第13章 森田の死と川村の「症状」は風邪薬なしで説明できる

森田の死とアルコール

 

森田の肺炎・胸膜炎による死亡はなぜ生じたのか。それは、風邪薬の仕業ではなく、アルコールによる死亡症例と説明して矛盾がない。

森田は、平成4年頃パチンコ屋に勤務していたが、当時の同僚がさいたま地検に語ったところによれば、朝ごはんは食べず、酒を飲むときはほとんどつまみを食べないという嗜好であった。この頃から森田はアルコール好きで、毎日のように外出して飲酒し、外出しない時も自室で焼酎・缶ビールを飲んでいた。

本庄に引っ越した後もほぼ同様の飲酒行動だったと考えられる。
森田は、平成10年12月1日から翌平成11年2月5日までと、同年4月1日から同月30日まで、株式会社ムサシノキカイ本庄工場にアルバイトとして勤務した(村下清孝H12/4/12検察官調書)。

この時のムサシノキカイ本庄工場の工員志村稔は、検察官に対し、平成10年12月1日からのアルバイト期間中に森田が酒の飲み過ぎや二日酔で遅刻してきたことが3回くらいあり、その時の森田は酒臭かった;平成11年4月1日からのアルバイト期間中には二日酔の状態で出勤してきた日が多かったと供述している。
また、森田が酒の飲み過ぎのために二日酔で欠勤した日が4日間あったことを、工場長村下清孝が検察官に供述している。

結局、武・考子・アナリエ・川村の証言を除外しても、森田は少なくとも平成4年ころから平成11年5月に亡くなるまでの間、毎日アルコールを飲み続けていたのだろう。

武は、森田が、乾きものぐらいしかつまみを取らずに、午前4時の閉店まで飲み続けていたと証言している(第24回証言調書)。

森田はどのぐらいの量、酒を飲んでいたのか。
加須に住んでいた当時の森田を呼び出した考子は、マミーで森田と同席し、考子自身は酒を飲まないので森田が一人で25度の焼酎約1本(約700cc)を一日に空けていたと証言した(第34回証言調書)。

そうだとすれば、森田はマミーに行くと、175gのアルコールを摂取していたことになる(700cc×0.25=175g)。15度の日本酒に換算すると、1166ccに相当する(175g /0.15=1166.6667cc)。そして、森田はマミーを出た後もほとんど毎回マネキンに行っていたと考子が証言したのだから、森田のアルコール摂取量はさらに増えることはまちがいない。

次に、平成10年10月終わりころか11月初めころから、森田はトライアングルの瓶に入った35度の焼酎とウォッカの混合液を飲んでいた(アナリエ第45回証言調書)。混合の割合はおよそ半分であるが、法廷でアナリエが再現したところによれば、ウォッカが多い時で450cc、少ない時で220cc、その後、焼酎をつぎ足して740ccにしたとのことである(アナリエ第52回証言調書)。

ウォッカの度数を50度として、瓶1本当たりのアルコール量は、ウォッカの量が多い場合は326.5g、少ない場合は292gとなる。

  • ウォッカの量が多い場合・・・450cc×0.5+(740cc-450cc)×0.35=326.5g
  • 少ない場合・・・・・・・・・・・・・220cc×0.5+(740cc-220cc)×0.35=292g

 

アナリエはこの瓶にイニシャルをつけており、テーブルにはイニシャル付きの瓶1本と、それ以外の瓶1本があった。そして、イニシャル付き瓶から飲むのは、同じテーブルにいる森田と川村だけであった(川村第56回証言調書)。

アナリエの証言には、この瓶が空になって1日に2本、3本と差替えて飲んだという内容はないので、仮にこの1本を2人で半分ずつ飲んだと仮定すると、森田は、多いときで163.25gのアルコール、少ない時で146gのアルコールを摂っていたということになる。

これは、度数15度の日本酒に換算すると、1088ccから973ccということになる。

  • 163.25g/0.15=1088.3333cc
  • 146g/0.15=973.3333cc

 

ところで、アルコール性肝障害の診断基準(1986年改訂版)では、「毎日、日本酒に換算して平均3合以上の飲酒を、少なくとも5年以上続けた」者を「常習飲酒家」と定義しており、さらに、「毎日、日本酒に換算して平均5合以上の飲酒を、10年以上続けた」者を「大酒家」と定義している(沖田1994p230)。

1合は180ccだから、3合は540cc、5合は900ccである。森田の飲酒癖は、少なくとも常習飲酒家に該当し、大酒家に該当する可能性も相当高い。

日本酒換算1088ccから973ccというのは、毎日飲む量としては決して少なくなく、常習飲酒家に分類される飲酒量である。さらに、ウォッカの混入という事実がなく、35度の焼酎を740cc入れた瓶から飲んでいたとしても、アルコールは、一人129.5g(日本酒換算863cc)にもなる。

  • 740cc×0.35=259g
  • 259g/2=129.5g
  • 129.5g/0.15=863.3333cc

 

食生活については、森田が勤務した株式会社ムサシノキカイ本庄工場係長村下清孝の供述によれば、森田は昼食に給食弁当やどんぶり物をきちんと平らげていたとのことであるが、それ以外の食事をどのようにして森田が摂っていたかは明らかでない。むしろ、本庄に引っ越しをする前の食生活からすれば、朝食は摂らず、夜は酒を飲むためほとんどつまみを食べないというパターンだったと考えられる。

 

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