第9章 情況証拠

10 「偽装結婚」と保険加入

 

最後に八木茂にとって不利な情況証拠に触れておこう。佐藤がアナリエと結婚したのは平成2年12月である。アナリエの証言によるとこの婚姻届出は「結婚ビザ」を取得するための結婚であった(アナリエ第36回証言調書)。

そして、平成2年12月1日に日本生命との間で佐藤を被保険者とする死亡保険金額5000万円の保険契約が締結され、その後、平成4年12月から平成6年5月にかけて累積的に保険契約が行なわれ、最終的には5社8口3億200万円に達する生命保険契約が締結された。

これらの事実は確かに「疑惑」をわれわれに感じさせるものである。しかし、これらが「保険金殺人」を証明する十分な情況証拠となるとは言えないこともまた明らかであろう。当時の生命保険会社の保険契約審査のシステムがこのような多重保険契約を可能にしていたのであり、そのシステムを利用して、一種のギャンブルとして、生命保険契約を締結する人がいたとしても、不思議ではない。

そのようなことに対して倫理的な非難をすることは可能であろう。また、そうして保険金をまんまと懐に入れた人物に対して「保険金殺人」の「疑惑」を持つのも自由である。しかし、それは殺人の証明ではありえない。裁判所が個人を殺人者と認定するためには、そして、その個人の生命を剥奪する決定をするためには、倫理的な非難や疑惑だけでは不十分である。適正な証拠によって、合理的な疑いを超える程度に具体的な殺人行為が証明されなければならないのである。

 

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