第14章 武は森田と川村に風邪薬をあげていたか

2 川村富士美の鑑定

 

次に、川村富士美の生体資料について行われた鑑定を見ることにする。そこでは川村から採取したという血液、胃内容物、吐瀉物そして毛髪の鑑定が行われた。その鑑定結果と総合感冒薬の成分をまとめると表14-2のとおりとなる。

 

しかし、この鑑定も、これまで繰り返し指摘してきたように、鑑定資料について保管の連鎖の証明が全く行なわれていないため、本当に川村の血液や毛髪等について鑑定がなされたのか不明なのである。そして、鑑定自体の信頼性に関するデータが不足していることも、これまでの鑑定と同じである。

 

血中のアセトアミノフェン濃度の鑑定結果について


 

平成11年5月30日に川村から採取したという血液からは9.0μg/mlのアセトアミノフェンが検出され(H12/11/16鑑定書)、胃内容物からは、アセトアミノフェン、イソプロピルアンチピリン及びクレマスチン、ノスカピンが検出されたことになっている(H12/5/2鑑定書)。しかし、既に指摘したとおり、血中のアセトアミノフェン濃度から風邪薬を長期間、大量に連用していたかどうかを推定することはできない。胃内容物から検出された成分も過去の長期連用を推定させるものではない。これらは、いずれにしても、数日以内の摂取を推測させるだけである。

むしろ、ここでは川村の血中アセトアミノフェン濃度の異常な高さに注目しなければならない。というのは、川村のアセトアミノフェンの血中濃度は、武が与えたという風邪薬の量をはるかに上回り、捜査官の作為が介入した可能性をうかがわせるからである。

武と川村の証言によると、川村は平成11年5月29日午後7時頃に新ルル-A錠16~17錠とプレコール持続性錠3~5錠を飲んだという(武第10回、第14回、第24回証言調書、川村第57回証言調書)。そして、彼は翌5月30日未明に警察に保護され、同日午前3時49分に深谷赤十字病院に到着し、同日午前4時10分に緊急採血され、同病院に入院した。つまり川村は薬を飲んでから約9時間経過後に採血されたことになる。

新ルル-A錠9錠(成人の1日の服用量)中のアセトアミノフェンは900mg、プレコール持続性錠3錠中のアセトアミノフェンは225mgであるから、川村が飲んだという新ルル-A錠16、17錠とプレコール持続性錠3~5錠中のアセトアミノフェンは合計で最大2,075mgとなる。

アセトアミノフェンの半減期は短く、2時間を経過するごとに2分の1となり、24時間を経過すると体内にほとんど残らず、アセトアミノフェン6g(新ルル-A錠60錠に相当する)を摂取した場合でも24時間経過後の血中濃度はわずか0.07μg/mlにすぎない(東京薬学情報研究所所長福室憲治H12/3/19回答書)。これをアセトアミノフェン2,075mgを摂取した場合に当てはめると、9時間経過後は4.33μg/ml程度の濃度になる。そうすると、川村の血中アセトアミノフェン濃度9.0μg/mlという値は、この血中推定濃度を2倍以上も上回る異常な高さであることが分かる。

逆に、摂取から9時間経過後のアセトアミノフェンの血中濃度9.0μg/mlをもとに摂取時のアセトアミノフェン量を計算すると4,310mgとなり、新ルル-A錠43錠分の量に相当する。川村が嘔吐したとすると、川村が飲んだ薬の量は43錠よりもさらに多かったことになる。いずれにしても、武はそのように大量の新ルル-A錠を飲ませたとは一度たりとも証言していない。勿論川村もそのようなことは言っていない。

川村が武から錠剤をもらって飲むのは一日1回だけであり、前述のアセトアミノフェンの半減期によれば24時間経過後にはアセトアミノフェンは体内にほとんど残留しないから、平成11年5月30日に深谷赤十字病院で採血された川村の血液中のアセトアミノフェンは5月29日に摂取したものだけと考えられる。

このように、川村から採血したという血液中のアセトアミノフェン濃度の異常な高さを見ると、平成11年5月30日に採血してから同年11月16日に鑑定依頼がなされるまでの半年の間にアセトアミノフェンが添加されるなどの作為が介入した疑いが濃厚である。
しかし、さいたま地裁判決は、次のように述べてわれわれの指摘を退けた。

福室憲治の当公判廷における証言及び捜査関係事項照会回答書等によると、大量投与や繰り返し投与の場合には半減期が延長される場合のあることが指摘されており、川村のアセトアミノフェンの血中濃度のデータに関し、半減期を2時間とした数値を前提にして論ずるのは当を得ない

まず、福室は、「繰り返し投与の場合に半減期が延長される」などとは言っていない。彼は、半減期を2時間として、4時間ごとに6gのアセトアミノフェンを投与するという条件を設定して計算すると、アセトアミノフェンが徐々に蓄積されるという結果になることを示して、「繰り返し投与により血中濃度が累積的に上昇してゆく」と指摘しているのである(福室H12/3/19回答書)。しかし、この前提がこの事件では全く問題にならないことは、第12章で指摘した通りである。

福室は確かに、大量投与の場合に半減期が延長されると指摘している。しかし、これについても、前に書いたように、半減期の長期化はアセトアミノフェンの量によって変化するのではなく、肝機能障害の程度によって変化するということが研究者によって明らかにされているのである(Schiodt et al 2002)。川村に肝障害はなく、あっても軽度であり、中毒状態にないから(加藤眞三H14/1/21鑑定意見書)、川村についてアセトアミノフェン血中濃度の半減期が延長するなどということはありえない。

 

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