第8章 絡み合う3本の糸

1 ニチイのレシート
判決は、平成7年6月1日、東秩父の別荘において行われたとされる佐藤修一殺害に関する謀議について、3人とも、武とアナリエがニチイに買い物に行き、アリバイのためにレシートをもらうことになっていたと証言していると指摘している。
この点について、3人の証言が完成するまでのそれぞれの供述の絡み合いについて検討してみよう。

平成12年5月29日、武は、東秩父の別荘で「佐藤さんに関する真剣な話」が行われたとして、次のように供述している。

私、八木さん、川村さん、鹿野さん、アナリエと一緒のサンパレスに行きました。サンパレスから帰ってきて、レオで働きました。レオは、午前4時ころまで営業し、その後私は、八木さんから誘われて東秩父の別荘に行きました。別荘に一緒に行った記憶があるのは、私と八木さんとアナリエと考子さん。別荘で私が覚えているのは、八木さんが私とアナリエと考子さんがいる前で、なにやら真剣な顔でアナリエに佐藤さんの話をしていたことでした。タバコを吸おうと立ち上がったら、八木さんに怒られました。私は、その後、八木さんの話を聞いたのですが、今ここでその話の内容を思い出せません。佐藤さんに関する真剣な話だったということは記憶にあります。(武H12/5/29検察官調書)

この時点では、武は、別荘で「佐藤さんに関する真剣な話」が行われたというだけで、具体的に何が話し合われたのかについて、全く触れていない。佐藤殺害に関する謀議がそこで行われたとも述べていないし、まして、アリバイ工作のためにニチイに買物に行き、レシートをもらう打ち合わせをしたなどとも述べていない。しかも、武は、この話を、ディナーショーの後の出来事、つまり、平成7年6月4日未明の出来事として語っているのである。

その後、平成12年8月1日、考子が、突然、上申書の中で次のように語る。

[6月1日別荘謀議の場面]八木が「昼間のうちに出かけてアリバイを作っておけ」とまみとアンナに話しました。(考子H12/8/1上申書)

これが、別荘謀議の中で、アリバイのためにニチイで買物をしてレシートをとっておくという話題が出たという供述の原型になっていると考えられる。これをきっかけに、まず、考子の供述が完成する。

捜査官がとった考子に対する取調べ方法は次のとおりである。
平成12年5月31日から7月31日までの間、考子に関しては、供述調書も上申書も作成されていない。しかし、この間、全く取調べが行われていなかったわけではなく、考子の証言によると、この間もずっと警察官による取調べがあったということである。そして、その内容は、佐藤修一に関する事件のことであったということである。このような2ヶ月間を経て、8月1日から8月30日までの間、集中的に上申書 が作成される。この間に作成された上申書は14通にものぼる。そして、今度は、9月8日から9月26日までの間、警察官による取調べが行われる。この間に作成された供述調書は7通である。そして、10月3日から10月16日までの期間は、再び集中的に上申書が作成される。この間に作成された上申書は5通である。そして、10月20日以降、警察官、検察官による取調べが行われ、考子の供述が完成する。

平成12年5月31日から7月31日までの間の警察官による取調べの中で、考子は、6月1日の別荘謀議において八木が「昼間のうちに出かけてアリバイを作っておけ」と話したと供述したと考えられる。この供述はすんなり出たとは考えにくい。もし、この点について考子がすんなりと話したのであれば、すでに、7月31日より前の段階で、それに関する考子の供述調書が作成されていることだろう。5月31日から7月31日までの2ヶ月間、連日、佐藤事件に関する取調べが行われたにもかかわらず、供述調書が作られていないという事実は、考子が捜査官の期待するような供述をしていないことをよく現している。

捜査官としては、八木、武、考子、アナリエの4人を佐藤殺害の共犯者と見ているわけだから、この4人の間で何らかの謀議があったと考えるはずである。そして、これも捜査官の見立てでは、完全犯罪のための謀議なのだから、謀議の中でアリバイ工作の話が出て当然だと考えるだろう。おそらく、捜査官は、この2ヶ月の間に、このような先入観に基づいて考子の取調べを行ったはずである。考子は、最初は訳がわからなかったと思うが、長期間の取調べが続く中で次第にこのような捜査官に迎合してしまい、八木が「昼間のうちにでかけてアリバイを作っておけ」と話したと供述したのである。これを元に、8月1日の上申書が作成された。

