第9章 情況証拠

6 飛び込んだ痕跡の捜索・発見

 

彼らは、坂東大橋の欄干の手すりなどに佐藤が触った跡があるはずだという八木の言葉にしたがって、坂東大橋を何度も見に行き、実際にその痕跡らしきものを探しあてている(武第7回証言調書、アナリエ第41回証言調書、川村第57回証言調書)。さらに、佐藤が坂東大橋から飛び降りたときに橋の下の石に当たったかもしれないので、その痕跡があるかもしれないという八木の言葉にしたがって、その近辺を探しに行ったりもしている(アナリエ第41回証言調書)。

死体を捨てたのが本当ならば、これは全く無意味な行動である。坂東大橋から2・5kmも下流の中洲で死体を投棄したならば、そして、何らかの痕跡を見つけようとするならば、少なくともそちらの方面を探すはずである。八木らが坂東大橋に行ったのは、佐藤がそこから飛び込んだに違いないあるいは飛び込んだのかもしれないと彼らが信じていたからに他ならない。

武やアナリエは、この捜索活動は「殺人」をカモフラージュするための「探すふり」であったなどと言う。しかし、一体誰に向って探すふりをしたというのだろうか?隣近所の人にか?警察にか?保険の調査員にか?もしもこれらの人々に対するアピールとして「探すふり」をしたというのであれば、彼らは近所の人や警察や保険の調査員に「坂東大橋に跡があった」と伝えるはずであろう。ところが、彼らは警察にも保険の調査員にも近所の人にもその話を一切していない。それどころか、彼らは坂東大橋に探しに行ったということすら告げていないのである。要するに、彼らは、「探すふり」をしていたのではなく、本気で探していたのである。そして、佐藤の痕跡を橋の欄干に見つけて、それを手がかりに佐藤の死体を探そうとしていたのである。

判決は、川村が警察官を橋の欄干を案内して「手の跡」があった位置を示している様子をとらえた写真――欄干の上辺ではなく、手前側の側面を指示している(H11/6/21捜査報告書)――を取り上げて、その部分に手の跡がつくとは「考え難い」とか、「仮についたとしても、それが数日間にわたって残っていたとも考え難い」と言う。川に飛び込むために欄干に手をかけるときに、欄干の手前側の側面に手が触れないと言いきることはできない。まして、自殺しようとする人を想定すると、欄干を掴んだり話したり、触ったりして――手首を切って自殺する人の「逡巡創」のように――ためらうことは容易に想像できる。裁判官はこういう方向での可能性には目をつぶるのだ。この欄干の脇には自動車が往来している。そのために、常時少しずつ埃が積もるようになっている。われわれは公判準備のために坂東大橋を訪れ、欄干を指で擦ってみた。真新しい跡がついた。それが「数日」で消えてなくなるようには見えなかった。

判決は、さらに、これは「佐藤が坂東大橋から飛び込んだことを川村に印象づけるために行なわれた偽装工作」だと言う。武の証言を前提にすればそういうことになるだろう。しかし、問題は武のその証言が信用できるか、である。武は、公判では手の跡を発見したのは八木だ言った。しかし、彼女は取調べでは、自分がそれを発見して八木に教えたと言っていたのである(武H12/5/29検察官調書、武ノート9冊目:H12/9/28)。

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