第12章 1日25錠の風邪薬を毎日飲んだら人は死ぬか

アセトアミノフェン

 

武まゆみが森田や川村に飲ませていたという風邪薬は、「新ルル-A錠」、「プレコール持続性錠」という風邪薬である。これらの風邪薬には、アセトアミノフェンという成分が配合されている。新ルル-A錠には、1錠あたり100㎎、プレコール持続性錠には、1錠あたり75㎎のアセトアミノフェンが配合されている。

仮に、武の証言が正しいとすると、森田には、新ルル-A錠を1日に15錠くらい、川村には、1日に、新ルル-A錠を20錠くらい、プレコール持続性錠を5錠くらい飲ませていたことになる。アセトアミノフェンの量に換算すると、森田については1日に1,500㎎(100㎎×15錠)、川村については1日に2,375㎎(100㎎×20錠+75㎎×5錠)ということになる。

確かに、アセトアミノフェンは、肝臓に影響を及ぼす薬剤であり、これを大量に服用した人が死亡したケースもある。財団法人日本中毒情報センター編『急性中毒処置の手引き(第3版)』によると、アセトアミノフェンのヒト経口致死量は、13~15g、ヒト最小致死量は、2.4gである(日本中毒情報センター2000a, p444)。

ヒト最小致死量が2.4gということだから、2.4g(=2,400mg)のアセトアミノフェンを服用した人が死亡したケースがあるということである。しかし、このケースを、今回の事件にそのままあてはめて考えることはできない。前述の『手引き』が、この数値について「ただし、配合剤中のアセトアミノフェン量」と断わっているように、これはアセトアミノフェンと他の薬剤の相互作用によって死亡したケースで、たまたまアセトアミノフェンの量が2.4gだったというものである。

このケースを報告した文献を調べてみると、それは、「セデスA錠」という薬を30錠飲んで、急性肝不全、急性腎不全を起こし、死亡したというものである。セデスA錠と新ルル-A錠、プレコール持続性錠との違いは、セデスA錠には、エテンザミドやブロムワレリル尿素といった成分が含まれているのに対し、新ルル-A錠やプレコール持続性錠には、それらが含まれていないという点である。エテンザミドもブロムワレリル尿素も肝臓に障害を起こす危険のある薬物である(日本中毒情報センター2000b, p104、日本医薬品情報センター2002p1915)。

鷲尾昌一ほか「わが国におけるアセトアミノフェン中毒」は、75のアセトアミノフェン中毒症例を詳しく検討しているが、それによれば、「欧米ではアセトアミノフェンは単剤として使用されることが多いのに対し、わが国ではアセトアミノフェンとエテンザミド、ブロムワレリル尿素、無水カフェインなどとの配合剤として使用されるため、相互作用により毒性が高まると考えられる」と説明している (鷲尾他1995)。

このように見てくると、アセトアミノフェン2.4gで死亡したケースは、アセトアミノフェンだけではなくてエテンザミドやブロムワレリル尿素が影響していたということがわかる。したがって、エテンザミドやブロムワレリル尿素が含まれていない新ルル-A錠、プレコール持続性錠によって、アセトアミノフェンを摂取した場合には、致死量が2.4gなどと考えることはできないのである。実際に、この裁判では、新ルル-A錠のメーカーである三共株式会社の安全性情報部の部長が証言しているが、それによれば、上記論文の75の症例の中には、新ルル-A錠を服用したケースは1件も含まれていないということである。

そうだとすると、アセトアミノフェンの致死量は、やはり、13~15gと考えるのが妥当である。われわれは、アルコール性肝障害、薬物性肝障害の研究をしている慶應義塾大学医学部の加藤眞三講師に鑑定意見を求めたが、その鑑定意見書でも、肝障害が劇症化するのは、15g以上の服用の場合であるとされている。他の文献でも、15g程度から肝障害が発生する危険が出てくると指摘しているものが一般である(Reynolds1993)。13~15g(13,000~15,000㎎)となると、新ルル-A錠にして130錠~150錠である。25錠くらい飲んだとしても、人が死ぬはずはない。

もっとも、判決によると、森田昭や川村に風邪薬を飲ませたことによって、彼らに好中球減少という症状が生じたということであるから、アセトアミノフェンが肝臓に与える影響だけではなく、血液中の好中球に与える影響も、一応は問題となる。しかし、アセトアミノフェンによって好中球減少という症状が生じる頻度は0.1%未満であるし(日本医薬品情報センター2002p59)、加藤の鑑定意見書でも、「アセトアミノフェンの副作用という観点からは、肝障害が圧倒的に有名であり、好中球減少はあってもおかしくはないという程度の認識でしかない」ということである。

このように、アセトアミノフェンによって好中球減少という症状が生じること自体、極めてまれなことであり、さらに進んで、これによって人が死んでしまうなどということはありえないことなのである。実際に、アセトアミノフェンによって好中球が減少し、これによって人が死んだなどという症例はこれまで報告されたことがない。福室憲治(東京薬学情報研究所所長)や北村聖(東京大学医学系大学院助教授)らの専門家たちも、アセトアミノフェンによって好中球が減少したという症例に出会ったことはないし、そのような症例の報告を聞いたこともないと証言しているのである(第69回証言調書、第74回証言調書)。

 

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