第8章 絡み合う3本の糸

4 絡み合わなかった3本の糸
これまで、3人の供述の絡み合いの様子を細かく検討してきたが、実は、3人の証言を見渡すと、一致していない部分の方が多い。本当は、3本の糸は、うまく絡み合っていないのである。3人の「共犯者」は、佐藤殺害計画、佐藤殺害実行、佐藤の死体遺棄など体験したことがないのだから、3本の糸は、元々、1本の太い糸にはなれなかったのである。

われわれは、裁判の中でも、3人の証言が一致しない点を詳しく主張したが、判決は、これを無視するか、あるいは、理由とも言えない理由をつけて、「不一致ではない」と言い張るだけなのである。この判決の言うことがいかにおかしなものであるかを説明しよう。

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遺書
6月1日の別荘での謀議のときに、佐藤の遺書をどのように取り扱うことになったかについて、3人の証言は、全く異なっている。武証言によれば、遺書は、1通は武が投函し、もう1通は置き手紙にすることになっていたということである。考子証言では、「先に着いた方を警察にもっていく」などと、2通とも郵送することになっていたという。そして、アナリエ証言では、そもそも遺書は1通しか存在せず、その1通の遺書をアナリエが投函することになっていたというのである。

この点に関する3人の証言は、このとおりである。普通に考えれば、3人の証言は、全く異なっているということになるはずである。ところが、判決は、次のように言う。

この点に関する証言に齟齬があることは、弁護人指摘のとおりであるが、前記のとおり、武やアナリエにとっては、投函者がどちらであるかは特に重要な事項として認識されていなかった可能性があり、武、アナリエのいずれもが自己が投函するものだと考えていたとしても合理性に欠けるわけではない。一方、置き手紙用の遺書については、それを置いておくのは武の役割であるから、アナリエが聞かされていなかったとしても不思議ではない。また、この点についての森田証言の信用性が低いものと考えざるを得ないことは既にみたとおりである。武証言等によれば、被告人らは、佐藤殺害後も、保険金取得に向けて謀議を重ねていたことが認められるから、森田の「先に着いた方を警察に持っていく」という証言は、実際に遺書を2通とも投函した後か、それらが配達されて入手した後になされた会話を平成7年6月1日の会話と混同して証言している可能性が高い。

要するに、判決は、この点についての3人の証言には不一致があることを認めながら、それは、こういう可能性もあるし、ああいう可能性もあるし、あるいは、こう考えても不思議がないから、不一致があっても当たり前だと言うのである。

この判決が言っていることは、証拠に基づく事実認定などとは到底言えない代物である。「可能性がある」、「不思議ではない」というのは、単なる推測であり、もはや「事実認定」とすら言えない。武やアナリエにとって、投函者がどちらであるかは重要な事項として認識されていなかったなどということは、武もアナリエも言っていない。他にそれを裏付ける証拠もない。また、考子の証言のどこをどう見ても、考子が、佐藤殺害後の出来事と6月1日の出来事とを混同しているなどということはうかがえないし、他にそのような証拠もない。裁判所が、単にそのように推測したにすぎない。公平な立場からの推測ならまだましだが、われわれの主張を蹴飛ばすためだけの強引な推測であるから、なおさらたちが悪い。

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「マミはベテランだから」

別荘謀議に関する3人の証言をみると、いずれも、八木が「マミはベテランだから」と言ったという趣旨の証言をしている。しかし、「マミはベテランだから」、マミに何を任せるのかという点については、3人は全く違うことを言っている。

武は、佐藤に食べさせるのをパンにするかどうかをマミに任せるという意味と証言しているが、アナリエは、佐藤にパンを食べさせることをマミに任せるという意味と証言している。そして、考子は、パンに入れるトリカブトの量をマミに任せるという意味と証言しているのである。

それにもかかわらず、判決は、われわれの主張を無視して、3人の証言には、実質的な差異はないなどと述べる。

しかし、捜査官が考えたストーリーによれば、この場面は、佐藤を殺害するための凶器を何にするか、実行役を誰にするかを決める場面であり、別荘謀議の中でも最も重要な部分のはずである。八木と3人の「共犯者」は、この場面で、人を殺す計画を立てていると言うのだから、彼らにとっては、マミがベテランかどうかは、さほど重要なことではない。そんなことよりも、マミに何が任せられたのかの方が重要な問題のはずである。だから、3人が本当にこの場面に居合わせたのなら、その供述のうち、「マミはベテランだから」の部分が一致しないということはありえても、マミに何が任せられたかについての供述が一致しないということはありえない。ところが、実際には、「マミはベテランだから」だけが一致していて、マミに何が任せられたかについての供述が一致していないのである。これは不自然なことである。判決のように「実質的な差異はない」などとのんきなことは言っていられない。

