第8章 絡み合う3本の糸

2 洗面器

判決は、こんなことを言っている。

武は、被告人から洗面器を持ってくるよう指示されたアナリエが、洗面器の意味が分らず、もたもたして何か違う物を持ってきたような記憶がある旨証言しているところ、アナリエも、「八木から『何とかメンキ』持って来てと言われたが、意味が分らず、バスタオルを持っていったところ、八木から、『それじゃねえんだよ』と怒られた」旨証言している。殺害実行の緊迫した場面において、洗面器の意味がわからず、指示と異なる物(バスタオル)を持参したなどというのは極めて特徴的な出来事であって、このようなことを体験してもいないのに証言するということはおよそ考えられないことと言える。

判決は、武とアナリエの法廷証言だけを並べて、両者が一致している、だから信用できると言う。裁判官は、武とアナリエがそこに至るまでにどのような話をしていたのか、何一つ検討せずにそう言うのである。

しかし、以下に述べるような武、アナリエの供述の経過を見てみれば、2人が、体験してもいないことを体験したかのように話してしまうということが「およそ考えられない」などとは言えなくなるだろう。

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武が、佐藤にトリカブト入りアンパンを食べさせて殺害したことを語り始めたのは、平成12年10月24日であるが、その当初は、洗面器のことなど全く語っていない。それどころか、佐藤が嘔吐したことすら全く語っていない。

また、私は、昨日つまり平成12年10月24日夜一人で事件当時のことを思い出しているうちに渡辺荘で八木さんから「押さえろ」と言われたのをはっきり思い出しました。***
押さえろと言われたのですから、私は、佐藤さんがトリカブトを食べた後押さえつけることが必要なほど暴れたのではないかと思います。佐藤さんが暴れた姿はこれからよく思い出したいと思います。(武H12/10/25検察官調書)

このように、10月25日の時点では、八木から「押さえろ」と言われたことは思い出したと言うのだが、佐藤が暴れた姿については、「これからよく思い出したいと思います」という状態だったのである。

佐藤の嘔吐に関し、3人のうちで一番初めに語り始めたのは、やはり、考子である。

八木「佐藤さんの様子を見に行ったら、部屋の中が想像つかないほどあばれて、もがいて死んでいたよ 。部屋中がヘドまみれになっていて、佐藤さんは玄関から入って戸が開いていて、部屋の入りぎわにうつぶせで、何かとろうとしたのか、外へ出ようとしたのか、手をのばす様なかっこうで死んでいた」
***
八木「ヘドがひどくて、はこべる状態ではない。はこぶのに車がよごれるからきがえさせた。何かを着せた」(考子H12/8/1上申書)


八木は、この時幾分興奮しながら、「赤ちょうちんは今日休んじゃった、佐藤さんの様子を見に行って来たんだよ、想像がつかない程になっているよ、暴れてもがいて死んでいたよ」と、佐藤さんが苦しんで死んでいたことを話したし、計画どおりに殺したことを話したのでした。そして八木は、「ヘド吐いて、玄関から入ると戸が開いていて部屋中がヘドまみれになっていた。佐藤さんは入り際にうつ伏せで倒れていた。外に出ようとしていたのか、何かを取ろうとしていたのか手を伸ばしていた。運ぶんに車が汚れるから運べる状態じゃない。とりあえず早く片付けなくちゃならない。布団と一緒にとりあえず突っ込んで行っちゃえば良い。俺のワゴン車で良い。」等と話したのでした。(考子H12/9/12警察官調書)

このような考子の供述は、捜査官によって、武にぶつけられる。武ノートには、次のような記載がある。

今日は鈴木さんが来た。
刑事の調べ。
☆ 考子は、死体を見ている。
☆ ゲロなどのそうじは、アナリがしている。
☆ 考子の話はリアルで、見てきたような話だと言う。
☆ このままいくと、考子の話が一人歩きして、それが利用される。私は、その場合、すごく悪い立場になる、と言う。(武ノート5冊目:10/27)

考子が語る「ゲロ」の話が、ストレートにぶつけられていることが、はっきり記されている。さらに、「このままいくと、考子の話が一人歩きして、それが利用される。私は、その場合、すごく悪い立場になる、と言う。」と、自分も佐藤殺害に関する出来事を早く思い出さなければ、自分の立場が悪くなってしまうという武の不安な気持ちが正直に記されている。

この10月27日の取り調べのときには、武に対して宿題が出されている。

宿題
佐藤さんに、トリカブトをあげたときのようす
その後、トリカブトが効いて、その間のようす
死体を利根川に運んだ時のようす(武ノート5冊目:10/27)

武は、捜査官から、佐藤にトリカブトが効いてきたときの様子をよく思い出すように言われたのである。「早く思い出さなければ」という不安の中で、このような宿題を出された武の心理状態はどんなものだっただろうか。
それでも、武は、なかなか思い出せない。

6月3日の当日の行動(今わかっている事)
***
?7 トリカブトが効いて、もがき始めた
8 八木さんに「押えろ」と言われて、アンナと2人で押えた(武ノート5冊目:11/1)