この上申書を受けて、9月8日から9月26日まで警察官による取調べが集中的に行われた際に、この点についての考子の供述調書が作成される。

八木は「いつもこのメンバーでいたってしょうがない。個人個人それなりのアリバイを作らなくちゃならない。ターはいいや。昼間アピタに行ってるんだし。アンナは奥さんだし、多分何かと調べられるだろうから、しっかりしなくちゃならない。」と話しました。(考子H12/9/12警察官調書)

この調書は、6月1日別荘謀議全体について詳細に語られているものであるが、アリバイ計画の部分については、この引用部分だけしか語られていない。「ニチイ」、「レシート」という言葉はもちろん、買物のことすら語られていない。

捜査官は、これだけでは満足しなかった。もっと具体的な供述が欲しかった。具体的な供述が得られれば、それを元に、法廷で具体的な証言をさせることができ、そのことは、「具体的かつ詳細であり、迫真性に富んでおり、信用性が高い」などとして、裁判所から非常に高い評価を受けるからである 。そこで、捜査官は、再度、考子に上申書を書かせる。これが、10月3日から10月16日までの期間のことである。

平成7年6月3日、佐藤修一を殺した日の夜、レオの店で八木とマミが話をしたとき、そばで私はその会話を聞いていたので、そのときのことを話します。マミは「午後アンナと2人でニチイに行って、昼を食べ、化粧品屋に寄った」と話したのです。マミはいつもカネボウの化粧品を使っていたのです 。(考子H12/10/3上申書)

ここで「ニチイ」という言葉が初めて登場する。ただし、6月1日の別荘での話しとしてではなく、6月3日の八木と武の間のごくありふれた会話を立ち聞きしただけであるという点に注意して欲しい。5年も前のこのような会話を覚えている人など、本当にいるのだろうか。
この上申書を受けて、警察官調書が作成される。

[6月1日別荘謀議について]八木は、「とりあえず、アンナもマミちゃんといるしかない。昼間は2人で行動しろ。あくまでも1日マミちゃんと一緒にいろ。ちょうどディナーショーが入ったから、夜はそのまま店に行っちゃうから大丈夫だと思うけど、昼間は確実にいなかったというのを作らなくちゃならないから、買ったもののレシートを取っておかなくちゃならない。レシートには時間が書いてあるから」と話しました。(考子H12/10/20警察官調書)

ここで、「レシート」という言葉が初めて登場する。また、10月3日の上申書では、6月3日にニチイで化粧品屋に寄ったとして語られていたも
のが、ここでは、6月1日にそのような謀議があったものとして語られている。つまり、10月3日の時点からさらに供述が進化しているのである。

そして、考子の供述は、10月23日、11月2日の検察官による取調べを経て、次のような形で完成する。

八木「アンナとマミは自分たちでアリバイを考えろ」
八木の指示に答えてマミは「私とアンナはニチイで買物するよ」と言いました。私はこれを聞いてアナリエとマミがディナーショーに行く前に2人でニチイに買い物に行き、それをアリバイにするのだと思いました。
***
また、八木は、「マミとアンナが買い物に行くならレシートをもらっておけ。レシートには時間が書かれてあるから」と言いました。買い物の時間を証拠に残しておくことで、この時間は、ニチイで買い物をしたので、佐藤さんを殺せませんというアリバイに使おうとしているのだと思いました。(考子H12/10/23検察官調書)

八木は、「ディナーショーに行く前にアリバイを作っておけ」と言いました。
マミは、八木のアリバイの指示に答えて「私とアンナはニチイで買い物をするよ」と言い、その後、「化粧品がなくなったから買わなくちゃ。いつもそこで買ってるんだよね」と言いました。
***
また、八木は別荘で「マミとアンナが買い物に行くならレシートを忘れずにもらっておけ」と言いました。レシートを証拠に残しておくことで、ニチイでの買い物をきちんとしたアリバイに使おうと思っているのだと思いました。誰も八木のアイディアに反対しませんでした。もっぱら八木1人がしゃべって、時折マミが質問したり確認したりする程度でした。(考子H12/11/2検察官調書)

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このようにして完成した考子の供述は、まず、武にぶつけられる。武ノートによると、初めて武にぶつけられたのは、11月1日のようである。

今日は鈴木さんの調べだ。
東松山の取調べ室がいっぱいなので、本庄署で調べだった。
刑事の調べ。
☆ 6月3日の当日のアリバイのこと
・ ニチイの買い物について
行ったことはまだ思い出さないけど、そのアリバイの話をしたのは覚えている。
・ レシートの話は、6月1日の別荘の前に、八木さんと2人で話した時に、私が、
「買い物に行ってもレシートがないとアリバイの意味がない」
「レシートには日付が入っているから。」
と言った。だから、別荘で八木さんは
「レシートをとっておけ」
と言ったのだと思う。(武ノート5冊目:11/1)