なぜ、「マミはベテランだから」だけが一致していて、マミに何が任せられたかについての供述が一致していないのか、少し検討してみる。ここではやはり、3人の供述経過を分析する必要がある。予想通りと言うか、「マミはベテランだから」というフレーズを最初に言い出したのは、考子である。

八木「いつもより量があるから、それなりに入ればいいがね、あとはマミちゃんにまかせるから、まみにまかせておけばベテランだからうまくやってくれるだろう」と、いつものまんじゅうよりパンの方が量があるので中に入れるどくもそれなりに入ればいいと言う意味です。(考子H12/8/1上申書)

この考子の供述は、武にぶつけられる。武の証言によれば、佐久間検事に、考子の別荘での話しというのをいくつか挙げてもらい、その中に「マミはベテランだから」とか「マミに任せておけばいい」というのがあったということである(第18回証言調書)。その後、武は、「マミはベテランだから」供述を始める。同様に、アナリエにもぶつけられたと思われる。アナリエは、それまで「マミはベテランだから」供述は全くしていなかったが、平成12年12月11日になって、初めて「マミはベテランだから」供述が登場する(アナリエH12/12/11検察官調書)。

この経過を見ると、八木が「マミはベテランだから」と言ったという供述は、考子に端を発し、それが、武、アナリエにそれぞれぶつけられ、3人とも、八木が「マミはベテランだから」と言った、という供述をするに至ったようである。この部分だけ見れば、うまく絡み合ったようにも見える。捜査官側は、3人の供述をうまく絡み合わせることができたと喜んで、それをそのまま3人に証言させたのだろうが、最後の詰めを誤った。マミがベテランだから、マミに何を任せるのかという部分まで絡み合わせることができていなかったのである。その結果、3人の証言は、マミに何を任せるのかについてがバラバラになってしまったのである。

おそらく、八木は、それ以前に3人の前で、「マミはベテランだから」という言葉を使ったことがあったのだろう 。だから、長期間の取調べの中で混乱していた考子は、八木が別の場面で言っていた「マミはベテランだから」という言葉を、あたかも6月1日に別荘で言ったかのように供述したのであろう。他の2人も、八木が別の場面で「マミはベテランだから」という言葉を使っていた記憶が頭の片隅にあるから、考子の供述にも違和感を持たずに、それに迎合することになったのだろう。これに対して、武に殺害行為を「任せる」などということは日常的にはありえない。当然、6月1日にもそのようなことはなかった。だから、マミに何を任せたのかという部分については、供述が一致しなかったのである。捜査官としても、「マミはベテランだから」の部分が一致したから、それで十分だと考え、それ以上追及しなかったのであろう。

このように見てくると、「マミはベテランだから」の部分が一致し、マミに何を任せたのかについての部分が一致しなかったということは、3人の証言が信用できないというだけでなく、捜査機関が、3人の供述を合わせようとする工作をしていたことの現われでもある。判決のように、「実質的な差異はない」などとのんきなことを言っている場合ではないのである。

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ディナーショーから帰ってきた後の行動

3人の証言によれば、ディナーショーから帰ってきた後、八木、武、考子、アナリエは、レオと渡辺荘の間を行ったり来たりしている。また、八木、武、アナリエが佐藤の死体に革ジャン等を着せているということである。しかし、これらの点ついての3人の証言は、全くバラバラである。八木、武、考子、アナリエがどのタイミングで、誰と一緒に渡辺荘に行き、そしてレオに戻ったのかについて、3人は全くバラバラの証言をしている。どれだけバラバラかというと、概ね次のとおりである。

【ディナーショー後、最初に渡辺荘に行く場面]
武証言・・・八木、武、アナリエの3人で行った。
アナリエ証言・・・最初に武が1人で渡辺荘に行って、その後、八木とアナリエの2人が行き、そこにはすでに武がいた。