11月1日の時点でも、佐藤がもがき始めたことと八木に「押えろ」と言われて押えたことしか思い出していない。
武ノートの11月2日の欄を見ると、やはり、必死に思い出そうとしていることがうかがえる。

思い出すこと
☆ 佐藤さんにアンパンを食べさせた後の状況
☆ 佐藤さんをふとんで押えた時の佐藤さんの状況(武ノート5冊目:11/2)

しかし、それでもまだ武は思い出せない。そのころの武の調書にはこんなふうに記されている。

その後、八木さんから「押さえろ」と命令されました。その時の八木さんの声は、慌てていました。八木さんがそのように命令したのは、佐藤さんにトリカブトの毒が効き始めて、佐藤さんが苦しんで、もがきだしたからに違いないのですが、その時の佐藤さんの表情や状態が思い出せません。(武H12/11/5警察官調書)

11月9日の取調べのときに、また宿題が出される。

今日は刑事の調べだった。
刑事の調べ。
宿題
☆ 佐藤さんの死体を運んだ時のようす
☆ 八木さんが、佐藤さんが死んでいる確認したときのようす
☆ 佐藤さんの死ぬ時の絵、死体の絵(武ノート6冊目:11/9)

武は、このような宿題を出されても、まだその後数日間は洗面器のことは思い出せなかった。本当に洗面器に関する体験をしている人が、これだけ必死に思い出そうとしても思い出せないなどということがありうるのだろうか。
ところが、11月14日の検察官の取調べの際、武は、突然思い出す。

12/11/14武ノート
今日は検事調べだった。
検事調べ。
☆☆☆
それから、八木さんがアンナに「洗面器を持って来い」と言って、持って来させた。→佐藤さんが洗面器を持って、かかえている絵。その時にアンナは、それを見てオエーオエーとしていた。洗面器の中の物は、アンナがトイレに流した→八木さんに言われて(八木さんは、渡辺荘のトイレは、本管へ行ってるから大丈夫と言っていた)

武は、ここに至って、ようやく洗面器のことを思い出したと言うのである。ただし、この時点で武が洗面器に関して思い出したことは、八木がアナリエに「洗面器を持って来い」と指示をして、アナリエに洗面器を持って来させたということである。武とアナリエの証言が一致していると判決が指摘しているのは、八木から洗面器を持ってくるように指示されたアナリエが、洗面器の意味が分らずに、何か違う物を持ってきたという部分である。つまり、この時点で武が思い出したと言う洗面器に関する事柄は、武やアナリエが法廷で証言した内容とは全く異なることなのである。

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武は、一度思い出したと思うと、調子に乗って、細かなことまでどんどん語り出す。

今日は鈴木さんが来て、本庄署で調べだった。
刑事の調べ。
☆ 昨日の検事調べの話
☆ 佐藤さんにアンパンを食べさせてから、押えるまでの事
☆ 洗面器について
こういう洗面器→【洗面器の絵】
色は、ブルー系で、水色かうすい紫色のようなものだったという気がする(武ノート6冊目:11/15)

写真8-1 洗面器の絵

洗面器の色まで思い出し、さらにご丁寧なことに、洗面器の絵まで描いている。この時点における武の「記憶」は、アナリエが八木の指示に従って洗面器を持ってきて、佐藤がその洗面器を抱えて嘔吐し、洗面器の中に吐かれた物は、アナリエがトイレに流したというものである。

やっとのことで洗面器に関する武の供述を獲得した捜査官は、早速11月16日の取調べで、それをアナリエにぶつける 。

しかし、それに対するアナリエの反応は、捜査官にとって意外なものであった。アナリエは、捜査官に対し、「渡辺荘には洗面器はなかった」と答えたのである!

つまり、当時の渡辺荘には、洗面器などなかったのだ。アナリエは、そのことを正直に捜査官に話したわけだ。当時の渡辺荘に洗面器がなかった以上、いくらアナリエでも、八木に「洗面器を持って来い」と言われて、洗面器を持って行ったとまでは言えない。結局、アナリエの供述は、次のようなものになってしまった。

佐藤さんは、「ウェー」と吐きそうな声を出してその場にうずくまったのです。その時八木かマミがテーブルを私の方に少しずらしたのです。八木は佐藤さんは吐きそうな状態だったので、「○○持って来い」と私に言ったのですが、私は八木が何を持って来いと言っているのか判らなかったのですが、佐藤さんは吐きそうになっているので、「タオルを持ってくればいいんだな」と思い、自分の部屋から白色のバスタオルを持って来たのです。すると八木が「テメー何持って来たんだ、風呂場のだよ、風呂場の」と言うのですが、私には何だか判らないでいるとマミが「あれでいい」と言って佐藤さんの部屋にあった丸いプラスチックのごみ箱をとり、佐藤さんに渡したのです。(アナリエH12/11/16警察官調書)

