第12章 1日25錠の風邪薬を毎日飲んだら人は死ぬか

長期連用

 

1度に風邪薬を25錠程度飲んでも、人は死んだりしないということがわかった。次の問題は、これを毎日続けたらどうなるかということである。確かに、1度だけ25錠程度の風邪薬を飲むことには危険がないとしても、これを連日続ければ、何となく危ないかなというイメージがある。しかし、これは刑事裁判である。まして、八木が有罪と認められれば、ほぼ間違いなく死刑判決が出されるような重大事件である。そんなイメージだけで人を死刑にすることができるはずはない。やはり、1日25錠程度の風邪薬を連日飲ませるという行為が、「殺人行為」、つまり、人を殺す危険のある行為と言えるかどうか、科学的に検討されなければならない。

この裁判では、風邪薬の危険性について、多数の著名な研究者たちが証言した。いずれも、それぞれの分野の「権威」である。その「権威」の中には、風邪薬を連日、多量に飲んだ場合の危険について触れた者もいたが、いずれも、「1度だけ飲むよりも、連日、多量に飲む方が危険だろう」というレベルの証言にとどまり、その危険性を科学的に解明した者は誰もいなかった。

これら「権威」の中で、連日、多量に風邪薬を飲むことの危険性について最も詳しく述べたのは、東京薬学情報研究所所長で薬物治療学の研究者である福室憲治である。福室が言うのは、薬物を連用すれば、吸収した薬物の量と、代謝、排泄する薬物の量との均衡が保てなくなることがあり、そのような場合には、薬物が体内に蓄積してゆくということである。このようにしてアセトアミノフェンがどんどん蓄積してゆけば、1回の量としては危険のない量を服用したとしても、肝障害等を生じさせる危険があるのだと言う。

アセトアミノフェンには半減期がある。健康体の場合、1~2時間で血中のアセトアミノフェンの濃度は半分になり、24時間以内にほとんど体外に排泄されてしまい、血中濃度はゼロになる。しかし、繰り返し投与されると、排泄が間に合わず、アセトアミノフェンは体に蓄積されるのだ福室は言う。彼はその具体的な計算を示している。その計算と、それを示した表を見ると、なるほど、多量のアセトアミノフェンを連用すれば、どんどん体内に蓄積してゆくことがあるのだということがわかる。アセトアミノフェンの多量、長期連用に関する他の者の証言と比べると、はるかに科学的ではある。

表12-1 福室が示す計算表

 

しかし、ここで問題なのは、福室が設定している条件が、武まゆみが証言する条件とは全く異なるものだという点である。福室が設定した条件は、アセトアミノフェン6,000㎎を4時間ごとに服用した場合というものである。アセトアミノフェン6,000㎎というのは、新ルル-A錠にすると60錠である。また、4時間ごとということになると、1日6回も飲んでいるということになる。さすがの武も、森田昭や川村にそこまで飲ませたなどとは言っていない。福室が設定した条件が、いかに的はずれなものかがわかる。

武の証言を前提にしても、森田に飲ませていたアセトアミノフェンの量は、1日に1,500㎎程度、川村については1日に2,375㎎程度である。そして、飲ませるのは、いずれも1日に1回、ほぼ決まった時刻である。この条件を、福室の考え方にあてはめてみる。ここでは、多めに見積もって、アセトアミノフェン3,000㎎を24時間ごとに服用したという条件を設定してみた。これをグラフ化したのが下図である。

【3,000㎎を24時間ごとに服用した場合】

ここから明らかなように、3,000㎎を服用しても、24時間後に蓄積されている量は限りなく0に近い。福室は、われわれの指摘に対して、彼はアセトアミノフェンの半減期を2時間で計算したが、大量投与の場合には半減期は延長するのだと反論している。確かに、前述の『手引き』には、半減期は「過量では12時間以上」と書いてある。しかし、「過量」とはどのくらいの量を意味するのか、なぜ半減期は延長するのかについて、福室も『手引き』も説明していない。

アセトアミノフェンの半減期を研究した論文を調べてみると、半減期は服用した量によって変わるのではなく、肝障害の程度によって変わるのだということが分かる。例えば10g(新ルルA錠に換算すると100錠)以上のアセトアミノフェンを飲んで病院で救急治療(N-アセチルシステインの投与)を受けた患者112人の血漿アセトアミノフェン半減期を調べた研究によると、肝機能が正常(ALTが1000未満 )の人の半減期の平均は3.0時間(0.8~10.0)、肝障害のある人(ALT値1000以上)の人の平均が6.4時間(1.3~19.0)、そして、急性肝不全に陥っている人の平均が18.4時間(4.6~119.7)である。そして、アセトアミノフェンの服用から治療までの時間が長引けば長引くほど、半減期も長くなる。「アセトアミノフェンの半減期は、肝毒性の程度の上昇に伴って長期化するのであり、それは、アセトアミノフェンの代謝と排泄に関する肝機能の障害を反映している」(Schiodt et al 2002)。

すでに述べたように、森田の肝障害の程度は軽度であり、川村のGPT値はもっとも高いときでも300を超える程度であった。したがって、彼らが仮に10gを超えるような大量のアセトアミノフェンを服用していたとしても、半減期が10時間を越えるなどということはあり得なかったのである。

要するに、24時間ごとに3,000㎎のアセトアミノフェンを服用しても、それが体内に蓄積すると考える必要はないのである。まして、それよりも少ない1,500㎎とか2,375㎎であれば、なおさらである。ということになると、結局は、森田や川村に1回に飲まされていたとされる風邪薬が危険な量なのかどうかというところに行き着く。これについては、すでに述べたとおり、アセトアミノフェンの致死量として言われているのは、13~15g(13,000~15,000㎎)である。森田や川村が飲まされていたとされる量は、この致死量にははるかに及ばない。したがって、彼らにこの程度の量の風邪薬を飲ませる行為は、人を殺す危険のある行為とは言えないのである。

ところで、アセトアミノフェンを長期間服用し続けたことによって重篤な肝障害を生じた症例が報告されている(尾崎他1987)。この症例では、服用していたのは「ナロン錠」という薬である。ナロン錠には、アセトアミノフェンだけでなく、エテンザミドやブロムワレリル尿素も配合されている。これらの成分とアセトアミノフェンとの相互作用によって毒性が強まるということはすでに述べたとおりである。この論文でも「おそらくブロムワレリル尿素に対する依存に陥った可能性が考えられる」と記されている。そして、新ルル-A錠やプレコール持続性錠にはエテンザミドもブロムワレリル尿素も含まれていないから、この症例を今回の事件にあてはめることはできない。

ちなみに、この症例では、好中球減少などという症状は生じていない。むしろ、「白血球増多」という現象が生じている。アセトアミノフェンを長期間連用したとしても好中球が減少することなどないのである。

 

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