第7章 アナリエ・サトウの証言

 

実際の体験ではありえないー法医学鑑定との矛盾

 

アナリエの証言どおりに行動することができない場面がある。これは、証言が、現実の体験でなく空想であるためだ。

アナリエは、検察官の質問に答えて、佐藤の死体に革ジャンなどの服を着せた話を披露した。この場面は、殺害を終えてディナーショーからも戻り、最後の仕上げに利根川に捨てに行くために、衣類を整えるという重要な場面である。証言の内容は、詳細であり、まるで経験してきたような臨場感のあるものだ。すなわち、アナリエは、平成7年6月3日、八木、武と渡辺荘に行き、まず八木が佐藤の革ジャンパーの袖口をハサミで切り、次いで死体の上半身を起こしてワイシャツを着せようとしたが、死体の腕が硬くてシャツの袖を通すことができなかったのでシャツを着せることを諦め、再び死体の上半身を起こして、直接佐藤の死体に革ジャンパーを着せることにした、ジャンパーは柔らかく、大きめだったので佐藤の両腕に革ジャンパーの袖を簡単に通すことができた、そして佐藤の死体にズボン、靴下を履かせ、最後にセーターを着せたと証言した。

しかし、供述が詳細であることは、供述の信用性を判断する上で、確実なものではない。別の類似の体験から推測して、詳細な供述をすることも可能である。信用性の判断は、詳細かどうかなどという主観的な基準ではなく、客観的事実、信用できる他の証拠と食い違うことがあるかないかという観点から検討すべきである。

われわれは、このアナリエ証言のおかしさを明らかにするために、関節が自在に動く等身大のマネキンを用意した。そして、反対尋問の際、法廷でアナリエに、佐藤さんに服を着せようとして、誰が何をやったのか、やってみて下さいと、注文した。すると、アナリエは、既に硬直の始まった佐藤の死体の上半身を約120度ないし約100度まで起こし、左腕を伸ばしたままやや上に上げた状態で革ジャンパーの左袖を肩口まで通した。引き続き、右腕に革ジャンパーの右袖を通したと証言はしたが、実演は出来なかった。アナリエの説明のとおりでは、革ジャンに佐藤の腕を通すことが出来なかった。

 

写真7-1 革ジャンパーを着せる場面を証言するアナリエ(第50回証言調書)

写真7-1 革ジャンパーを着せる場面を証言するアナリエ(第50回証言調書)

 

 

死体には死後硬直がある。法医学者である大野教授の回答書によれば、アナリエの証言したやり方では、革ジャンパーを着せることはできない。アナリエは佐藤の革ジャンパーが結構大きく、柔らかかったと言うが、検察官が提出した写真から、革ジャンパーは佐藤の体型に適合していて特別に大きくはないことが分かる。また、生前佐藤は革ジャンパーを作業着の下に着ていたという証言がある(堀野敏和証言)。革ジャンパーが佐藤の体型に比べて特別に大きかったなどということはない。

硬直した死体の左腕に革ジャンパーの左袖を通した後にその右袖を右腕に通すことは、できない。

 

死体硬直についてはもう一つ問題がある。アナリエは武と同様、硬直した佐藤の死体の上半身を2度にわたって起こし、左腕を持ち上げるなどして佐藤の死体に革ジャンパー等を着せた後、八木、武とともに佐藤の死体を渡辺荘からワゴン車に運び入れたとし、そのときの佐藤の死体は、腰を真っ直ぐに伸ばした一直線の状態であったという。

 

写真7-2 アナリエの指示で死体の状態を再現したところ(第50回証言調書)

写真7-2 アナリエの指示で死体の状態を再現したところ(第50回証言調書)

 

 

しかし、大野教授の回答書には、はっきりとこう書かれている。

 

すでに腰部は約90度に前屈できるように硬直が解かれているわけであるから、その後に頭と足だけで持とうとすれば当然腰部が「く」の字に屈曲することとなる。硬直が完成した時点では再硬直は生じないか、かりに生じたとしてもごくわずかで、このように死体を持ち上げれば当然そのわずかな再硬直も直ちに緩解することとなろう。したがって、そのような持ち方では死体が一直線になって持ち上がることはないものと認められる。

 

したがって、ワイシャツや革ジャンパーを着せるために佐藤の死体の上半身を折り曲げて死体硬直を緩解したにもかかわらず、車に運び入れるときには佐藤の死体は「く」の字に曲がることもなかったという証言もまた、死体硬直に関する客観的現象とまったく相容れない。

 

われわれは、アナリエ証言の信用性を疑わせる大きな問題点としてこの死後硬直との矛盾について弁論したが、さいたま地裁はこの点について何の回答も示さなかった。

 
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