第9章 情況証拠

4 タクシー運転手への聞き込み

 

平成7年6月5日以降、武、考子、アナリエの3人は、本庄駅前タクシー乗り場にいるタクシー運転手に佐藤の写真をしめして「この人を6月3日坂東大橋方面に乗せなかったか」と尋ね回っている。

その数は武が尋ねた者だけでも4社、32台以上である(武が当時書いたメモ、武第7回証言調書、アナリエ第40回証言調書)。考子とアナリエは、駅構内で客待ちをしている運転手だけではなく、タクシー会社3社に赴いて聞き込みをしたり、駅周辺の放置自転車の中に佐藤の自転車があるか探しに行ってもいる(考子第29回証言調書、アナリエ第40回証言調書)。さらに、武は、レオの客でタクシー運転手をしている中里なる人物から「伊勢崎第一食堂のおばちゃんが、利根川で飛び下りた人がいると話している」という話を聞いて、伊勢崎第一食堂の所在をメモに書いて、それを八木に見せたりもしている(武が当時書いたメモ、武第23回証言調書)。

自転車探しから帰った彼女らに対して八木は、自転車が見つかったかどうか尋ねてもいる(アナリエ第41回証言調書)。

6月3日に佐藤修一を殺害しているならば、このような聞き込みや捜索は無意味であろう。

武は「だんながいなくなったのを心配して探すふりをしないと、全然心配してねえみたいだから」と八木が言っていたという(武第7回証言調書。

しかし、「ふり」をするだけなのに、一々訊いた相手の車のナンバーやタクシー会社の名前までメモに控える必要があるだろうか。車のナンバーを控えたのは、同じ運転手に重複して聞かないためであり、できるだけ多くの人から情報を得ようとしていたことが伺える。この点について、武は、「どうせ後で八木さんに確認される[から]」と弁解しているのだが(同前)、一体どうやって確認するのだ。八木がもう一度タクシー運転手に聞いて回るとでもいいたいのだろうか。

さらに、八木は、「駅南のタクシー乗り場で聞け」と指示を出し、途中から北口の乗り場に移ってしまった武に対して「何で北側なんか聞くんだ」と言って怒ったという(武第7回証言調書)。「ふり」をするだけなのに、「南口」にこだわる理由はどこにもない。八木がこのとき「南口」にこだわったのは、考子とアナリエに「北口」に回るように指示して(考子第29回証言調書)、効率的にできるだけ多くの情報を得ようとしていたからであろう。このエピソードは、八木たちが真剣にタクシー運転手から佐藤の情報を得ようとしていたことを示している。

さいたま地裁判決は、武の偽装自殺供述や八木の公判供述を前提とすると、最終的には武が佐藤を車で坂東大橋付近に連れて行っているのだから、タクシー運転手に佐藤を坂東大橋方面に連れて行ったか訪ねるのは無意味であると指摘している。

しかし、この指摘は、意図的かどうかは別として、武の偽装自殺供述や八木の公判供述を曲解している。武の偽装自殺供述によれば、佐藤は自転車に乗って本庄駅に行き、そこからタクシーに乗って利根川べりに行き、武と落ち合うことになっている。八木の公判供述によれば、佐藤は自転車で駅に行ってそこでタクシーに乗って坂東大橋に行くと言っていたというのである。生前にそのような告白を受けていたとすれば、佐藤が消息を絶った後に、タクシー運転手に問い合わせたり、駅構内の自転車置き場で自転車を探すというのは、ごく自然なことであろう。

八木は、佐藤に多額の保険をかけ、佐藤の死を望んでいたであろう。佐藤が本当に自転車で駅に行き、そこからタクシーで坂東大橋に向かったのであれば、――たとえその後一旦渡辺荘に戻り最終的には武が車で彼を利根川に連れて行ったのだとしても――佐藤の決意は本物であり、彼は単に行方をくらましたのではなく、本当に自殺した可能性が高いということが分かる。

生命保険を受け取るためには「行方不明」では不充分である。確かに自殺を遂げたということを示す必要がある。そのために当時の八木たちにとれる方法は、佐藤の死体を捜索し探し当てて、それを警察に届け出ることしかなった。だから、彼らは佐藤の消息の手がかりを求めて、タクシーに聞き込みをし、自転車置き場を探し、後述のように坂東大橋周辺の利根川べりを行き来して佐藤の死体を捜し求めたのである。

これらの行動は、渡辺荘で佐藤を殺害し、その死体を坂東大橋の下流2・5kmの利根川右岸に死体を投棄したという事実と決定的に矛盾する。

 

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