第11章 川村富士美の「症状」

北村の証言

 

北村は、警察から川村の血液検査のデータを見せられて、所見を求められた。それに応えて、回答書を作成し、警察に提出した。そして、その回答書に基づいて、法廷で証言した。

北村は、川村には急性肝障害の症状があったと述べる。その根拠は、血液検査の結果を見ると、GOT、GPT、LDH、γ-GTPなどの数値が増加しているからということである。しかし、これらの血液検査のデータのみから、肝機能障害と断定することはできない。北村自身も、次のように述べている。

臨床検査結果の判断は、疾患に非常に特異的な検査項目などの場合を除き、ひとつの検査項目で病歴全体を判断できるものではなく、複数の検査項目の結果や時系列的な動きと自覚症状、病歴、既往歴、家族歴などの診察結果と生理検査の結果・変化を考えあわせ、総合的に判断する(北村H12/3/6回答書)

 

つまり、血液検査のような臨床検査の結果は、病状を判断するためのひとつの目安にしかすぎないと言うのである。血液検査の結果のみから、肝機能障害があると断定することはできないと、北村自身が認めていることになる。初めから肝機能に障害があるとわかっている人の血液を検査してみれば、GOT、GPT、LDH等の数値が必ず基準値を上回ることになるのだろうが、それとは逆に、GOT、GPT、LDH等の数値が基準値を上回っているからと言って、必ずしもその人に肝機能障害があるとは言えないのである。そして、他に根拠は見当たらないのだから、少なくとも、血液検査の結果を見ただけにすぎない北村には、川村に肝機能障害があったなどと断言する資格はないはずである。

好中球減少については、北村も、「いまだ細菌感染についての危険性をことさら取り上げるまでには至っていない」と言い、せいぜい、「俗に言う抵抗力が下がった状態」だと述べている(北村H12/3/6回答書)。「抵抗力が下がった」というだけで、「傷害」と言えるかどうか、甚だ疑問であるが、それはさておくとして、北村が「俗に言う抵抗力が下がった状態」と判断した根拠には、大きな問題がある。

ここでも、北村が判断の根拠にしたのは、血液検査のデータである。北村は、川村が入院した直後の平成11年5月31日の時点の好中球の数と退院直前の6月14日のそれとを比較すると、5月31日の好中球数は、6月14日のそれの約58%しかないから、入院時点で、川村の抵抗力は下がっていたのだと言うのである。

川村の好中球数の変化は下表のとおりである。北村も、警察からこのデータを示されている。

確かに、北村の言うとおり、5月31日の好中球数は1910個であり、数学的には、6月14日の好中球数3300個の約58%である。しかし、5月31日と6月14日だけをとらえて比較するというのはあまりに恣意的であろう。上記データの全体をもう少し冷静に分析するべきである。

まず、退院後(退院は6月19日)である11月12日の時点での好中球数は2450個、12月4日の時点では、2448個である。これは、退院直前の6月14日=3300個、6月18日=2720個を下回っている。川村の入院中のデータと退院後の11月12日、12月4日のデータを合わせて考えると、川村の好中球数は、もともと2000個前後で推移していたと考えてよいのではないだろうか。入院中の5月31日=1910個、6月7日=1890個、6月10日=1850個というのも、6月14日以降の数よりも少ないことは確かだが、それは、川村の好中球数の通常の変動の範囲内と考えてよいだろう。その程度の増減にことさらの医学的な意味があるとは思えない。このように上記データの全体を見れば、5月31日の時点における川村の好中球数が、医学的な意味において、平常時よりも少ないとは言えないはずである。こう見るのが、上記データの分析として正しいのではないだろうか。少なくとも、北村の分析よりも合理的とは言えるだろう。

北村が、川村の抵抗力が下がっていたとする根拠は、データ上、好中球数が通常の約58%しかなかったという点だけだから、この点が合理的でないということになれば、川村の抵抗力が下がっていたという根拠は何もないということになる。

以上のとおり、判決が拠り所とする北村の回答書や法廷証言は、あまりに頼りなさすぎるものである。

ところで、すでに述べたとおり、北村は、あくまでも、川村の血液検査のデータを分析して、川村の症状を事後的に推測したものにすぎない。しかし、川村は、現に深谷赤十字病院に入院しており、そこで、医師による診察を受けているのである。当時の川村に、「急性肝障害」、「好中球の減少による抵抗力低下」などという症状があったかどうかについては、実際に診察をした医師の意見を聞くのが一番手っ取り早いし、それが一番正確であろう。実は、この裁判でも、川村を診察した医師が証言している。深谷赤十字病院の高橋俊統医師がその人である。高橋の証言を見てみよう。

 

itsuwarinokioku_line

Comments are closed