第6章 森田考子の証言

 

平成12年11月以降

 

武まゆみが渡辺荘事件の自白をはじめるのは平成12年10月24日である。森田考子の自白が武の自白の起点となったことは明らかである。しかし、武が佐久間検事のサポートのもとで記憶回復の作業に取り組み、その供述を精緻なものにしていくにつれて、全体のストーリーをリードする役目は武まゆみのものになっていく。11月中旬から12月にかけての考子の供述は、基本的な構造は既に磐石であるものの、細部において武まゆみの供述に合わせてより豊かなものとなっていくのである。

例えば、考子は11月10日付検察官調書で、細野荘事件のときに八木は武に「太っている根っこ」とか「太っている茎」と言っていたと供述した。それまでの供述は単に「植物の茎か根っこ」あるいは「カブトの茎か根っこ」というものであった。「太っている」という表現が武まゆみの供述(H12/9/26警察官調書、H12/11/4検察官調書)の影響を受けたものであることは明らかであろう。

考子は、当初は遺書の存在を知らなかったと言い、「空白の2ヶ月」を経た後に知っていたことを認めるようになったが、その後も、アナリエと一緒に捜索願を出しに行くときに初めて遺書の存在を知ったと述べていたのである(H12/11/2検察官調書)。ところが、11月15日の取調べでは、レオで八木が佐藤に「作詞書いてみな」などと言って遺書を書かせる場面を目撃したと供述した(H12/11/15警察官調書)[1]。この供述も武まゆみの供述に端を発している(H12/9/26警察官調書)。

そして、細野荘の八木発言は「植物の茎か根っこ」から「カブト」へ進化し、そこからさらに進んで「なんとかカブト」になる(H12/11/23検察官調書)。そうして、ついに、この細野荘事件のあとに、佐藤に飲ませていたペットボトル入りコーヒーの中に「トリカブトが入っている」と八木ははっきり言ったという供述がなされるに至るのである(H12/12/7警察官調書、H12/12/9検察官調書)。実に「佐藤は八木と武に何らかの形で殺された」という供述から253日目にして、考子は「トリカブト殺人」の物語を完成させたのである。
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