第8章 絡み合う3本の糸

 

この裁判においては、八木の「共犯者」とされる武まゆみ、森田考子、アナリエ・サトウ・カワムラがそれぞれ証言した。いずれも、八木やその「共犯者」らが共謀して佐藤修一を殺害したという内容であった。判決は、八木が有罪であることの根拠として、これら「共犯者」3名の証言が非常によく合致しているという点を指摘して、こう言っている。

これら3名の証言する内容は、基本的な筋道においてよく合致しているばかりか、例えば、次のように、本件の骨格をなすとみられる重要な場面における一見極めて些細と思われる部分においても、相互によく符合している。

一般的には、あるひとつの出来事を体験した複数の人が、それぞれ、その出来事を振り返って語った場合に、そのそれぞれが語った内容が一致したとすれば、その語った内容のとおりの事実が実際にあったと考えてよいだろう。しかし、こう考えてよいのは、その人たち同士の間で、事前に何の打ち合せもしないままにそれが語られた場合だけではないだろうか。

その人たちが、事前に打ち合わせをしていたとしたらどうだろう。その人たちが、意図的に口裏を合わせようと打ち合わせをした場合はもちろんだが、そうではなくて、例えば、自分の記憶に自信がない部分について他の人に尋ねたりした場合であったとしても、事前の打ち合わせがあれば、この人たちの語る内容は一致してしまうだろう。このような場合でも、この人たちの語る内容が最終的に一致したというだけで、その内容のとおりの事実があったと考えることはできないだろう。常識のある人なら、誰でもそう思うはずだ。

武、考子、アナリエの証言の評価の仕方についても、これとよく似ている。仮に、武、考子、アナリエの証言が、事前に何の打ち合せもなしに、ストレートに法廷で語られたものだとしたら、その証言内容が一致していれば、その一致している部分については、そのような事実が実際にあったと考えてよいだろう。

しかし、この裁判では、そのような形で証言がなされたわけではない。もちろん、武、考子、アナリエは、逮捕された後、それぞれ別の場所に留置されていたわけだから、事前に彼女たちの間で直接の打ち合わせがなされていたわけではないのだが、実は、直接の打ち合わせ以上に強力な「打ち合わせ」がなされていたのである。

この事件では、八木は一貫して否認を続けているわけだから、八木の自白は期待できない。しかし、八木を有罪にしたい捜査官としては、どうしても、八木の有罪を指し示す証拠が欲しい。捜査官がとれる一番手っ取り早い方法は、「共犯者」とされる女性たちから、八木の有罪を指し示す供述を引き出すことである。

ただ、ここで、問題になるのは、八木の「共犯者」と疑われているのが1人ではなく、3人であるということである。「共犯者」とされるのが1人であれば、その1人から、「八木と共謀して佐藤を殺した」という供述を引き出せば足りる。極端に言えば、謀議の状況だとか、殺害時の状況、殺害後の状況などの細かい点は、どんなものでもよい。

しかし、「共犯者」とされるのが3人という複数になると、単にそれぞれから「八木と共謀して佐藤を殺した」という供述が引き出されるだけでは足りない。仮に、3人の供述において、「八木と共謀して佐藤を殺した」という点が一致したとしても、共謀の状況、殺害の状況などの詳細が一致していなかったらどうなるだろうか。裁判になった場合には、3人の言うことは信用できないと考えるだろう。それでは、捜査官は困る。だから、捜査官は、3人の供述が一致するような形で、彼女たち3人の取調べを進めてゆかなければならないのである。

捜査官は、そのような意図をもって彼女たちの取り調べをするわけだから、当然、彼女たち3人が直接に打ち合わせをする以上に、3人の供述を一致させようとする強い力が働くことになる。具体的には、武が取調べで語ったことは、捜査官を通じて、考子やアナリエの取調べの際に彼女たちに伝えられ、同様に、考子が語ったことは武やアナリエに、アナリエが語ったことは武や考子に伝えられる。そして、武が語ったことを捜査官から伝え聞いて、その上で考子やアナリエが語ったことは、再び捜査官を通じて武にフィードバックされ、それをもとに、改めて武が供述する。この過程を通じて、武の供述はどんどん進化してゆく。考子やアナリエの供述も、同じような形で進化してゆく。

彼女たち3人の供述は、それぞれ初めは1本の細い糸に過ぎなかった。しかし、長期間にわたる取調べの中で、その細い糸は、徐々に他の2本の糸(他の2人の供述)と絡み合いながら伸びてゆく。そして、最終的には、3本の糸が複雑に絡み合いながら、1本の太い糸が完成する。この完成した太い糸は、初めの細い糸とは全く別の糸である。武、考子、アナリエは、このようにして絡み合って作り上げられた糸=供述を前提として証言するわけだから、その証言内容が一致したとしても、簡単に、その一致した部分に相当する事実が存在したなどとは言えないだろう。判決は、このような取調べ状況を全く無視して、彼女たち3人の証言が単に表面上一致しているというだけで、そのことを八木有罪の根拠にしているのである。無邪気なものである。

さらに、判決のずるいところは、たまたま3人の証言が一致しているところをことさらに取り上げて、あたかも、3人の証言が全体的にぴたりと一致しているかのように述べ、それを八木が有罪であることの根拠としている点である。実際には、3人の証言は、一致していない部分の方が多い。しかも、3人の証言の中には、同じ事実を体験したとしたら絶対にありえないような不一致も見られるのである。このことは、裁判の中でわれわれが強く主張した点であるが、判決は、これを無視するか、あるいは、理由とも言えないような理由をつけて、「不一致ではない」と言い張るだけなのである。

本章では、まず、判決が「本件の骨格をなすとみられる重要な場面における一見極めて些細と思われる部分においても、相互によく符合している。」として挙げている具体例について、武、考子、アナリエの供述調書や武ノートをもとに、それぞれの供述の絡み合い方を具体的に検討する。次に、裁判の中でわれわれが主張した3人の証言の不一致についての裁判所の判断が、いかにおかしなものであるかを述べることとする。

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