第14章 武は森田と川村に風邪薬をあげていたか

4 川村証言


「関さんが武から薬を渡されて飲んでいるのを見た」


 

川村は、森田昭が薬らしきものを飲んでいるところを目撃したとして、次のように証言した――マミーで関[=森田昭]が武から薬を渡されて、それを飲んでいるのを見たことがある;それは、平成11年2月か3月ころ;マミーの戸を開けると、関が、いつも自分が飲んでいる場所に立っていた;関は水を片手にもち、他方の手に白い薬のようなものを持っていて、自分が近くに行くと、口の中へ入れている様子のところで、薬を飲んだように見えた;武が関に薬を渡しているところは見ていない;関の手の平に乗っかっているときから見た;武が薬を取り出すところは見ていない;しまうところも見ていない;薬の容器も見ていない;関がマミーで薬を飲んでいるのをもう1回くらい見ているが、鮮明な記憶はない;平成11年2月か3月ころ、武からもらう薬に関して関と話をしたことがある;自分は薬を飲むと吐いちゃうんだよと関に言ったところ、関は、自分は吐きそうになるけれども、ここいら辺で止めているんだという動作をしていたと思う(第56回証言調書)。

結局、川村は、森田昭が「白い薬のようなもの」を飲んでいるのを、たった1,2回見たというだけで、武が薬を出し入れする場面は見ておらず、それを森田昭に渡す場面も見ていない。薬の容器も見てなければ、まして森田昭が飲んだものが風邪薬であることを確認したわけでもない。このように、川村の目撃証言は極めて曖昧であり、信用性に乏しい。

また、目撃時期についても、川村は初めから平成11年2月か3月ころと証言したわけではない。川村は初め検察官の質問に対し、平成11年5月ころと答えていた。その後、以下のようなやり取りを経て、ようやく平成11年2月か3月ころという証言にたどり着いた(第56回証言調書)。

検察官 逆に、証人が關さんが武まゆみから薬を渡されてそれを飲んでいるのを見たことはありますか。
川 村 あります。
検察官 よく考えてくださいね。關さんが武まゆみから薬を渡されていた時期ですけれども、それはいつごろでしょうか。
川 村 見たのは平成11年・・・5月ごろだと思います。
検察官 ちょっと聞きますね。平成11年5月ごろですけれども、關さんはマミーに来ていましたか。
川 村 あ、そういえば、来ていませんでしたね。
検察官 關さんがマミーに来ていたのは、あるいは關さんを最後にマミーで見たのは、証人はいつごろだったでしょうか。
川 村 4月ごろですね。
検察官 そうだとしたら、關さんが武まゆみから薬を渡されて飲んでいるのも、それ以前ですよね。
川 村 はい。
検察官 それを前提にして聞きますけれども、証人が關さんが薬を飲んでいる姿を見たのは大体いつごろになるんですか。
川 村 平成11年2月か3月ころになりますね。
検察官 そのくらいですか。
川 村 はい。

 

川村は当初、平成11年5月と答えたが、検察官から森田昭は平成11年5月にはマミーに来ていないはずだと指摘された結果、平成11年2月か3月ころと証言を訂正したのである。検察官の指摘はまさに理詰めの質問であり、一種の誘導尋問である。理詰めの質問は供述者の記憶や供述を歪曲する恐れがある。川村は自分の記憶に基づいて「平成11年5月に森田昭が薬のようなものを飲んでいるのを見た」と証言したのであるから、その証言自体の真偽を問うべきである。「森田昭は平成11年5月にはマミーに来ていなかった」という指摘によって、目撃時期を「平成11年2月か3月ころ」に訂正させるのは、「平成11年5月」であった川村の記憶を変容させることになる。そればかりか、訂正後の「平成11年2月か3月ころ」という証言が正しいという保証はないから、訂正によって川村証言の信用性が増すわけでもない。明らかになるのは、川村が誘導に乗りやすい性格であり、記憶が曖昧だということである。

そもそも、川村は森田昭が薬を飲むのを目撃した時期について、捜査段階では、「今年の連休のすぐあとでしたから、平成11年5月6日ごろ[だった]」と、理由を付けて明確に答えている(第59回証言調書、川村H11/12/5警察官調書)。このことと、川村が目撃時期を当初、平成11年5月ころと証言したことを考え合わせると、平成11年5月ころに森田昭がマミーで薬を飲むのを見たというのが川村の本当の記憶なのであろう。実際、武証言によると、森田昭は平成11年4月後半ころと5月20日過ぎころにマミーに痛み止めの薬をもらいに来たという(第11回証言調書)。川村はその場面を目撃したのであろう。

ところで、川村は平成11年2月か3月ころ、武に飲まされている薬について森田昭と話をしたことがあり、その時期は森田昭がマミーで薬を飲むのを見た後のことだったと証言した(第59回証言調書)。
しかし、川村は捜査段階では、薬について森田昭と話をしたのが平成11年4月中旬ころで、森田昭が薬を飲むのを見たのが同年5月6日ころであったと、先後逆の供述している(川村H11/12/5警察官調書)。このような供述の変遷は、川村がそのような体験をしたこと自体を疑わせる。

そうしてみると、森田昭が平成11年5月ころに武から痛み止めの薬をもらって飲むのを見た以外に、同人が薬を飲むのを見たという川村証言がそもそも信用できなくなる。

 

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