第13章 森田の死と川村の「症状」は風邪薬なしで説明できる

慢性的なアルコール摂取が人体に与える影響

(ⅰ)血液障害・免疫機能障害

リーバー『アルコールと臓器障害―病態生理と治療―』によれば、WelchとOslerらはアルコール依存症患者は感染症、特に肺炎に非常にかかりやすく、感染した時には死亡率が大であることを観察した;それ以来多くの学者が、アルコール依存症患者では種々の細菌による感染率が高いことを指摘しているという(リーバー1985p209)。

森田も、上記のとおり、アルコールに依存した生活を行っており、今回の死因は、肺炎・胸膜炎であるから、まさにアルコールによる症例といえるのではないか。

アルコール依存症患者に細菌感染率・死亡率が高い理由は明確には解明されていないようであるが、その原因は次のように考えられる。

第1に、アセトアミノフェンのところでも検討した好中球減少症である。
慶應義塾大学医学部消化器内科専任講師加藤眞三は、リーバー『アルコールと臓器障害―病態生理と治療―』を引用して、慢性的なアルコール摂取により好中球(あるいは顆粒球)が減少することがあり、アルコール依存症患者では白血球減少の頻度は3.6-8.5パーセントと報告されており、まれならず見られると鑑定している。

この減少の頻度は、アセトアミノフェンによる好中球減少症の発現頻度である0.1パーセント未満よりも、明らかに高い。

また、詳しい機序は解明されていないようであるが、アルコールの物理化学的な性質が細胞膜を傷害し空砲化を起こしたり、成熟を抑制したりして、末梢血の顆粒球が減少することが報告されている(藤岡1997)。

第2に、リーバーの著書によれば、アルコールは、好中球の機能障害ももたらす。
Pickrellは家兎における重症アルコール依存症では、皮下、気管内、あるいは胸膜内に肺炎球菌または非特異的刺激物を接種したとき、炎症巣に集る好中球数を著しく減少[することを発見した]。ひきつづいてマウスにブドウ球菌を腹腔内に注射後、あるいは家兎に無菌的又は肺炎球菌による腹膜炎を起こしたのち、同様な観察が行われている。また、栄養学的に正常なボランティアに、中毒量であるエタノールを経口あるいは静脈内に急性投与すると、皮膚の傷害部に集る顆粒球の割合を著明に抑制した。(リーバー1985p209)
これらの実験から、アルコールにより好中球の運動走化能(第10章参照)が低下することは明らかである。

第3に、リーバーの著書によれば、アルコールそのものだけではなく、アルコール依存症患者のもつ因子が感染症に影響を及ぼしていることも認められる。他の因子とはすなわち、エタノールによる咳嗽反射の低下、声門閉塞反射の障害、重症な中毒の際の分泌物の吸飲や貯蔵、そして紙巻きたばこを吸っていることなどである。(リーバー1985p213)

この記述は、アルコール依存症患者では誤嚥性肺炎の症例が多いという呼吸器・感染症学の専門家である小林の法廷証言とも一致している。

 

(ⅱ)低栄養状態

齋藤は、剖検所見からは低栄養状態を出現させた原因は特定できず、食物摂取の障害も原因となりうることを鑑定書に掲げている。さらに法廷では、毎日食事を摂らないでアルコールばかり飲んでいたら、エネルギー摂取の減少と必要な栄養素の欠乏の両方が考えられ、食物摂取の障害の一種として低栄養状態の原因に該当すると証言した(第67回証言調書)。

名尾は、アルコールを摂取すると胃酸が分泌されて胃壁の粘膜を刺激し嘔気・嘔吐が生じうること、さらに多量の飲酒時には嘔吐を起こすことを回答している。

リーバー『アルコールと臓器障害―病態生理と治療―』にも、次のような記載がある:

古くからアルコールは胃の分泌機能に影響を与え、過量のアルコール摂取により胃の粘膜傷害[障害]が惹起されることが知られている。下痢と体重減少もまたアルコール依存症によく見られる症状であり、アルコール常飲者では、各種栄養素の腸管における吸収が障害されると考えられている。(リーバー1985p221)

 

このように、森田に低栄養状態をもたらした原因は、風邪薬ではなくアルコールであるという説明が十分に可能である。
そして、この低栄養状態が、免疫機能の低下にも影響し、肺炎・胸膜炎による死亡の結果へとつながっていると考えられる。

 

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