第9章 情況証拠

8 消えた自転車

 

平成7年6月3日を境に佐藤修一が乗っていた赤い女物の自転車は忽然と消えた。前出の白石貞一の安田生命あて報告書によると、行田警察の刑事課長は平成7年7月20日「[佐藤]が乗って出た***婦人用自転車も未発見です」と語っている。

佐藤は、本庄に転居する前は自転車で伊勢崎からレオに通っていた(武第2回証言調書、森田第28回証言調書)。平成7年6月当時も、彼は自転車に乗って通勤したりタバコを買いに行ったりしていた(アナリエ第38回証言調書、八木茂樹証言調書)。彼の足は自転車だったのである。

平成7年6月3日の昼間に佐藤が渡辺荘に居て殺されたのであれば、佐藤の自転車は、本庄駅ではなく、渡辺荘になければならない。そして、八木が「本庄駅に行って自転車を探せ」などと言うはずもない。八木から「探せ」と言われたら、武にしろ、森田にしろ、アナリエにしろ、即座に「渡辺荘にあるでしょう」と答えるはずである。

誰もそんなことは言わなかった。佐藤の自転車が渡辺荘にないことを彼らは知っていたからである。佐藤の自転車が渡辺荘にないということは、要するに、佐藤がその自転車に乗ってどこかに出かけたということである。つまり、佐藤は渡辺荘で殺されてはないのである。

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