見た目が似ていて「イブ」を使っていたほうがばれにくくて安全なんですが、ちょっとリスクを冒しても、見た目が全然違っていて、ばれるかなという危険を冒しても、体に効果がある、つまり、体を弱らせるのに効果があるほうを選ぶことにしたのです。(第9回証言調書)

  これは、新ルル-A錠を与えることを決断する際のリスク対効果の分析を述べた部分である。ここで武は、武自身がその分析と判断をしたことを素直に告白しているのである。

  そして、さらに武は、新ルル-A錠を川村や森田昭に怪しまれずに飲ませる戦略についても自分で考え出している。

私はそのまま出したらすぐにばれると思ったので、言い訳を考えました。川村さんにも関[森田昭]さんにも同じ言い訳を考えたんですが、「つかれずの新製品が出たんだけど飲んでみる」と言いました。(第9回証言調書)

  このように犯罪を敢行するうえで最も重要な判断を自ら行い、その実行のための戦略を自分で立案したことを武は証言の中で告白しているのである。

錠数の指示

  武によると、最初に「10粒」で始めたのも八木の指示であり、その後錠数を増やしたのも八木の指示ということである。

  しかし、武は、捜査段階から一貫してそう供述していたわけではない。

  武のノートの年表には「ようすをみて、だんだん増やしていく(最終で20くらい)」との記載があり、その部分が二重線で消され、欄外に「八木さんに言われて」との書き込みがある。武の証言によれば、武がオリジナルの記載をしたのは、風邪薬事件の自白をした後であり、平成12年4月終わりか5月初めということである。武は「八木さんに言われて」という書き込みは後から書き込んだのではなく、最初から書いたなどと言い訳しているが、ノートの書き方から見て、これは明らかに後から書き込んだものである。

写真15-1 武ノート

写真15-1 武ノート

 

 

 

 

 

  そして、武は錠数を増やす指示について具体的に八木から言われた言葉を証言できなかった。第9回公判において、武は次のように証言した。

検察官:今度増やしたあとの説明として,15から20粒ぐらいという説明になっちゃうのはどうしてなんですか。

武:私,これは八木さんから錠数を言われていると思うんですが,どうしても錠数を何錠って言われたかが,ちょっと言葉として出てこないので,それでいきなり飛んじゃったんですが。

検察官:15から20というのは,どっか特定の数字があるんですか。それとも日によって違うという意味なんですか。

武:いえ,そういうことではなくて,私目見当でやっていましたから,ちゃんと1粒1粒数えたわけではないので,幅があるということです。それと毎日同じ数ではなかったと思うということで15から20と言っていました。実際に自分でちゃんと1粒1粒数えていませんから,私が言っているその数より実際は多めで,もうちょっと幅もあるかもしれません。そういうことです。

検察官:結論としては,八木被告人の少し増やせという指示に対して,証人が増やすことにした結果というのは,15から20粒くらいと証人は認識してるということですか。

武:はい,そうです。

検察官:その幅の中で,日によって変動があるのではないかという記憶ということですか。

武:はい,そうです。

検察官:八木被告人からもうちょっと絞った数の指示があったんじゃないかと思うんだけどって,さっき証言しましたよね。

武:はい。

検察官:もうちょっと具体的な指示があったというのは,どこの部分が具体的な指示があったと思うんですか。

武:数です。その数を幾つって言われたのかがちょっと覚えていないんですが,八木さんから20粒とか15粒とか,言われたと思うということです。

検察官:もっと具体的な数の指示があったと思うということですか。

武:はい。

検察官:その中身が思い出せないんだけど,それに対して証人がやったことについては,毎日15から20くらいの変動の中でやったと認識していると。

武:はい,そうです。

  法廷では、具体的な指示があったと言いながら、その言葉を言えない。日記には、「ようすをみて、だんだん増やしていく(最終で20くらい)」と書いてある。そして、明らかに後から「八木さんに言われて」と書き込んでいる。これらの「供述経過」の指し示すものは何だろうか。答えは明白ではないだろうか。「八木の指示」などは存在せず、武が自分の判断で「ようすをみて」錠数を決定していたということである。

 

「つかれず」の中身を入れ替えるアイディア

  武がイブA錠を「つかれず」に混ぜて、川村に与えるようになるまでの経緯は、武の証言によると、次のとおりである――平成10年7月までには、川村に対して毎日のように「つかれず」を与えるようになっていた;私の父親が病気になっていたとき、父親がイブとベンザの鼻炎薬を飲んでいたという話をすると、八木は「薬を食べ物に混ぜて食べさせられねえかな」と言ったが、これに対して私は「食べ物じゃ、ちょっと無理」と言って、その案を退け、「つかれずなら飲ませてるけどね」と答えた;八木は「中身を入れ替えられればなあ」と言ったので、「私の意図したヒント」は八木に伝わったと思った;イブと「つかれず」は似ていると思ったので、そのまま「あのさあ、イブとつかれずは似てるよ」と言った;八木から「いつもつかれずはどのくらい飲ませてるんだ」と聞かれたので、「10粒くらいを目安にしているんだ。20粒だと飲みづらいから」と答えた;それでその日から川村に「つかれず」にイブを混ぜたものを「つかれず」の容器に入れておき、10粒くらいを川村に与えるようになった。

