第9章 情況証拠

5 遺体探し

 

八木、武、アナリエの3人は、平成7年6月8日から同月14日頃まで佐藤修一の遺体を見つけるために、毎日利根川の川べりを行ったり来たりした 。彼らがどの範囲を捜索したかというと、坂東大橋のたもと付近から下流へ下って上武大橋までの間である(武第7回証言調書、アナリエ第41回・第51回証言調書)。佐藤の遺体を探したら500万円上げると言われて合計3回利根川を探したという川村富士美も、坂東大橋のすぐそばの川原を探している(川村第59回証言調書)。

ところで、武の証言によれば、彼女が八木やアナリエと一緒に佐藤修一の死体を投棄したという場所は、坂東大橋の2・5km下流にある通称「北高前」という魚釣り場の前にある中洲である。

【図9‐1 「死体投棄現場」と坂東大橋周辺】
図9-1 「死体投棄現場」と坂東大橋周辺

殺人犯が川に被害者の死体を捨て、「死体が上がらなければ保険金が下りない」ので死体を捜索しようとする場合を考えてみよう。自分たちが捨てた場所よりも上流を探すだろうか?何らかの自然現象で川が下流から上流に逆流していたのでない限り、それはあり得ないだろう。死体を本当に捨てたのならば、その場所に真っ先に行くだろう。そして、そこになければ、それよりも下流の水辺を探すだろう。武も八木もアナリエも川村も、武が指摘した付近に行ってみたとは言っていない。それどころか、その付近を探したとすら言っていないのだ。

彼らが武の指示した場所よりも上流を一生懸命探したということは、彼らが佐藤の死体を利根川に捨ててなどいないということを意味するのである。そう考えるのが常識ではないだろうか。

さいたま地裁判決は、この死体捜索の目的は2つあり、1つは死体を捜しあてて保険金を請求するため、もう1つは「家族らが心配して探しているという様子を関係機関にアピールする意図」であったという。そして、この後者の目的からすれば、投棄場所の上流を探したとしても不自然ではないという。これは武の法廷での説明をそのまま採用したものである。

佐藤の遺書が届いてすぐにアナリエは警察に捜索願を出している。これ以上に彼らが警察に「アピール」する必要が一体どこにあるのだろうか。彼等は10日間死体捜索をして結局見つけられなかった。もしも関係機関にアピールするための捜索であれば、自分たちはこの範囲を一生懸命に探したけれど見つからなかったと警察に「アピール」しても良いだろう。後述のように、彼等は佐藤を捜索するためにチラシを作った。しかし、それはわずか1枚しか使われなかった(武第7回証言調書)。

このチラシを50枚コピーしたコンビニの店員に「1枚貼っておきましょうか」と声をかけられた考子は、八木に相談したという。すると、八木は「貼ってもらう必要はない」、「全部持って帰ってこい」と言ったので考子はそうしたという(考子29回証言調書)。心配していることを「アピール」をするつもりならば、このチラシは大々的に利用されるはずである。

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