第9章 情況証拠

 

第1章と第2章は科学的な鑑定が指し示すものが何であるかを検討し、第3章から前章までは八木の愛人たちの供述を分析してきた。これまでの章を通じて、われわれは、佐藤修一がトリカブトによって死亡したのではなく、利根川で溺死したこと、そして、彼をトリカブトで毒殺してその死体を利根川に流したという「共犯者」たちの証言が信憑性の甚だ疑わしいものであることを論証してきた。最後に情況証拠について論じることにしよう。

 

「情況証拠」とは、訴因をとりまく周辺的な事実群(間接事実)のことである。解剖所見や鑑定結果も情況証拠の1つである。人の話(供述証拠)は利害関係や打算によって汚染され、思いこみによって粉飾される。しかし、小さな動かし難い事実が真実に光を当てることがある。人の行動がその言葉よりも遥かに雄弁に真実を物語ることがある 。19世紀中葉のあるアメリカ連邦最高裁判事は次のように述べている。

情況証拠はしばしば直接の証言以上に説得的である。幾筋もの光線のように、一つの中心へと向う協調する諸事実は、まばゆい灯りとなるばかりではなく、焼きつくような確信をもたらすのである。それがもたらす真実の確信は、2人の証人の一致した証言よりも確かなものである。Grier J., in Thompson v. Bowle, 71 U.S. (4 Wall.) 463,473 (1867).

 

本章では平成7年6月3日前後の周辺的な諸事実に光をあてる。それらは、八木茂とその愛人たちが周到に計画して敢行したとされる、佐藤修一のトリカブト殺人という訴因とマッチするものかどうか。われわれの答えは否である。幾つかの事実は八木らによる佐藤修一殺害の事実と矛盾し、そして、当時の4人の行動は渡辺荘事件の不存在を指し示している。

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