【その後、渡辺荘からレオに戻る場面】
武証言・・・アナリエは渡辺荘に残り、八木と武でいったんレオに戻った。そのときに考子はすでにレオに出勤していた。
アナリエ証言・・・アナリエは渡辺荘に残り、八木と武でいったんレオに戻った。
考子証言・・・レオに出勤して、どくだみ茶などの準備をしていると、レオの玄関から武が入ってきて、しばらくしてから、八木とアナリエがレオの裏口から入ってきて、それからまたしばらくして八木とアナリエがまたレオから出て行った(つまり、アナリエもいったんレオに戻ってきたということ)。

このように武、アナリエの証言と考子の証言は完全に食い違っている。

【八木、アナリエ、考子が渡辺荘からレオに戻った場面】
武証言・・・八木、アナリエ、考子がレオに戻ってきた後に鹿野を帰した(つまり、この3人がレオに戻ったときには、鹿野はまだレオにいたということ)。
考子証言・・・八木、アナリエ、考子が渡辺荘からレオに戻った後に、八木が武に合図をして、それを受けて武が鹿野を帰した(3人がレオに戻ったときには、まだ鹿野はレオにいたということ)。
アナリエ証言・・・八木、アナリエ、考子が渡辺荘からレオに戻ると、そのときには鹿野はもういなかった。

このように武、考子の証言とアナリエの証言とは大きく食い違っている。

また、渡辺荘で佐藤の死体に革ジャンなどを着せたという武、アナリエの証言もひどく食い違っている。

着せ替えの順序について、武は、ズボン→靴下→Yシャツ(断念)→革ジャン(襟,袖口切断)→セーター、と証言している(第6回証言調書)。これに対して、アナリエは、襟,袖口切断→Yシャツ→革ジャン→ズボン→靴下・セーター、と証言している(第40回証言調書)。

これほどまでに3人の証言に食い違いがあるため、われわれは、裁判の中でその点を強く主張した。このわれわれの主張に対して、判決も、これらの部分の3人の証言に不一致があることは認めている 。しかし、その不一致の理由について、次のような屁理屈をこねる。

このときの被告人らは、鹿野及び川村に不審の念を抱かせないよう、組合せを変えては、「レオ」と渡辺荘を小刻みに何度も往復し、短時間のうちに証拠が残らないよう様々な工作をした上で、佐藤の死体を利根川に投棄しようと焦っており、また、死体の服装を整えるについても、本来ワイシャツを着せるつもりであったのに、死後硬直のためにうまく着せられなかったことから、急遽素肌に革ジャンパーを着せることになったり、袖が通らなかったのでハサミで切ったり、最終的には革ジャンパーの上からセーターを着せることになるなど、予定外の事態が次々と生じていたというのであるから、被告人らは、この間、相当に興奮、緊張し、慌ただしく作業を進めていたものと認められるのであって、これに証言時までの時間の経過を考え合わせれば、「レオ」と渡辺荘の行き来の状況や佐藤の死体に革ジャンパー等を着せた順序について証言が乱れたとしてもやむを得ないものといえるのであり、この点の証言に齟齬があるからといって、直ちに武らの証言が虚構であるということにはならないと考える。

要するに、当時は慌てていたり、興奮、緊張していたし、しかも、平成7年から証言のときまで相当な時間が経過しているので、3人の証言に不一致があっても仕方がないと言うのである。だが、判決は、別の部分では、次のように述べている。

殊に武の当公判廷における証言内容は、その一部に記憶が定かでない部分や曖昧な部分があるとはいえ、全体としてみれば、長い年月を経た以前の出来事であるにもかかわらず、極めて具体的且つ詳細で、迫真性に富んでおり、***

確かに、武はもちろん、アナリエも考子も、レオ-渡辺荘の間の行き来や佐藤の死体に革ジャン等を着せる場面については、非常に詳細な証言をしている。例えば、この部分に関するアナリエの証言調書は、主尋問分だけでも29ページにもなる。同様に武については、22ページ、考子についても、12ページにもなっている。

中身についても、武やアナリエは、佐藤の死体に革ジャン等を着せる場面について順を追って詳しく描写しているし、考子も、八木が佐藤の死体を足でゆすったら、佐藤の足が「バサンバサン」と揺れたなどという具体的な証言をしている。これらの証言内容が信用できるかどうかはともかくとして、その証言が具体的かつ詳細で、迫真性に富んでいることは間違いない。

ここで判決の言っていることをまとめると、レオ-渡辺荘間の行き来や佐藤の死体に革ジャン等を着せる場面についての武、アナリエ、考子の証言は、長い年月を経た以前の出来事であるにもかかわらず、極めて具体的かつ詳細で、迫真性に富んでいるが、武、アナリエ、考子は、当時慌てていたし、興奮、緊張していたので、3人の証言に齟齬があっても仕方がないというのである。

