第11章 川村富士美の「症状」

高橋の証言

 

確かに、高橋も、川村には、肝機能障害が認められると証言している(ただし、高橋医師は、判決が言うような「急性」肝障害とは一言も言っていない。)。

その根拠は、GOT、GPT、LDH等の数値が基準値を上回っているという点のみである。しかし、このような血液検査のデータは、ひとつの目安にしかならず、実際には、診察結果などと合わせて総合的に判断しなければならないということは、さきほどの北村も言っているし、高橋も同じように証言している。

では、実際の診察結果等も考慮すると、川村には肝機能障害があったと言えるのだろうか。実際に診察したのは高橋だから、やはり、高橋の証言や高橋が書いたカルテなどを検討するのが一番よい。これらによると、川村には、肝機能障害の症状のひとつである黄疸が見られなかった。腹部を触診しても肝臓が腫れているという所見もない。腹部超音波検査の結果、うっ血肝、肝臓腫大がないし、肝臓の表面が平滑であり、内部エコーも均一である。これらを見てみると、血液検査のデータからすると、一見、肝機能障害が疑われたが、診察の結果、肝機能障害はないということが明らかになったと言える。

また、川村に肝機能障害などなかったということは、川村に対する高橋の医師としての対応からも明らかである。高橋は、川村に対して、肝機能を回復させるような積極的な治療を施していない。これは、高橋によれば、川村の主治医として特に積極的な治療を施す必要はないと考えたからである(第75回証言調書)。高橋は、川村の肝臓の状態が深刻なものではないと考えていたのである。むしろ、高橋は、川村の入院中にデパスという精神安定剤を処方している。デパスは、肝機能に影響を与える薬剤である(日本医薬情報センター2002)。このような薬を投与するということは、高橋が、川村の肝機能に障害があるとは考えていないからこそである。また、高橋は、入院時には96であった川村のGPTの数値が、6月18日の時点で124と上昇していたにもかかわらず、翌19日には、川村を退院させている。これは、川村の主治医として、GPTの数値が上昇していても、肝機能に何ら心配はないと判断したからに他ならない。以上のような高橋の対応をみると、高橋は、川村の肝機能について特に心配していないということがわかる。川村に肝機能障害などなかったから心配していないのである。

次に、好中球減少についてであるが、これについての高橋の診断は、実にあっさりしたものである。高橋は、次のように証言している。

川村さんの診察をしていて、白血球の減少のことについて、何か先生のほうで考えましたか。
私が判断するに、白血球自体はそんなに減少しているとは思えませんので、特に気にはしてませんでした。
好中球が減少しているとも考えませんでしたね。
はい。(第75回証言調書)

 

高橋は、川村の白血球自体がそれほど減少しているとは考えなかったし、減少しているとしても、川村の健康状態に影響を与えるものとは考えていなかったのである。また、川村の好中球が減少しているなどとは全く考えなかったのである。高橋は、川村の白血球、好中球の状態について、このようにしか考えていないのであるから、当然、好中球等の減少によって抵抗力低下するなどとは考えていないことになる。川村の入院中の病状、生活等全般を把握していた高橋がこのように判断するのであるから、川村には、好中球等の減少による抵抗力の低下などという症状はなかったと言うほかない。

以上のように、川村を実際に診察した高橋の証言等からすると、川村には、「急性肝障害」、「好中球の減少による抵抗力低下」などという症状はなかったと言わざるを得ない。しかし、他方で、川村が深谷赤十字病院に入院していたということも事実である。何の症状もない人が、入院までするということがありうるのだろうか。川村に何らかの症状があったからこそ、入院することになったのではないのか。一体、なぜ、川村は入院したのだろうか。

川村を搬送した救急隊員が、搬送時の様子を救急活動記録票に記している。この記録票の「初診時程度」の欄には、「軽症:入院加療を要しないもの」との記載がある。つまり、救急搬送に対応した当直医が、川村には入院加療の必要がないと判断しているということである。

また、高橋は、こう証言する。

一概に値が低い、エコーで見て所見がないといっても、その時点ではそういう状態かもしれないですけれども、経過を見ることによって、そこからまた障害が出てくる可能性もあるし、一応、そういうことを見るために入院していただいたわけですから。(第75回証言調書)

そして、その後は、腹部超音波検査などを実施しても、肝機能障害は発見されず、特別に積極的な治療を施すわけでもなく、6月19日の退院を迎えた。結局、高橋は、川村には特に肝機能障害の症状はなかったが、血液検査の数値が基準値を上回っていたので、一応様子をみるために入院させた、そして、その後の経過を見ていると、特に肝機能に問題はなさそうだったので退院させた、ということなのであろう。つまり、入院してその間に川村の肝機能が回復したのではなく、入院して経過を観察したところ、もともと川村の肝機能には何ら問題ないことが明らかになったというだけのことなのである。川村に「傷害」があったわけではない。

だが、川村が入院したことについては、医師がとりあえず経過を観察する必要があると考えたということよりも、もっと積極的な理由がある。川村の入院については、警察の意向が強く影響しているのである。これ以前に、警察が川村から事情聴取をしたり、八木たちや川村、森田昭の関係を把握したりし、彼らを狙った「保険金殺人計画」が進行しているのではないかと疑っていたことは、本書の冒頭で述べたとおりである。そして、平成11年5月30日、本庄警察は、パジャマ姿で意味不明のことを話している男を保護したのだが、それが川村その人だとわかった。警察は、川村の身柄を確保し、「保険金殺人計画」の捜査を一気に進展させようと考えた。そこで、川村が搬送される救急車に、警察官が同乗し、深谷赤十字病院まで同行した。同乗した警察官は、救急車の中で、川村に対し、「だからあなたのさあ血液も取らせてくれる。***後は医者で尿を取ったり、調べたいんですよ。すぐに。」などと話しかけている(H11/5/30捜査報告書)。警察官は、病院内で採血や採尿をさせようと考えていたのである。当直医は、入院の必要がないと判断したが、警察官が強く入院を求めたために、やむをえず、入院させることになってしまった。その後も、警察は、病院側に対し、「何かあったら本庄警察へ」とか、「小料理マミーのママには連絡をしないように」などと釘を刺し、川村を隔離させた。そして、川村の入院中も病院で頻繁に取調を行い、大量の調書を作った。警察は、川村の血液や尿を証拠として採取したり、川村を隔離して取調をするために、入院を利用したのである。川村が入院したのは、「傷害」の治療のためではなく、警察による証拠集めのためだったのである。

 

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