第14章 武は森田と川村に風邪薬をあげていたか

1 森田昭の鑑定

まず森田昭の鑑定について見てみよう。森田昭については、その死体から採取したという心臓血、末梢血、肝臓・大腿筋、胃内容物そして毛髪の鑑定が行われた。その鑑定結果と総合感冒薬の成分をまとめたのが表14-1である。

 

これによると毛髪からは新ルル-A錠、プレコール持続性錠、イブA錠の成分が、肝臓・大腿筋からはパブロンS、セキセチンの成分が、そして心臓血、末梢血からは新ルル-A錠、プレコール持続性錠、パブロンSに共通するアセトアミノフェンが検出されたことになる。

しかし、第2章トリカブトで指摘したとおり、これらの鑑定は、鑑定資料の採取から鑑定に至るまでの保管の連鎖の証明が全くない。間違いなく森田昭の毛髪や血液等について鑑定がなされたのか不明のままである。

それだけではない。森田昭の死体はかなり不自然な動きを伴っている。森田の死体は平成11年5月30日に葬儀場で差し押さえられ、翌31日埼玉医科大学法医学教室の齋藤一之教授のもとで解剖が行われた。解剖の当日かその翌日に本庄警察はいったん森田昭の死体を同法医学教室からどこかに持ち去り、その後同年8月11日頃、再び同法医学教室に運び込んだ。そして、森田の脳、肝臓、腎臓、頭髪、陰毛、大腿筋などの臓器を摘出し、その摘出臓器とともに遺体を再びどこかに持ち去っている(齋藤第67回証言調書、H11/8/11捜査報告書)。

捜査報告書によると、膵臓と脾臓は腐敗のため採取できなかったというが、その間2か月以上もの間、本庄警察署は森田昭の死体をどこでどのように保管していたのか一切不明である。森田昭の遺体から採取したという様々な臓器や毛髪などについて多彩な鑑定が行われている。しかし、それらの臓器や毛髪などが当初齋藤教授が任意提出したものを鑑定資料にしたのか、あるいは警察がどこかに持ち去り、再び埼玉医大に持ち込んだ際に採取されたものなのか、警察が持ち出している間にすり替えや作為の介入がなかったのかも分からない。

また、クロマトグラフィー検査についてブランク・データの添付もなく、試料の汚染がなかったという証明もなされていない。上の鑑定結果の正しさを誰も検証することができないのである。

ところが、ここでもさいたま地裁判決は、「関係証拠を精査しても,鑑定に至る経緯や鑑定資料の同一性の確認の点などについて特段の疑義は見出せないのであって,上記鑑定結果が本件の証拠として関連性を有することは明らか」であるとか、毛髪鑑定をした「中原の当公判廷における証言その他の関係証拠によると,本件の鑑定の過程において資料の汚染が発生しないよう慎重に配慮されていたことが明らかであり,ブランクテストのデータや定量分析に関する資料が欠けていること及び鑑定資料を全量消費したことなどが,中原鑑定の信用性を損ねるものとも考えられない」とした。

判決が精査したという「関係証拠」は、任意提出書、領置調書など、臓器の受け渡しに関する書類に過ぎない。それらの書類には臓器等を特定する写真もなく、その特徴を書いた文章もない。単純に日付と署名があるだけである。そもそも書類が正確に作成されたかどうかについて何もチェックしていない。これでは森田昭の臓器や毛髪についてすり替えが行われたとしても、それを突き止めようがない。裁判所はいったい何を「精査」したというのだろうか。

 

血中のアセトアミノフェンは森田昭が死亡直前に自分で飲んだもの


 

さいたま地裁判決は、森田の胃内容物、心臓内血液、末梢部血液からそれぞれアセトアミノフェンが検出されたことを根拠の1つとして、森田は死亡のときからさかのぼって数か月間にわたり、アセトアミノフェン、イソプロピルアンチピリン、ジヒドロコデイン、イブプロフェン、クレマスチンを含有する薬物を継続的に摂取して」いるとした。

しかし、血液や胃内容物の鑑定結果は「長期連用」の証拠にはならない。血液や胃の中の薬物は、数日の間に体外に排泄されてしまうからである。

森田昭は、平成11年5月28日に森田考子に頼んでパブロンS錠と咳止めシロップ(セキセチン咳止め)を届けてもらっており(考子第30回証言調書)、発見された薬の残量からみて、彼は翌5月29日未明に死亡するまでの間に、パブロンS錠3錠(大人1回分の服用量)とセキセチン咳止め20ml(大人2回分の服用量)を服用したと考えられる(H11/6/1捜索差押調書、H12/4/11捜査報告書)。

前掲表14-1のとおり、パブロンS錠にはアセトアミノフェンが、セキセチン咳止めにはリン酸ジヒドロコデイン、dl-塩酸メチルエフェドリン、グリセリンモノグアヤコールエーテル、マレイン酸クロルフェニラミン、無水カフェインが含まれているので、この2つの薬で毛髪を除く生体資料から検出された総合感冒薬の成分を全部説明することができる。逆に、毛髪以外の生体資料からは新ルル-A錠に特有の成分(クレマスチン)やプレコール持続性錠に特有の成分(イソプロピルアンチピリン)は検出されていない。


心臓血のアセトアミノフェン濃度1.8μg/ml、末梢血のアセトアミノフェン濃度2.4μg/mlは、森田昭が死亡の約5時間前にパブロンS錠3錠(大人1回分の服用量)を服用した場合の残濃度に相当し、治療目的で使用した場合の安全な治療域血液濃度10~20μg/mlにも達していない(齋藤H12/3/17鑑定書)。

そうすると、毛髪を除く生体資料の鑑定結果からは、森田昭がアセトアミノフェンを長期にわたって過量に摂取していたことや、新ルル-A錠やプレコール持続性錠を過量に摂取していたことを証明することはできないということになる。

 

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