武は、この時点では、ニチイに行ったことを思い出していない。別荘で八木が「レシートをとっておけ」と言ったことについても、そうだと「思う」というだけである。
翌11月2日になっても、武は、なかなか思い出せない。11月2日の武ノートには次のような記載がある。

思い出すこと
☆ 別荘での話し→6月1日に、八木、考子、アンナ、私の4人で行った時の八木さんの話し(武ノート5冊目:11/2)

武は、自らに、6月1日の別荘での八木の話を思い出すという宿題を課したようである。しかし、11月5日になっても、武は、なかなか詳細を思い出せない。十分に思い出せない状態のまま、とりあえず、警察官が調書を作った。

[別荘謀議の何日か前、私の家で八木と2人だけのとき]八木さんから「昼間のアリバイで買い物か何か行ってこい」と言われたとき、私が「ただ買い物に行っただけだとアリバイにはなんないよ。レシートをもらわなきゃだよ。レシートには日付が入ってるから。その日に行ったということになるでしょ。」というように話した記憶があるのです。そして、その後の別荘で、4人で話したときも、八木がみんなに「昼間、買い物でもしてレシートをとっておけ」という話をしているのです。
私の家だったか別荘だったかはっきりしないが、レシートのことに関連して、八木から「アンナを連れて行けえな」と言われて、当日の昼間の時間帯に、アンナと一緒に行動をして、買い物でもしてレシートをアリバイのために残しておくように指示された覚えがあるのです。そんな覚えがあって、当日の昼間の時間帯からアンナと一緒に行動していて、どこかでその日のレシートを手に入れるために、何かしら買い物をしたような思いがあるのです。(武H12/11/5警察官調書)

考子の供述をぶつけられた武は、この時点でもまだ、「というように話した記憶があるのです」、「指示された覚えがあるのです」、「何かしら買物をしたような思いがあるのです」などと、極めて遠慮がちに思い出しているにすぎない。法廷における武の堂々たる証言態度からすると、信じられないような供述である。このような遠慮がちな態度は、11月19日の時点でも同様である。

佐藤さんを殺した当日の昼間の行動についても、事前の計画で、八木さんから「ニチイにアンナと一緒に買物に行け。レシートをもらってとっておけ。」等と言われた覚えがありますし、事件後、実際に当日のレシートを八木さんに見せている記憶もうっすらと残っていますから、当日、私とアンナでニチイに行って、何かの買物をしていると思うのですが、そのときの詳しい行動までは思い出しません。(武H12/11/19警察官調書)

あまりよく思い出せなかったので、武は、捜査官から宿題を出される。

宿題
☆別荘の相談の事(武ノート7冊目:11/19)

考子の供述は、アナリエにもぶつけられている。ここで、それをぶつけられたアナリエの供述について述べてみる。

前述のとおり、考子の供述は、11月2日に完成する。アナリエについては、11月6日から11月18日にかけて集中的に上申書が作られている期間がある。その中の11月8日の上申書で、6月1日に別荘へ行ったという話しが登場するが、この時点では、「ニチイ」とか「買物」の話は一切登場しない。

6月1日別荘へ行きました。そこで話したのは、6月3日にディナーショーに行く、別荘へ行く、という話しです。(アナリエH12/11/8上申書)

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11月16日の警察官による取調べの中で、ようやく、「買物」の話が登場する。

その日、つまり6月3日は、すでに私とマミで昼間買い物に出かけることになっていたのです。(アナリエH12/11/16警察官調書)

その後も捜査官は、考子の供述をぶつけてみたが、アナリエの供述は、全く進化しなかった。11月18日の時点で、アナリエは次のように話しているだけである。

今後は嘘をつこうという気持ちはありませんが、まだまだ思いださないこともありますので、聞かれたことについては、当時のことをよく思い出して正直に答えたいと思います。
あとマスターが言ったことは、「昼間はアンナひとりでいないで、マミとアンナで買物に行け」ということです。
マミとアンナで買物に行けというのは、私はしょっちゅうマスターの言うことを聞かないので、マミを付けておけば安心だと思ってそう言ったと思います。(アナリエH12/11/18警察官調書)

