第13章 森田の死と川村の「症状」は風邪薬なしで説明できる

川村の「症状」とアルコール

 

次に、川村についても、その生活状況を確認することととする。
川村は、法廷で、昭和60年か61年ころ内藤塗装の忘年会の二次会でレオを知り、やがて月に1、2回飲みに行くようになった;平成2年ころからレオにほとんど毎日のように通うようになり、ほぼ毎回午前4時まで飲んでいた、と証言した。川村はホステスが好きで、お酒も嫌いでなかったので、飲食代金のツケがたまるのも顧ず、誘われるままに通っていたのである(第54回証言調書)。

一日の酒量は定かでないが、平成2年ころから平成4年ころまでの間は、ボトルを入れてホステスと一緒に飲む飲み方で、午前4時の閉店時には自動車を運転して帰宅することができた程度だと証言した。平成7年ころは、毎日ではないが、自動車を運転できる程度の時もあったが、酔っぱらって分からないまま帰宅したこともあり、勤務先の内藤塗装でも酒臭いと注意されたことがあった(第57回証言調書)。

川村も、少なくとも平成2年ころから毎日のように午前4時まで飲酒し、勤務先に酒臭い息をして通っていたということである。

川村について、アナリエは、レオに来る前から酔っぱらっているという時もあった;レオでも時間も長く、量も多く飲んでいたと証言し(第52回証言調書)、武も、今日は飲まないと言っていても「ヘベレケ状態」になるまで飲んでしまうような人であると証言した(第10回、第24回証言調書)。

そして、川村も、森田と二人で同じ瓶の中から同程度飲んでいたとすれば、アナリエの証言を前提に試算した森田の酒量と同じである。すなわち、1日のアルコール摂取量は326.5g、から292g(日本酒換算1088ccから973cc)、ウォッカの混入がないとしても129.5g(日本酒換算863cc)である。

したがって、川村も、少なくとも常習飲酒家に該当し、大酒家に該当する可能性も相当高い。

川村の「症状」とは、GOT、GPT、LDH等の血液検査の数値が基準値を上回っていたが、全く死の危険をもたらすようなものでなかったことは、第11章で検討したとおりである。

細胞の変性・壊死により、GOT、GPT、LDHという各酵素が血中に逸脱するために活性が上昇する。そこで、血中のGOT、GPT、LDHの活性値を測定すると、肝臓疾患、心疾患、筋疾患等の有無・程度を知ることができる。

アルコールが肝臓に障害をもたらすことは常識といってよいが、川村の生活状況からみれば、川村のアルコールに依存した生活態度が、上記血液検査の数値につながっていることが分かる。

しかも、川村は、格別の治療を受けることなく退院した。入院生活で3度の食事をきちんと取りアルコールを止めたことで数値が改善したと考えることができるから、川村の生活態度が、血液検査の数値という「症状」をもたらしたことがはっきりと分かる。

このようにアルコールには相当程度の危険性があり、その量によっては飲酒が死の危険を惹起させる行為となることもある。子どもの成長にも悪いから、法は、未成年者飲酒禁止法により、20歳未満の飲酒を禁じている。そして、無理矢理アルコールを注射するとか、口に流し込むというのは、殺人行為になりえるだろう。

しかし、大の大人が自らの意思でアルコール飲料を飲む行為を禁じる法は、現在の日本にはない。それは、個人の自由の範囲に属する問題として、各個人の自由意思に任されているのである。だから、どんなにホステスが客に酒を勧めても、客が自らの意思で飲む限り、客が死んだことについて刑事責任を問われるいわれはない。
したがって、アルコールが原因で発生した森田の死亡や、川村の「症状」について、誰も刑事責任を問うことはできない。

 

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