第10章 森田昭の死因

 

好中球減少症

好中球とは、白血球の分類の一つである。

白血球の分類・好中球の機能について、五幸恵『病体生理できった内科学Part3.血液疾患』(2001)を参考に簡単に説明すると、白血球は、顆粒球、単球、リンパ球の3つに大別される。さらに、顆粒球は、好中球、好酸球、好塩基球の3つに分類される。顆粒球という名前は、普通染色を行ったときに、顆粒が染まり出されることに由来しており、3つの分類は顆粒の染まる色の違いに基いている。すなわち、顆粒が赤く染まるものを好酸球、顆粒が青く染まるものを好塩基球という。そして、顆粒が橙褐色に染まるものを、好酸性でも好塩基性でもないという意味で、好中球と呼んでいる。顆粒球のうち、好中球が最も多い。そして、森田事件の主役でもある。

好中球は、異物、特に細菌などの病原体を処理することにより、生体の防御機構に重要な役割を演じている。好中球の機能は、①運動走化能、②貪食能、③殺菌能の3つということができる。この3つを、五幸恵は次のように説明している(五幸2001p72)。

 

①運動走化能、

好中球は活発なアメーバ運動をしていて、毛細血管の隙間を通過することができます。血管から飛び出た好中球は異物に向かってまっしぐらに進みます。

②貪食能

異物に近づき、異物をぺろりと取り込んでしまいます。

③殺菌能

細胞質の中に取り込まれた異物は、顆粒と融合し、活性酸素(O2-,H202,OH)などによって殺され、酵素によって分解されます。

 

【図10-1 好中球の機能(五幸2001p72より)】

 

図10-1 好中球の機能

 

 

次に、好中球の個数と好中球減少症について、説明しよう。

白血球数は、正常成人では、4000個から1万個/μlの範囲にあり、男女差はなく、健康成人の約3分の2は5000個から8400個の範囲にある(日本医師会編1994p68)

好中球は、白血球の内50から60%を占めるから(五幸2001p69)、正常成人では、2000個から6000個/μlということになる。

好中球減少症とは、末梢血中の好中球数が、一定数以下になる症状のことである。好中球が上記のような機能を有し、細菌感染から生体を防御していることから、その個数が、異常に減少すると細菌感染に対する防御が不十分になるという意味で、危険である。そこで、1μlあたり何個以下になったものを好中球減少症と定義するかは、文献によって違いがあるが、治療の対象として観念する必要があるのは、1000個以下のようである。

 

このように好中球減少症とは、末梢血中の好中球数の異常であり、末梢血を採取して好中球の個数を数える以外には、診断の方法がない。

森田の解剖を担当した法医学者齋藤は、森田の死体を解剖した際に採取した森田の末梢血・心臓血を、埼玉県警に提出している。

ところが、森田の末梢血中の好中球数を数えた結果は裁判の証拠として提出されなかった。埼玉県警・さいたま地検が、末梢血・心臓血に対して、どのような鑑定を行ったのか、検察官は一切明らかにしなかった。

検察官が、提出した証拠は、炎症を起こしている肺の組織を撮影した顕微鏡写真と、その写真から推測をした杏林大学教授・医学部長の小林宏行の証言である。

 

好中球減少症とは、末梢血中の好中球数の異常であり、組織中の好中球数を計測することは、好中球減少症を診断する上で全く意味がない。

齋藤は、次のように証言した。

 

齋藤:末梢血中の白血球の数というのと、それから組織に何らかの障害があって、反応して出てくる白血球の状態というのは、これは必ずしもというか、平行、パラレルではございませんので、組織を見ても、血液中の白血球が減少していたのか、いなかったのかということの判定は困難です。

***

弁護人:その[炎症を起こしている組織の]中の顆粒球、好中球、数を数えたとして、それが末梢血における好中球の数と一定の関係にあるということは言えないと、そううかがってよろしいですか。

齋藤:はい、そうです。

弁護人:それは、法医学的には常識に属するとうかがってよろしいですか。

齋藤:法医学的といいますよりも。

弁護人:病理学ですね。

齋藤:はい。

 

 

血液学を専門とする東京大学医学系大学院助教授北村聖も、組織写真から分かるのは、肺炎・胸膜炎を起こしていることであり、肺炎・胸膜炎を起こしていることから好中球の個数を推定することはできないと法廷で認めている。

 

ところが、さいたま地裁判決は、小林の証言を挙げて、好中球の数を減少させていたことが明らかであるといわねばならないというのである。
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