第9章 情況証拠

9 自殺を前提とする八木の言動

 

平成7年6月3日以降、八木は、武、森田、アナリエに対して佐藤は自殺したという話を繰り返し言っている。

6月4日未明、八木、武、アナリエ、川村の4人で東秩父の別荘に向う途中の車内で、八木はアナリエに「佐藤さんはアパートにいなかったの」と尋ね、別荘についた後も、彼女に「電話して、佐藤さんが[帰っていないかどうか]確認して」と命じている(アナリエ第40回証言調書) 。

前述したように、6月5日6日と、八木は、武、考子、アナリエに対して、佐藤は自転車に乗って坂東大橋に向ったに違いないから、それらしい人物を乗せたかどうかタクシー運転手やタクシー会社の人に聞き込みをするように指示し、また、駅周辺の自転車置場に佐藤の自転車があるかどうか探すようにも指示している。そして、佐藤が橋から飛び込んだ痕跡を探すために、八木は、武、考子、アナリエそして川村らとともに坂東大橋の欄干や橋の下などを何度も見に行っている。そればかりではなく、佐藤が以前住んでいた伊勢崎のアパートを見に行ってもいる(アナリエ第41回証言調書)。こうした折に、八木は、佐藤は坂東大橋から利根川に飛び込んで自殺したに違いないという話を繰り返ししている。

6月17日アナリエと2人で行田警察に佐藤の死体の写真の確認をしに行った帰りの車中やその後に立寄った自宅で、八木は「[革ジャンパーの襟は]本人が切ったんじゃないの」(アナリエ第41回証言調書)とか「[佐藤さんは]変わっているから、あんな格好をしていたんだ」とアナリエらに説明している(アナリエ第41回証言調書)。そして、ここでも八木は「[佐藤は]橋から川に飛び込んだんだ」と述べている(同前)。

これらの一連の行動を「自殺」を装うための「演技」「口裏合わせ」と考えることができないことは既に述べたとおりである。演技にしては八木の発言は首尾一貫しているし、それを受けた武や考子、アナリエらの行動も真剣なものである。そして、アナリエと2人きりの場で佐藤の革ジャンの襟は「本人が切ったんじゃないの」と言ったというのは、彼ら自身も革ジャンの襟が切られている理由を正確には知らなかったことを示しているのである。

武まゆみは、この一連の八木の言動は、「佐藤さんは自殺したんだと私たちに思い込ませるため」であったと証言した。しかし、八木茂は催眠術師ではない。また、武まゆみや森田考子やアナリエ・サトウは、正常な知能をもった大人の女性であって、幼児や知恵遅れでもない。彼らが本当にトリカブト殺人を「共謀」し「実行」したのであれば、その彼らに向ってその主犯が、被害者は「橋から川に飛び込んだんだ」などと真面目に言うわけはないし、そういうことによって彼らの脳裏から殺人の事実が消え去ると考えるわけもないであろう。

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