第14章 武は森田と川村に風邪薬をあげていたか

供述の不合理な変遷

 

武証言は不合理な変遷をとげている。その数は枚挙にいとまがないが、ここでは紙幅の関係で、その主なものをあげるにとどめる。


イブA錠をあげていたか


 

武は、川村に対し、平成10年7月から「つかれず」とイブA錠を混ぜたもの約10錠を毎日あげるようになり、森田に対しては、平成10年8月1日から同月終わりころまでイブA錠を与えていたと証言した(第9回証言調書)。しかし、武は、風邪薬事件を自白した後のノート(平成12年5月1日ころ)には、川村に対しては平成10年10月ころから、森田に対してはその1ヵ月後(平成10年11月)ころから「つかれず」と偽って新ルル-A錠を与えるようになったと書いており、イブA錠を与えたという供述はしていない。


森田昭にイブA錠や新ルル-A錠をあげていた期間


 

武は、平成10年8月終わりころから平成11年3月末までは毎日、その後は4月中旬までに3、4回ルルを森田にあげたと証言した(第9回、第11回証言調書)。しかし、武のノートにはこれと大幅に異なった記載がなされている。

風邪薬については、川村より1か月ぐらい遅いと記憶している。量も1回に10ないし15粒で、20粒まではあげていないと思う。あげていたのは、平成10年10月ころから平成11年3月半ばごろまでの期間で、昼間はもちろん、私の店以外の場所ではあげたことはない。關さんはムサシノキカイでバイトするようになってから[平成10年11月]は、店に来る回数がだんだん減ってきて、3月半ばごろからは全然来ていない。4月と5月に1回ずつ来たけれど、飲みに来たのではなく、お腹が痛いから痛み止めをくれないかと言って、痛み止めをもらいに来た。そのときも痛み止めはあげたけれど、風邪薬もお酒もあげていないし、私の店では何も飲んでいない。痛み止めをもらいに来ただけで、痛み止めをあげると帰った。だから、私は關さんは風邪薬が原因で死んだとは思っていない。八木さんは關さんはがんだったんだとか言っていた。だから、私もそう思った。

 

武は、平成12年5月14日に鈴木刑事から、鑑定の結果、平成11年4月、5月の段階の森田の毛髪から風邪薬の成分が出ていると聞かされ、その日のノートに次のように書いている。

☆関のかんてい結果(鑑定結果)から、かぜ薬の出ている期間の、4月、5月のこと誰が飲ませていたか。
☆関のイブのこと最後に出ているが、誰が飲ませているか。
両方とも、私は知らない。何も聞いていないし見たこともない(あげている所)。

 

つまり武は平成11年3月半ば以降は森田に薬を飲ませていないと言っていたのに、同年4月、5月にも風邪薬の成分が検出されたという毛髪鑑定の結果を示されて、それに自分の供述を合わせて変えたのである。ちょうど、「科学捜査の結果」佐藤修一はトリカブトで死んだのだと佐久間検事に言われて、「自殺」供述を撤回せざるを得なくなったように。


「本物」と「偽物」の保管場所の突然の変更


 

武は第9回公判(平成13年9月17日)から風邪薬事件の証言を始め、風邪薬を入れた「偽物」の「つかれず」の容器を黒いカラーボックスの中段にしまっておき、自分が飲む「本物」は一番下にしまっていたという証言を繰り返した(第9回、第10回、第11回証言調書)。

ところが、第14回公判(9月28日)になって突然、武は、平成11年3月以降に「偽物」を中段から1番下に移し、「本物」を下段から中段に移し替えたと証言した。彼女は、捜査段階ではこの「移し替え」の話を全然しておらず、終始、「偽物」はカラーボックスの下段にあり、「本物」は中段にあったと供述していたのである(H12/5/4警察官調書、H12/5/21検察官調書)。

武は証言を変えた理由を説明していないが、それは明白だ。
武は、この点について自分が捜査段階でしていた供述を誤解していたのだ。そのことに証言の途中で気付いて、軌道修正したのである。「偽物」が中段で「本物」が下段にあったという証言は、平成11年5月30日のマミー捜索のときに、「本物」が黒いカラーボックスの中段から、「偽物」が下段から発見されたという捜査記録と矛盾してしまう(H11/6/3写真撮影報告書、磯貝第71回証言調書)。武の証人尋問を続ける中で、この矛盾に気付いた検察官が武に知らせ、武はつじつまを合わせるために、「移し替え」のストーリーを作話したのである。

佐藤事件でもそうであったが、武は、死刑を免れたい一心で場当たり的な話をし、それが鑑定結果や他の事情と合わないと、突然話を変えてつじつまを合わせてきたのである。このような武の供述の変遷は、八木を有罪としたい捜査、訴追側との合作なのである。

変遷した供述や証言は、変遷の合理的な理由がない限り、信用できないと考えるのが常識であろう。しかし、さいたま地裁判決は、このような武の供述、証言の変遷について、こう言って切りぬけた。

關や川村に対してイブA錠を与えていた時期があることや、川村に対して新ルルA錠とは別に精力剤と偽ってアニマリンLの瓶にいれたプレコール持続性錠を3ないし5錠与えていたことについて、武は、捜査当初隠したり、供述を始めてからも与えた錠数については少な目に話したりした旨証言しており、また、關に対して平成11年4月にも新ルルA錠を与えた点については、武は、自己が与えた薬のせいで關が死んだと思われたくなかったので、自白に転じた後においても、一時、死亡時期に近いころの薬剤投与の事実は隠していたという趣旨の証言をしており、武証言全体の趣旨に照らして、これらの点に疑義を抱かせる事情はないと認められるので、供述が変遷したことに理由がないとはいえない。本物の「つかれず」の容器と偽物の「つかれず」の容器の保管場所を同年の初めに入れ替えたことがあることについては、武は当公判廷で初めて証言したことを認めており、その点、これに触れていない捜査段階の供述から変遷があるとはいえるが、この部分に関する武の証言内容や態度には、検察官に迎合した作話であることを疑わしめるような特段の事情を見出すことはできない

 

結局、有罪方向への変遷や他の事情とつじつまを合わせる変遷はは全てフリーパスで信用性が認められるというのが、裁判所の態度のようである。

 

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