第10章 森田昭の死因

矢田純一・北村聖の証言

 

以上のとおり、炎症組織の写真から好中球減少症を診断することはできない。では、化膿性胸膜炎・肺炎を起こしたという結果から、原因にさかのぼって、その原因が、好中球減少症によるものだとはいえるのだろうか。つまり、森田の肺炎・胸膜炎の原因菌は、ストレプトコッカスインターミディアスという口中に存在する菌、常在菌だというのが、齋藤による鑑定の結果である。この常在菌による感染が生じたことが、「好中球減少」の証明になるだろうか。

検察官は、北村聖と実践女子大学生活科学部教授矢田純一に証言を求めた。そこで、念のため、常在菌による感染という結果からさかのぼっても、森田の好中球の数が正常であるといえることを次に説明しよう。

確かに、矢田は、好中球に異常がなければ、常在菌による肺炎・胸膜炎になることはないと証言した。北村も同様に、ストレプトコッカスインターミディアスのような弱い菌はホスト側に何らかの弱い点がなければ排除される;好中球の関与が強く推定されると証言した。

しかし、どちらも、好中球の「減少」を必然的に導く証言ではない。というのは、好中球の欠陥は、数の異常だけではなく、機能の異常が考えられるからである。

好中球には、①運動走化能、②貪食能、③殺菌能の3つの機能があることを説明した。これらの各機能それぞれに異常を来すことがあり、それぞれに病名がつけられている。矢田自身も、平成12年5月1日付回答書の中で、機能の異常についても詳細に回答 している。
ところが、矢田は、貪食能異常はほとんどが先天性だと解説する以外に、他の機能の異常が、森田に生じていた可能性を全く検討していない。
したがって、単純に数の異常に結びつけることはできないのである。

また、北村も、好中球数の異常に固執して証言したが、機能異常の点について検討していない。

しかも、森田は157㎝の身長に対して40㎏の体重しかなかった。高度の痩せの状態である 。このように森田の栄養状態は不良であったから、好中球の機能に異常があった可能性は高い。たとえば、栄養不良に陥った場合、活性酸素の合成に必要な代謝経路に障害があるため、殺菌能が低下し、また、感染時に遊走能も低下することが確かめられていると矢田が解説している。したがって、この殺菌能・遊走能の異常により、常在菌による感染がもたらされた可能性が否定できない。

もっとも矢田はるい痩という状態のみで好中球機能の低下に結びつけることはできないと考えると証言している。しかし、その根拠は誤った思いこみにすぎない。矢田はこう言う――アフリカやアジアの一地域において、極度の栄養不良に陥っている子供たちがウイルスや結核菌、はしか等に感染して重症化することは非常に多く常識であるのに対して、口腔内等の常在菌による感染症で死亡するという話は聞いたことがない、と。

しかし、免疫の仕組みによると、結核菌を殺す働きを持っているのは、単球である。結核菌等に感染して死亡する人は、結核菌を殺す働きを持つ単球の機能が低下していたことが疑われるが、あくまで好中球の機能は正常であったということが可能である。

さらに、好中球の処理能力以上に細菌が侵入した場合には、好中球の数及び機能が正常でも肺炎で死亡することがあるのだ。
肺炎の専門家である小林が、好中球の数及び機能が正常でも肺炎で死亡することがある、と明確に証言した。

弁護人:好中球の機能ですとか個体数に異常がなければ、重篤な感染症になることはないというふうに断言してよろしいんでしょうか。
小林:絶対に断言できません。
弁護人:断言することは絶対にできないという意味ですか。
小林:できません。
弁護人:それは、どういうことが考えられますか。
小林:好中球が正常でも、肺炎で亡くなる方もいるし、そういった意味です。
弁護人:それはどうしてですか。
小林:それは当たり前、要するに、例えば今私の好中球が正常だと仮に考えてください。私が肺炎になったって死ぬことはあるわけです。だから、好中球が正常でも肺炎になって死ぬことはあるわけです。そういったことは多いわけですから。好中球が絶対の防御作用じゃないということです。
弁護人:先生のたくさんの御経験の中からも、好中球に異常がなくても肺炎でお亡くなりになった方は大勢いらっしゃるとお聞きしてよろしいですか。
小林:はい、残念ながら。

 

小林は、高齢者やアルコールの摂取による誤嚥性肺炎を例にとり、説明している。
口腔内の菌は、通常、免疫の仕組みすなわち、咳による排出、痰による排出により、肺内に侵入しないようになっている。ところが、咳・痰による排出がうまく機能せず、肺内に細菌が侵入することがある。そして、細菌が好中球による処理能力以上に肺内に侵入した場合には、肺炎を発症するという。これが誤嚥性肺炎である。

咳・痰による細菌排出の仕組みがうまく機能しなければ、好中球数・好中球機能の異常がなくても、肺炎を発症するということは、肺炎という結果から好中球減少症を診断することは短絡的で非科学的・非論理的であるということがいえる。
結局、森田の好中球が減少していたことは証明されていないのである。

では、森田は、なぜ化膿性胸膜炎・肺炎になり、死亡したのか。
小林は、アルコール中毒者の場合には、吐いたものが気道に入るという本当の意味の誤嚥性肺炎と、気管が乾燥し呼吸器系に菌が付着しやすいという吸引性誤嚥性肺炎が起きやすい、と証言した。

森田の生活状況は、アルコール中毒者の生活そのものである。誤嚥性肺炎を起こす傾向にあったということができる。今回、肺炎によって亡くなったのは、そういう森田の生活状況によるものだということが十分に可能である。この点について、第13章で詳しく述べたい。

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