判決が自己矛盾に陥っていることは明らかであろう。こんな自己矛盾に陥っている判決を、一体誰が信頼するのだろうか。

そして、ここでもうひとつ言っておきたいことがある。それは、裁判官たちは、初めから八木たちが佐藤を殺害したと決めてかかり、それをもとに判決を書いているということである。前に述べたように、判決は、武らは、「相当に興奮、緊張し、慌ただしく作業を進めていた」ので、武、アナリエ、考子の証言が一致しなくても仕方ないと言っている。

なぜ、「相当に興奮、緊張し、慌ただしく作業を進めていた」かと言うと、それは、武らが八木と一緒に佐藤を殺し、短時間のうちに自殺に見せかけるための偽装工作をしなければならなかったからだと言うのである。

刑事裁判とは、証拠に基づいて事実を認定し、その事実に基づいて、被告人の有罪、無罪を決めるものである。しかし、この裁判官たちの思考回路は、八木たちが佐藤を殺し、短時間のうちに偽装工作をしなければならなかった→そのため、武たち相当に興奮、緊張し、慌てて作業を進めざるをえなかった→だから、武ら3人の証言が一致しなくても仕方がない→一致しないからと言って、3人の証言が信用できないということではない→したがって、八木は有罪である、となっているのである。

このような考え方がおかしいということは明らかだろう。つまり、この判決の中では、八木たちが佐藤を殺害したという「結論」が、その「結論」を導くための「理由付け」にも使われているのである。これでは、もはや「裁判」とは言えない。

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細野荘事件
武や考子の証言によれば、平成5年秋ころ、当時佐藤が住んでいた細野荘というアパートで、佐藤が激しく嘔吐するという出来事があったということである。武、考子は、いずれも、この場面で、八木が「トリカブト」あるいは「カブト」という言葉を発したと証言している。しかし、その意味するところについては食い違いがある。つまり、武は、「トリカブトが出たら困る」という意味で、八木が言ったと証言するのに対し、考子は、根っこか茎か、そのどっちを入れたんだ、という意味で八木が言ったと証言しているのである。

これについても、判決は、食い違いを認めている。しかし、その食い違いが生じた理由についての説明が、これまたふるっている。判決は、こう言う。

この点、武は被告人の指示に従ってトリカブトの根を使っていたのであるから、被告人が、武に対して根っこか茎の「どの部分を入れたんだ」などと問うことは極めて不自然であって、これは森田の聞き違いか、記憶違いであろうが、***

判決は、考子の証言は不自然であるから、それは、考子の聞き違いか記憶違いだと言うのである。考子の証言が不自然だと言うなら、そのような証言をする考子の証言全体の信用性がなくなると考えるのが「自然」である。それに、考子が聞き違いをしたとか、記憶違いをしたとかいう証拠は全くない。これを考子の聞き違い、記憶違いというのは、裁判所の推測に過ぎない。そのような推測をする裁判所の方がよっぽど「不自然」である。自分たちが勝手に決めてかかった結論にとって都合の悪い証言については、何の根拠も示さずに「聞き違い」、「記憶違い」のひと言で済ませられるのだから、裁判官ほど気楽な商売はない。

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屁理屈も尽き果てた
これまでに述べた点以外にも、われわれは、3人の「共犯者」の証言の食い違いについて数多く指摘した。例えば、捜索願いについて、武、アナリエは、6月1日の別荘謀議の時点で、遺書が渡辺荘に届いたら考子とアナリエで警察に捜索願いを出すように八木に言われていたと証言しているが、考子は、捜索願いを出す相談をしたのは、6月5日の早朝、レオ店内でのことであると証言している。

また、考子は、渡辺荘で八木が足で佐藤の死体を揺すったら、佐藤の足が「バサンバサン」という音を立てて左右に揺れたなどと泣きながら証言していたが、その場にいたはずのアナリエは、そんなことは一言も証言していない。

この他にも、多数の点を指摘したのだが、いずれも、見過ごすことのできない重大な食い違いである。しかし、判決は、これらの食い違いについては、全く触れていない。もう、こねられる屁理屈のネタがつきてしまったか、あるいは、これ以上屁理屈をこねることが恥ずかしくなってしまったのだろうか。

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