第6章 森田考子の証言

4 偽りの記憶

 

考子は武まゆみのような獄中日記をつけていなかった。だから、取調室の中で捜査官とどのようなやり取りがなされたのかを逐一物語ることはできない。また、取調べ中のどの時期にどのような記憶が現れ、それがその後どのように変貌を遂げたのかを正確にフォローすることもできない。冒頭に述べたように、われわれに与えられているのは、膨大な量の供述調書と考子自身の証言だけである。

しかしながら、これらの資料を検討すればするほど、渡辺荘事件に関する考子の供述の経過が、武ノートや武の平成13年証言が語る供述の経過と非常によく似ていることが分かってくるのである。

考子は武のように捜査官の追及に抵抗する姿勢を示すことはほとんどなく、むしろ、捜査官の認識以上のことを進んで語る。もっと言えば、彼女は自分の体験した断片的な事実に推測を交えてよりまとまりのある一貫した物語を語る傾向をもっている。だから、捜査官は彼女の供述を引き出すために、死刑の威嚇を加えたり、量刑約束をする必要はなかったであろう。この点は武まゆみの場合と大きく異なるところである。

しかし、そのことは考子に対する取調べの圧力が小さかったことを意味するのではない。むしろ、武まゆみやアナリエが捜査官に強く抵抗しつづけたことで、捜査官による供述獲得の努力は考子ひとりに集中することになったのである。そして、先に指摘した「捜査官の認識以上のことを進んで語る」「事実に推測を交えて語る」彼女の性格が、よりいっそう強い取調べの圧力を彼女自身に引き寄せてしまったのである。

風邪薬事件の捜査が終わり、佐藤修一のことを集中的に調べられるようになってからは、取調室の中で黙っていることが多くなった;何日間にもわたって朝から晩まで取調室で捜査官と向き合って座り、時々捜査官が「何か思い出したことはないか」と声をかける;その間、刑事が声をかけるのは一日に3、4回ぐらいであった、と考子は証言している(第34回公判証言)。これはとても大きな圧力である。考子は「私のほうが思い出さないのは悪いような気がする時もありました」と述懐している(第32回公判証言)。

そうしているうちに、会話の断片がバラバラに順不同に現れる。

いろんなことが会話の中で,ごっちゃ混ぜに,いろんな言葉が出てきているんですよ。「押さえろ。」だの,「どのぐらい入れたの。」とか。全部,順番はバラバラでした(同前)。

 

房に入ったときに突然思い出したり、夢に見て思い出すこともあった(同前)。そうした夢は数え切れないくらい見た(第34回公判証言)。そして、このバラバラな音声の断片がいつ・どこでの会話だったのかは後から徐々に整理されるのである。まさにそれは「川に捨てたガラスのかけらを一つずつ拾い集めるように時間をかけて思い出していった」というものなのだ(同前)。

 

公判において、われわれは記憶というものが移ろいやすいものであるのみならず、さほど手の込んだことをしなくとも捏造されるものであることを様々な文献を提出して示した。とくに、1980年代以降アメリカ中を席巻した「記憶回復セラピー」による偽りの記憶の問題に関する最新の知見を紹介した。偽りの記憶は心理カウンセリングの場でのみ生じる現象ではなく、被疑者取調べの現場でも古くから指摘されていることを文献で示した。そして、仲真紀子の鑑定書と証言を通じて、この現象が武まゆみの渡辺荘事件の供述に現れていることを立証したのである。

これが武まゆみだけに生じた現象ではないことは明らかである。森田考子の渡辺荘事件の記憶も「偽りの記憶」である。彼女の膨大な量の調書と彼女の法廷証言の端々にそれは如実に現れているのである。

読者の中には、そんなに簡単に「偽りの記憶」が植え付けられるのかという疑問を抱かれる方もいると思う。しかし、「偽りの記憶」という現象はそれほど特異な現象ではない。筆者の一人山本宜成の体験を紹介しよう。

10年ちょっと前、山本は初めて海外に行くことになった。旅行代理店がビザ取得手続のために必要だというので、パスポートを預けた。ところが、出発当日成田空港で搭乗手続をしようとした際、パスポートの提示を求められた。その時、彼はパスポートを持っていなかった。パスポートは旅行代理店に預けたままで、出発当日に空港で返してもらえるものと思っていたのだ。他の同行者はパスポートを提示して次々と搭乗手続を進めている。空港に来ると思っていた旅行代理店の担当者はいない。慌てて旅行代理店に電話したところ、担当者はまだ出勤していないと言う。そして預かったパスポートは返却済みのはずだと言う。同行者に聞くと、皆ずっと前にパスポートは返してもらったと言い、「お前が持ってくるのを忘れたに決まっている」と冷たい視線を彼に浴びせた。

山本は必死にパスポートの所在の記憶をたぐった。初めての海外旅行でトラブルになったという思いに加えて、手続のプロである旅行代理店が既にパスポートを返しているはずだと言い、自分以外の同行者は皆パスポートを持っているという現実が、大きなプレッシャーとなった。そうしているうちに、彼の脳裏に封筒から取り出した赤い装丁のパスポートが浮かんできて、それを机の一番上の鍵の付いた引き出しの中にしまう映像が鮮明に甦った。そして「しまった。やはり家に忘れてきたのだ」と確信した。

彼は同行者を見送る覚悟を決めるとともに、以後の旅行をキャンセルするために再度旅行代理店に電話した。すると、担当者が出て、彼のパスポートを返すのを忘れていたので、これから空港に届けると言うのだ。こうして彼は予定より2便遅れで離陸した。

それにしても、この時、彼の脳裏に鮮明に浮かんだ赤いパスポートと、それを机の引き出しの中にしまった映像は何だったのか。今思えば、これが彼の「偽りの記憶」体験だった。

山本の「偽りの記憶」は担当者が彼のパスポートを持っているという動かしがたい物的証拠によって払拭された。しかし、武まゆみや森田考子の渡辺荘事件の記憶を消し去るのは非常に難しいことだろう。けれども、いわゆる「リトラクター」の例があるのだから、絶対に不可能というわけではないだろう。われわれは、武や考子があの半年間の濃密な取調べを受ける前の精神状態に戻る日がいつか来るのではないかとという希望を捨ててはいない。

 

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