第14章 武は森田と川村に風邪薬をあげていたか

「小さいすの薬」と「白い大粒の薬」を飲まされたとの証言

 

川村は、マミーで武からもらっていた薬の特徴について:「小さいすの薬」20錠くらいと「白い大粒の薬」6錠くらいを飲まされていた;「小さいすの薬」は、武に「今度、『すの薬』が飲みやすくなったから」と言われて、薬が変わった;色は白;形は、上から見ると丸で、横にすると長細い、丸をつぶしたような感じ;大きさは5~6ミリ;舌触りはつるつるして飲みやすい;味はちょっと甘いような味だった;「白い大粒の薬」は、栄養剤と言って飲んでいたと証言した(第56回証言調書)。川村が武からもらって飲んでいたのは、風邪薬だったのだろうか。


「小さいすの薬」の正体


 

武は、ルルを「つかれず」の容器に入れ、川村に「つかれずの新製品が出たんだけど飲んでみる」と言って飲ませたと証言した(第9回証言調書)。そして、川村がいう「小さいすの薬」の特徴である、白色で、形は上から見ると丸で、横にすると長細い、丸をつぶしたような感じで、舌触りがつるつるしているというのは、一見新ルル-A錠に似ている。

しかし、川村は、「小さいすの薬」の大きさは5~6ミリであるとはっきりと証言している。これは川村が、警察の事情聴取において捜査官から定規を借りて、武に飲まされていた「小さいすの薬」の大きさは「直径6ミリくらい」であったと供述していることによる(第58回証言調書、川村H12/6/3警察官調書)。他方、新ルル-A錠の直径は約9.5㎜である。その差は3.5~4.5mmにすぎないが、次の図を見ても分かるとおり、見た目の大きさは倍近い開きがあり、「小さいすの薬」と直径9.5㎜の新ルル-A錠とは、全く別の薬であるとしか考えられない。

直径6mmと9.5mmの比較

直径6mmと9.5mmの比較

 

 

 

 

 

 

 

では、川村の言う「小さいすの薬」とは何だろうか。
八木の妻ツヤ子は「つかれず」の姉妹品「つかれずホワイト」や「つかれずバランス」を頻繁に購入し、それを武に売ったり、武の分も一緒に注文してあげていたという(八木ツヤ子H12/5/16警察官調書)。そして、武の自宅からは「つかれずバランス」の瓶に入った白色の錠剤が押収されている(写真14-1)。この白色錠剤は「つかれずホワイト」であった。 つまり、武は「つかれず」だけでなく、その姉妹品「つかれずホワイト」も持っていたのである。

写真14-1 武の自宅から発見された「つかれずバランス」

写真14-1 武の自宅から発見された「つかれずバランス」

この「つかれずホワイト」は、白色の丸い錠剤で、表面はつるつるしておりその直径はわれわれが実際に測定したところ、5.0mmであり、川村が言う直径5~6㎜の「小さいすの薬」に近い。

つかれずホワイト

つかれずホワイト

川村が武に言われた「飲みやすくなったすの薬」、すなわち武の言う「つかれずの新製品」は実在したのだ。

 

川村による薬の特定

川村は、法廷で検察官から容器に入った錠剤を示されて次のように証言した(第56回証言調書)。

• 「つかれず」の容器に入った錠剤(新ルル-A錠)について:飲みやすくなった「小さいすの薬」です。
• 「ボンエナCa錠」の瓶に入っている錠剤(ナロンエース)について:当時見た容器によく似ている;中身も、白っぽくて、ラインが入っているので、そのときに飲んでいた薬によく似ている。
• 「アニマリンL」の瓶に入った錠剤(プレコール持続性錠)について:「白い大粒の薬」が入っていた容器によく似ている;中身も、栄養剤と言って飲んでいたもの(=「白い大粒の薬」)

 

もちろん、川村に示されたこれらの証拠物については「保管の連鎖」の証明がなく、マミーで発見された物と同一のものであるか疑問があることは、既に述べたとおりである。
そればかりでなく、川村の薬の確認は、法廷で初めてなされたのではなく、平成11年6月19日本庄警察署の道場で多数の薬を示され、既に予行演習が行われていた。その際、川村は示された薬について次のように説明している(川村H11/6/19警察官調書)。