考子の供述によると、武とアナリエがニチイに行って買い物をして、そこでレシートをもらって取っておくということは、アリバイ工作として位置づけられているのであるが、アナリエは、八木から、昼間、武と一緒に買い物に行けと言われたと供述するものの、その意味については、アリバイ工作とは全く別の意味に理解しているようである。

捜査官側は、これではらちがあかないと考え、警察官による取調べをあきらめ、検察官がアナリエを取り調べることになった。ここで、アナリエは、検察官に一喝されたのであろう。11月19日、検察官によって、「もう嘘は言いません」という供述調書が作成された。それをきっかけに、アナリエは、別荘謀議に関し、ようやく詳細な供述を始めた。

八木さんは、「アンナは、3日の昼間アパートで待っててどこも行かないで。それからまみちゃんと一緒に買い物に行って、その後アパートに行ってあんぱんを食べさせて」とも言いました。八木さんがこのようにまみちゃんと一緒に行動するように命じた理由は、私が思うに、八木さんは、まみちゃんがあんぱんを食べさせる時に私が渡辺アパートにいないと困ると思ったからだと思いました。
***
そして、6月3日当日の昼間、私は、東秩父で八木さんに指示されたことに従って、渡辺荘でおとなしくしており、その後迎えに来てくれたまみちゃんとニチイに買い物に行き、まみちゃんが私を佐藤さんがいる渡辺アパートに送ってくれました。(アナリエH12/11/20検察官調書)

ここで、アナリエの供述が一応完成した。ただし、アナリエの供述の中には、レシートの話は全く出てこない。

アナリエの供述は一応完成したが、まだ、武の供述が完成していない。今度は、アナリエの供述が武にぶつけられた。それまで、遠慮がちな表現に終始していた武の供述が、11月28日、一気に進化する。

また、別荘での打ち合わせで、「当日の昼間は、私とアンナで一緒に行動して、ニチイで買い物でもして、レシートをとっておけ」等という話も確かにされていたので、どの売り場で何を買ったのかまでは思い出しませんが、八木さんから指示されたことですし、私がそれに反する行動をとることはありませんから、当日の昼間は、私とアンナが一緒に行動してニチイに行っていることは間違いありません。そして、ニチイで何かを買ったレシートをとっておいて、八木さんに見せた覚えもあるのです。(武H12/11/28警察官調書)

別荘謀議で「ニチイ」、「レシート」の話が出たという記憶が「確か」なものになった。さらに、11月19日の時点では、レシートを八木に見せたという記憶がうっすらと残っているにすぎなかったものが、「見せた覚えもあるのです」というレベルに達している。

ただし、この時点では、まだニチイで何を買ったかについては思い出していない。そこで、考子の供述がアナリエにぶつけられた。アナリエは、12月6日、次のように供述する。

[6月3日のことについて]今思い出したのですが、ニチイに行った時マミが一階にあった化粧品売り場で何かの化粧品を買ったのです。ここで、コスモで買った洋服について説明しておきます。(アナリエH12/12/6警察官調書)

アナリエにぶつけられたのは、11月2日の考子の供述であろう。アナリエは、いとも簡単に、武が「化粧品」を買ったことを「思い出した」。

そして、考子、アナリエの供述が、再び武にぶつけられる。武は、12月10日、検察官の取調べにおいて、次のように供述する。

そして、私とアナリエはニチイに行き、買い物をしました。私は、化粧品屋に立ち寄った記憶があります。他にも買い物をしながらぶらぶらし、買い物のレシートを受け取りました。(武H12/12/10検察官調書)

武は、ついに、ニチイで化粧品を買ったことまで思い出した。そして、翌12月11日に詳細な供述をし、別荘謀議に関する武の供述が完成する。

[別荘謀議以前]八木は、「マミは、アンナと一緒に買い物にでも行け」と言いました。私は、「買い物にただ行っただけではアリバイにはならないんじゃないの。レシートか何かないと意味ないんじゃないの」と言いました。すると、八木は「じゃあ、レシートを取っておけ」と言いました。
***
[6月1日別荘謀議]また、八木は「マミとアンナは、ニチイに一緒に買い物に行け。レシートを取っておけ」と言い、アナリエに、「わかったか。わかったらもう一度言ってみろ」と言いました。アナリエは、「私は、マミと一緒にニチイに買い物に行けばいいんでしょ」と返していました。(武H12/12/11検察官調書)

捜査官は、このような努力をして、3人の供述を一致させて、3人は、それをもとに法廷で証言しただけのことである。3人の証言が一致するのは当たり前だ。

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