第14章 武は森田と川村に風邪薬をあげていたか

3 毛髪鑑定

 

結局、風邪薬の「長期連用」を証明しうる証拠は、毛髪鑑定しかないということになる。国立医薬品食品衛生研究所麻薬室長中原雄二が行なった毛髪鑑定について、ここでまとめて検討することにしよう。

毛髪鑑定というと、犯行現場に遺留された毛髪と被告人のそれとを比較したり、毛髪の血液型やDNA型を判定して個人識別を行なう鑑定が知られているが、最近では薬物犯罪の捜査で利用されることが多くなった。毛髪から覚せい剤などの薬物を検出して薬物の使用を証明しようというのである。尿や血液では、使用してから数日ないし10日前後の薬物しか検出できないのに比べて、毛髪では数ヶ月前ときには1年以上前の使用まで証明できるので、薬物犯罪の予防にも効果があるとして期待されている。中原はこの分野の毛髪鑑定の第一人者であり、「分画分析」とか「分割分析」と呼ばれる毛髪鑑定の手法を編み出したパイオニアである。

中原が行なった毛髪鑑定は次のようなものである。鑑定資料である毛髪を根元から1ヶ月に相当する1.2cmずつあるいは半月に相当する0.6cmずつに切り分け、それぞれの分画についてガスクロマトグラフ・質量分析装置を用いてアセトアミノフェンなどの風邪薬の成分があるかどうか、あるとしてその濃度を測定する。そして、各分画における薬物含有の有無・濃度を比較して、風邪薬の使用時期を特定するというものである(下図)。

図14-1 毛髪の分画図

 

 

この方法に依拠して、中原は次の鑑定意見を述べている。

①川村について

(1)平成10年12月から平成11年5月ころに相当する分画から低濃度のアセトアミノフェンが認められ、平成11年6月前半までの約6ヶ月間にわたってアセトアミノフェン含有の薬剤を使用したと推定される。但し、検出された濃度は低濃度であり、何かの原因であまり吸収されなかったと推察する;
(2)平成10年12月から平成11年5月ころに相当する分画からイソプロピルアンチピリンとジヒドロコデインを検出した(H12/3/3鑑定書)。

②森田について

(1)平成10年11月から平成11年5月下旬ころまでアセトアミノフェンを含有する薬剤を連続して使用したと推定される。毛髪中のアセトアミノフェン濃度からみて、長期にわたり、大量のアセトアミノフェンを摂取していたことが推測される;
(2)イブプロフェンを含む薬剤を平成11年1月から死亡するまでの5ヶ月間飲みつづけていたことが示される;
(3)イソプロピルアンチピリンは、死亡した月までの過去7ヶ月間連続的に飲みつづけていたことが示される;
(4)ジヒドロコデインは平成11年1月から死亡するまでの5ヶ月間続けて飲んでいたことが示される(以上H12/3/3鑑定書)。
(5)森田昭の平成11年5月中旬から5月後半に相当する部分から7.1ng/㎎、4月後半から5月中旬に相当する部分から19.6ng/㎎の濃度のアセトアミノフェンが検出されており、死亡直前の2週間は、それ以前の2週間に比べてアセトアミノフェンの用量が減少していたことが示唆される(H12/6/16鑑定書)。

さて、中原が行なった毛髪の「分画分析」という鑑定手法は次の事柄を理論的な前提としている。

  • 前提1:人の毛髪の成長速度は1.2cm/月で一定している。
  • 前提2:人が経口摂取した薬物は、毛髪にとり込まれて毛幹に固定され、時間の経過による毛髪の成長とともに先端部分に移動するのであって、それ以外の要因や外部汚染の可能性は無視できる。
  • 前提3:毛髪から検出された薬物の濃度は、人が経口摂取した薬物の量に比例する。

以上3つの前提の全てが成り立たない限り、中原鑑定は成り立たない。中原のこの3つの前提には科学的な根拠があると言えるだろうか。

 

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