こうなると、洗面器の絵まで描いてしまった武の供述とアナリエの供述が明らかに矛盾することになってしまう。捜査官たちは、慌てたことだろう。すぐに、アナリエの供述が武にぶつけられる。渡辺荘に洗面器がなかったというアナリエの供述は、捜査官や武に対して相当な衝撃を与えたのであろう。武は、必死に思い出した記憶=アナリエが八木の指示に従って洗面器を持ってきて、佐藤がその洗面器を抱えて嘔吐していた、そして、洗面器の中に吐かれた物をアナリエがトイレに流したという記憶をあっさり覆し、アナリエの供述に迎合する。

すると、佐藤さんが吐き始めました。私が記憶しているのは、八木さんが焦った声で「洗面器もって来い」と言っていたことです。すると、アナリエが「洗面器」という言葉を理解しなかったのか、もたもたしていました。私が、急いでアナリエの風呂場を見に行きました。すると、洗面器はなく、ピンク色の取っ手がついた手桶があっただけでした。
私は、「ないよ、洗面器が。ひしゃくしかないよ」と言いました。八木さんは、「何だ、洗面器もねえのかよ」と言いました。洗面器がないので、代わりにゴミ箱を佐藤さんに抱えさせました。佐藤さんは、ゴミ箱を抱くようにして身体を丸めて吐きました。アナリエは、立ったまま、自分の口に手をあてて、「オエーッ」と低いながらも大きな、吐くような声を出しました。(武H12/11/17検察官調書)

武があっさりとアナリエの供述に迎合したのは、そうしなければならなかったというだけでなく、そうすることによっても問題が生じなかったという事情もある。もし、武が思い出したという記憶=アナリエが八木の指示に従って洗面器を持ってきて、佐藤がその洗面器を抱えて嘔吐していたという記憶が、そのまま調書になっていたとしたら、武は、そう簡単にその記憶を覆すことはできなかったであろう。必死になって思い出したというその数日後に、全く異なる話をしたという記録が調書に残ってしまえば、そのような武の供述は信用されないからである。それは、捜査官も武も絶対に避けたかったことだろう。

しかし、捜査官や武にとって、幸いにも、武が思い出した洗面器の記憶は調書化されていなかった 。その直後、捜査官は、武が最初に思い出した「記憶」とアナリエ供述の矛盾を取り繕うための調書を作る。

佐藤さんの6月3日の症状については、前から少しずつ思い出してはいましたが、平成12年11月14日の検事さんの取調べを受ける前に、八木さんが6月3日に渡辺荘で洗面器を持ってくるように命令したことや、佐藤さんがあんパンを食べた後吐いたこと、アナリエがつられて「オエーッ」と大声で言ったことなどを詳しく思い出したので、11月14日の検事さんの取調べのときにその話をしました。
***
そして、翌日の11月15日、鈴木刑事さんの取調べを受け、前日の検事調べのときに私が話した内容、つまり、6月3日の佐藤さんの詳しい症状と、それが鬼怒川での佐藤さんの症状と同じであることを話しました。もちろん洗面器の話などもしました。(武H12/11/20検察官調書)

本当にずるいやり方である。確かに、この調書に書いてあることは嘘ではない。武が、11月14日の時点で、八木が洗面器を持ってくるように命令したことを思い出したということは、武ノートのとおりである。しかし、武ノートによれば、武が思い出したと言うのは、それだけではない。その八木の命令に従って、アナリエが洗面器を持ってきて、佐藤が洗面器を抱え、そして、アナリエが洗面器に吐かれた物をトイレに流したことまで思い出したと言うのである。この部分については、この11月20日の調書では全く触れられていない。だから、調書だけを見ると、武の供述とアナリエの供述とは、何ら矛盾しないことになってしまうのである。調書の中でこの部分について触れることになれば、武供述とアナリエ供述が矛盾することが明らかになってしまう。是が非でも八木の有罪を獲得したい捜査官としては、それは絶対に避けなければならいと考えたはずである。だから、捜査官は、この部分を調書に記載することを避けた。

しかし、捜査官にとって誤算だったのは、武ノートの存在である。武ノートがあったから、このような捜査官のずるいやり方が白日の下にさらされた。おそらく捜査官は、この武ノートが日の目を見ることはないとたかをくくっていたのだろうが、実際には、武ノートはこの裁判の証拠として採用された。

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ここでは、武やアナリエの供述調書に加えて、武ノートの内容も検討してきた。これによって、洗面器に関する「共犯者」たちの供述がどのように絡み合っているかが明らかになったと思う。

それにもかかわらず、判決は、完成した武とアナリエの証言だけを見て、
殺害実行の緊迫した場面において、洗面器の意味がわからず、指示と異なる物(バスタオル)を持参したなどというのは極めて特徴的な出来事であって、このようなことを体験してもいないのに証言するということはおよそ考えられないことと言える。
などと判断しているのである。

繰り返して言うが、武ノートはこの裁判の証拠として裁判所自ら採用したものである。それなのに、判決は、武ノートを無視して、前記のように言い切ってしまっている。武ノートを含めた各「共犯者」の供述の絡み合いを見れば、人は、自分が体験していないことでも、あたかも体験したかのように話してしまうということも十分にありうるということは明らかだと思うのだが、どうだろうか。

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