第6章 森田考子の証言

 

平成12年3月逮捕から5月末までの供述

 

平成12年3月24日考子は森田昭との偽装結婚の容疑で逮捕された。逮捕の当日には「二人の意思で結婚しましたので、偽装結婚をしたとは思っていません」と容疑を否認したが、警察官から「関さんはだましていないけど、市役所の人をだましたでしょう」と言われて、すぐに納得して、否認を撤回した(H12/3/24弁解録取書、考子第31回公判証言)。翌25日には「八木茂から保険金殺人の計画をいわれて森田昭さんと結婚をしました」という上申書を提出した。これ以降考子は全ての逮捕容疑を――最終的には起訴に至らなかった川村富士美殺人未遂事件も含めて[1]――全て一貫して認める供述をし続けるのである。

逮捕後日を追うごとに物語のディテールが豊かになっていった――と言っても八木や武の会話とその解説が中心であるが――が、「自白」の基本構造は変わらない――自分が保険金殺人の共犯者であることを断定しているにもかかわらず、殺人の実行行為にあたるような行為に彼女が関与したことはなく、また、誰がどのようにして森田を殺し、川村を殺そうとしたのか具体的な認識は何も語られないままであった。考子は八木の指示で森田を「アルコール漬けにして殺す」作業をしたと言うのだが、その実態は、月に1回~3回森田をマミーに誘って樹氷のロックを飲ませたというだけであり、「アルコール漬けで殺す」という彼女の表現が過剰なものであることは明らかである。

さてこの時期、佐藤修一の死について考子はどう供述していたのか。当時は八木の言いつけにしたがって「佐藤さんは自殺した」と嘘の話をしていたと、彼女は法廷で証言した(第32回公判証言)。しかし、この当時に作成された調書の記載を見る限り、この証言は事実ではない。考子は、偽装結婚による逮捕のわずか5日後には、佐藤修一の死も実は殺人だったという供述をするのである。

3月29日付検察官調書には次のような供述がある。

実をいうと私は、以前亡くなった佐藤修一さんの生命保険の一部を分け前として受け取ったことがあり、その時から八木や武まゆみは佐藤修一さんを何らかの形で殺しておいて保険金を騙し取ったのではないかと内心疑っていたので、関さんを殺して保険金を騙し取るという八木の本心を察したとき、自分なりに「やっぱり八木は保険金殺人をしていたんだ。関さんも同じように殺すんだ」とそれまでの疑いが晴れたというか、妙に納得できた気持ちになりました。

こう述べたうえで、考子は、佐藤修一が行方不明になった後自転車置き場を捜索した話やタクシー運転手に佐藤のことを聞いて回ったことなどを詳細に述べている。それが「探す振りだった」などとは一言も言っていない。考子は「八木や武まゆみは佐藤修一さんを何らかの形で殺した」と述べ、自分も彼の生命保険金の一部を貰ったことまで述べるのであるが、彼女自身が保険金殺人に関与したことをうかがわせるような供述はまったくしていない。それどころか、彼女は、佐藤の遺書があったことも知らなかったし、彼が生命保険に加入していることも八木に指摘されるまで知らなかったと言うのである。要するに、佐藤の死は「自殺」とされているが、それは嘘であり、本当は八木と武が彼を殺したのだ;しかし自分はその仲間ではなく、どのような方法で殺したのかは知らない、というのである。

同じ趣旨のことはその後も繰り返し語られる(H12/3/30警察官調書、H12/4/3検察官調書、H12/5/10警察官調書)。

もしも、佐藤殺害の謀議に参加し殺害現場に横たわる彼の死体を目撃したという考子の法廷証言が真実であり、かつ、彼女がその記憶を途切れることなく持ちつづけていたのだとすれば、彼女は偽装結婚による逮捕から4ヶ月間以上にわたって嘘をつき通したことなる。逮捕もされずに警察に呼び出されただけで「もうだめだ」と観念して森田や川村に対する殺人を自供した考子の姿からは想像もつかないことである。それだけではない。同じ嘘をつくならば、ずっと簡単な方法があった。すなわち「佐藤は自殺だった」と言えば良い。八木にそう言うように指示されていたというならなおさらである。そうであるにもかかわらず、彼女はあえて、まだ警察も「疑惑」以上のものを持ち合わせていない第3の保険金殺人――佐藤修一に対する保険金殺人――が存在することを示し、その犯人は八木茂と武まゆみであると名指ししたことになる。しかも彼女は自分も謀議に参加した共犯者であることを知っていながら、わざわざ他の共犯者の名前をあげたことになる。これはありえる想定だろうか。

[1]  森田昭殺人事件と川村富士美殺人未遂事件とに対する考子の認識の程度はほとんど異ならない。考子の「自白」によれば、いずれについても、八木の指示で武やアナリエが何らかの薬物を与えていたと「思う」というだけである。いずれの事件についても具体的な殺害方法について考子は何も知らず、目撃したこともないという。両事件の唯一の違いは、考子が森田とは婚姻届を出していたというだけであるが、これだけで「殺人の共同正犯」になるいわれはない。いずれにしても、検察官が不起訴とした事件ですら「殺しました」と言ってしまうところが、森田考子という人の性格を如実に示しているように思える。

 

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