第13章 森田の死と川村の「症状」は風邪薬なしで説明できる

飢餓死の疑い

 

森田は、原因不明の痛みに悩まされていた。平成11年5月には考子に痛み止めを持ってくるよう頼んでいる。また、それと前後して、森田は、考子に足がふらふらして外出が困難であることを訴えている。これらのことは、平成11年5月の取調べのときに、考子が埼玉県警に説明している。これらが5月何日のことかという点では考子の供述は変遷しているが、森田から考子にこのような訴えがあったこと自体は間違いないであろう。

そうだとすると、森田はもともと、乱れた食生活と覚せい剤の常用により、栄養の摂取が不良であり、さらに、アルコールそのもの及びアルコール依存症患者の生活態度によって、各種免疫機能が不十分になっていたため、肺炎・胸膜炎等の感染症に罹患しており、食事を取ることがさらに困難になっていた可能性がある。

このように栄養の摂取が不十分であるために、感染症に罹患するなどして死亡することを、法医学では飢餓死と分類している。飢餓死では、皮膚の色素・光沢に異常が生じることが知られている(Knight1996p408)。
考子の証言の中で、死亡直前の森田の足の様子が語られた。

考子:[5月24日に森田の自宅に行った帰りの車内で]マミが,關さんの足見たとかって,ターちゃんも冬になると,ああいう蛇柄になるよね。寒くもないのに,何で,あんなになっちゃうんだろうねとかっていう話をしました。
検察官:証人自身は,關さんの足を見ましたか。
考子:はい,見えました。
検察官:蛇柄というのは,どうなっていたんですか。
考子:私も,冬になると,血行が悪くなってくるんで,ちょっと紫っぽいようなかたちになるんですけど,5月で,そんなに寒い時期じゃないのに,足の色が,黄疸が出たとかっていうみたいに,皮膚の色が変わっていました。(考子第30回証言調書)

 

考子が説明する森田の足は、飢餓死の特徴的な皮膚の様子と似ている。

また、アナリエの証言によれば、森田は、アナリエの運転する車に乗ってマネキンまで赴いたが、苦しそうに小さな声で話し、すぐにマネキンを後にした。帰りもアナリエの運転する車に乗ったが、その車の中で森田は死亡した(第46回証言調書)。
森田は、最後の力を振り絞ってマネキンを訪れたが、すでに食物から栄養を摂ることができないほどに衰弱しており、マネキンからの帰りの車の中で息を引き取ったのである。

以上検討したように、森田の症例は、風邪薬による副作用などとは無関係に、きれいに説明することが可能である。これが、「風邪薬殺人事件」の真実のはずだ。少なくとも、このアルコールを中心とした説明以上に、風邪薬による森田の死亡が証明されたとは到底いえない。

 

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