  このように、武は、八木が「中身を入れ替えられればなあ」と言ったといい、このアイディアの発案者が八木であることを印象付ける証言をしていた。ところで、武は、この点について「川村にイブをあげることになったいきさつ」として、ノートに記している。そこには、このような記載がある。

私「つかれずなら飲んでるけどね」

八木「中身を入れ変えれば・・・」 (私かも)

(武ノート3冊目)

  つまり、武は、当初は、「つかれず」の中身をイブA錠と入れ替えるというアイディアを出したのは、武自身だったかもしれないと思っていたということである。それにもかかわらず、法廷での証言では、あたかも、八木の発案であるかのように述べたのである。

  また、この証言自体が、計画がすべて武の体験と発案に基づくものであることを示している。武が父親の病気を持ち出した時点で、イブA錠をあげるということは必然であり、「つかれずなら飲ませてるけどね」と言った時点で、そこにはイブA錠と「つかれず」は似ていて、中身を入れ替えるという武の「意図したヒント」があったのである。「10粒」というのも、武自身が川村に10粒くらいの「つかれず」を与えていたことに基づく。こう見てくると、風邪薬計画は武自身が計画したと考えるのが正しい。武は、自分の「意図」を予め持ち、その「ヒント」を八木に知らせ、八木にそれを気付かせ、八木からの指示で自分の「意図」を実行したという説明をあえてしているのであるが、その説明は迂遠なものであり、不自然さを拭えない。最初から「つかれず」の中身を入れ替えるという「意図」があるならば、そのことを「つかれずなら飲ませてるけどね」というような謎めいた「ヒント」にする必要はない。八木と武のような親密な間柄であれば、最初から自分の意図を率直に八木に語れば済むはずである。ところが、武は、予め持っていた「意図」を細かく分断して、ひとつひとつ八木の承認と指示によって計画を立てたかのように語っている。

  武は、このような証言をすることによって、犯行計画が自分の発案によるものではなく、あたかも八木が発案し、指示したかのような印象をわれわれに与えようとしたのである。渡辺荘事件に関する平成14年証言に典型的に現れたように、武には際立った作話癖がある。自分の犯行が八木の指示であるかのごとく見せかけるために、作話をすることなど武にとっては容易なことである。

 

弁当に薬物

  武が、川村の弁当に薬物を入れたことを認めてしまった場面がある。第25回の公判では、弁護人から武に対する反対尋問が続けられていた。それまで、弁護人は、川村とアナリエの偽装結婚に関する質問を続けていたが、唐突に、次のような質問をした。

「あなたは、川村さんのお弁当に薬物を入れたことがあるんじゃないですか。」

  武は、不意をつかれ、一瞬言葉を失った。その後、沈黙はまずいと考え、慌てて、次のように答えた。

「・・・1回だけあります。」

  おそらくこれは、不意をつかれて思わず出てしまった正直な答えであろう。

  もちろん、そこは武証人であるから、その直後には冷静さを取り戻し、川村の弁当の春巻きに薬を仕込んだのは確かだが、それは八木の指示によるものだと答えている。

  しかし、武がどのように取り繕おうと、川村の弁当に薬物を入れたことを認めたということは、武の独断で川村に薬物を与えていたことになるのである。それは、こういうことである。武は、検察官からの主尋問の中では、八木から、薬を食べ物に混ぜて食べさせることを提案されたが、「食べ物じゃちょっと無理」と答え、その提案は採用されなかったと述べている(第9回証言調書)。そして、武は、その理由について、次のように説明している。

私は味がおかしいと思われると思ったことと,薬を粉にすると苦みを感じてしまうから,食べた瞬間に味でばればれと思いました。それと,私も料理人なので,自分のお店で食べ物に混ぜ物をしたものを出すのがいやだと思ってました。それなので,八木さんに,「食べ物はちょっと無理。」と答えました。(第9回証言調書)

  武の証言を前提にすると、八木から、食べ物に薬を入れてそれを食べさせることを提案されたが、実行役の武からすると、その方法には様々な問題点があり、結局、武と八木の間では、食べ物の中に薬を入れてそれを食べさせるという方法は採用されなかったのである。そして、これも武証言によると、「食べ物はちょっと無理」だということになり、「つかれず」の容器の中身を薬物に入れ替えるという方法が採用されることになり、その方法が確実に実行されてゆくことになるのである(第9回証言調書)。そうだとすると、八木が、あえて食べ物に薬を入れるという方法を指示する理由などない。武が、川村の弁当に薬物を入れたことがあるとしたら、それは、八木の指示によるものではなく、武の独断によるものと考えるしかない。

 

 

 

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