•  マミーから押収されたという「プレコール(薬箱内のもの)」について:「これは私が八木社長や武まゆみらに飲まされていた栄養剤という大粒の薬に良く似ています。」
•  「不明白色錠剤(「つかれず」と記載のビン入り)」について:「私が八木社長や武まゆみらに飲まされていた酢の薬という小粒の薬に良く似ています。」
•  マジェスタ車内から押収されたという「不明白色錠剤(「つかれず」と記載のビン入りで大粒のもの)」と「不明白色錠剤(「つかれず」と記載のビン入りで小粒のもの)」について:「これは私が飲まされていた大小の薬の艶といい、大きさの形といい良く似ています。」

 

しかし、そのとき証拠物を示すにあたり、警察は川村に「提示証拠品一覧表」を示しており、その「鑑定資料の入手状況」欄には、例えば「H11/5/31小料理「マミー」店舗内」とか、「H11/5/31マジェスタ車内」などと押収場所が記載されていた。つまり、川村は、示された薬がマミーやマジェスタから押収されたのか、それ以外のところから押収されたのかをあらかじめ知った上で薬の特定を行っているのである。そして、川村が「武に飲まされていた薬である」と特定したものは、いずれも「提示証拠品一覧表」にマミーかマジェスタで押収されたことが記載されたものであった。これでは、目撃者に対して捜査官が「この写真の人物は、事件当時、犯行現場にいた人です」と説明してから写真を選ばせるのと同じことである。川村に予断を抱かせて行った薬の特定にはまったく意味がない。

実は、この薬の“面割”捜査のときに川村は重大な証言をしている。マミーから押収された新ルル-A錠をそのものを示されて、「飲まされていた薬とは違います」と供述しているのである(前掲H11/6/19警察官調書、第58回証言調書)。この川村の供述は、川村が武にもらって飲んでいたものが新ルル-A錠ではなかったことを物語っている。8ヶ月間毎日のように新ルル-A錠を20錠以上飲まされていながら、このような供述をすることがあり得るだろうか。


捜査官に迎合した川村の態度


 

もう一つ、川村が、捜査官に迎合的な態度を示していたことも見逃せない。この点について、川村は裁判長からも質問を受けている(第58回証言調書)。

裁判長 じゃ、そういう動作を大して覚えてもいなかったのに、作り話で話したということはどうですか。自分が被害者だということを強く印象付けるために作り話をしたということもあり得ますか。
川 村 あると思います。
裁判長 あり得るんですか。
川 村 はい。やはり、自分の中でも、病院の後と前とでは気持ちは違うので、ちょっとあれなんですけれども、調書を取っているときは、自分でも、その思いに関して、作ってる部分もあったかもしれません。
裁判長 取っているときというのは、もう自分は殺されようとしてたということを知ってるから、これは大変な目に遭ったという気持ちがちょっと強く出たという意味ですか。
川 村 はい、そうです。
裁判長 それで、誇張して、少しうそのことも交ぜてしまったかもしれない。
川 村 はい。

 

当時八木の保険金殺人を立件しようと躍起になっていた捜査機関は、平成11年4月頃から川村を事情聴取しており、川村も自分の被害者的立場を印象づけようと作話したり、誇張したりしていたことが分かる。さいたま地裁判決も、「川村は、その証言内容や態度に照らすと、物事のあった時期や順序、その内容などの点で自信がもてず、証言内容が曖昧で漠然としていたり、明らかに客観的事実と相違する証言をした後、問い直されてそれを訂正するなどの部分が多くあり、その認識能力や表現能力などは必ずしも十分ではないといわざるを得ない」と、川村の証言の信用性に疑問を示している。

このように、武に風邪薬を飲まされていたという川村の証言は、もともと曖昧であり、変遷も多々見られ、捜査官に迎合的な態度も顕著に窺われるのである。むしろ、川村が武からもらって飲んでいたのは、風邪薬ではなく、「つかれずホワイト」という栄養剤だった可能性が高い。それによって川村の証言を矛盾なく説明できるのである。

 

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