第6章 森田考子の証言

 

「襟首とベルト」

 

考子は、その後八木と武がいったん2人だけで出かけて30分から1時間ほどして戻ってきた;2人は「ジャンパー、襟首とベルトを持つと持ちやすい」と言っていた;そして、アナリエを連れて3人で出て行った;午前3時少し前に3人は戻った;そして八木は「マミはすげえよな」「襟首とベルトの部分を持って、物のように[佐藤の死体を]運んだ」と言った、と証言した(第29回公判証言)。

この「襟首とベルト」の話は平成12年9月12日の警察官調書を皮切りにその後もたびたび登場する(H12/10/21警察官調書、H12/10/29警察官調書、H12/11/4検察官調書)。

しかし、これもありえない話である。そのとき佐藤の死体はベルトを着用していないからである。発見された佐藤の死体はズボンを履いているがベルトはしていない(H11/7/22捜査報告書の添付写真)。武もアナリエも「佐藤のズボンにベルトを着けた」などとは供述していない。さらに言えば、彼女たちは、佐藤の襟首とベルトの部分を持って運んだとも述べていない。彼女らの証言は、八木が佐藤の頭の方をもち、武とアナリエが足を1本ずつ持ったというものである(武第6回公判証言、アナリエ第40回公判証言、同第51回公判証言)。要するに、「襟首とベルトの部分を持って、物のように運んだ」と3人のうちの誰かが発言する可能性は全然ない。

この証言も、考子の語る渡辺荘事件が事実ではなく、彼女の想念が生み出した産物に過ぎないものであることを示している。

 

「ヒモ」

 

考子は、渡辺荘に行ったとき、アナリエが紐を持っていて、彼女は八木の了解を得て、それをゴミ袋に捨てたと証言している(第29回公判証言)。法廷証言ではこの「紐」の意味は不明なままにされている。しかし、捜査段階の考子の供述を見ると、この紐は極めて特異な用途に用いられたものとして説明されているのである。考子が死体目撃供述を初めてした平成12年8月28日付の上申書にこうある。

アンナ「佐藤さんがあばれるんでまみがひもでしばったんだ、だけどひもどうするん、すてちゃっていいん」

八木「いいんだろう、もうまみも使わないだろうし。」

と言ったのです。(強調は引用者)

 

これ以降、暴れる佐藤を武またはアナリエが紐で縛ったというエピソードが繰り返し登場する(H12/9/12警察官調書、H12/10/16上申書、H12/10/21警察官調書、H12/10/22検察官調書)[1]。ところが、公判証言ではこの特異な供述がきれいさっぱりと消えてなくなるのである。

その意味は明白であろう。武もアナリエも、もだえ苦しむ佐藤を紐で縛ったとは証言していない。そのような事実があるならば、彼女らはその話しを鮮明に覚えていてそれを供述するだろう。武とアナリエの証言によれば、彼女らは現場で八木から「押さえろ」と言われたので、布団の上から佐藤を押さえた、その殺害現場には八木もいたと言うのだ。そうであるにもかかわらず、アナリエが「佐藤さんが暴れるんで紐で縛った」などと八木に説明するというのはとても変な話である。

要するに、アナリエが八木に「暴れる佐藤を紐で縛った」と発言することはいかなる観点からもありえないのである。考子の記憶が虚構であることがここでも示されているのである。

 

「佐藤さんは玄関にうつぶせで倒れていた」

 

考子の証言によると、当日レオにやってきた八木は「今,佐藤さんのところへ行ってきた。佐藤さんはもがいて,苦しんで,何かを取ろうとしたのか,もう死んでいた」「[部屋は]へどまみれになっていた」と言ったという(第29回公判証言)。

この部分も捜査段階の供述から改変されている。捜査段階の考子の供述はもっと具体的ですさまじいものであった――八木は「佐藤さんの様子を見に行ったら、部屋の中がヘドまみれになっていて、佐藤さんは玄関から入って戸が開いていて、部屋の入りぎわにうつぶせで、何かとろうとしたのか、外へ出ようとしたのか手をのばす様なかっこうで死んでいた」と言ったというのだ(H12/8/1上申書)。その後も同じ情景は繰り返し語られる(H12/9/12警察官調書、H12/10/22検察官調書)。この供述も公判証言で先に引用したように薄められた。その理由も明らかであろう。

武まゆみやアナリエの証言が真実だとすれば、佐藤修一は布団の上で掛け布団をかぶった状態で仰向けの姿勢でこと切れたのである。玄関の部屋の入り際で手を伸ばすような格好で死んだのではない。うつ伏せでもない。要するに、考子と武との間で「トリカブト殺人」のイメージが異なっているのである。

武にしても、考子にしても、トリカブト殺人の自白をした後で、その死様について虚偽を語る理由はない。そして、トリカブト殺人が実在したのであれば、2人のイメージがこれほどに異なることはあり得ない。要するに、2人の間で死のイメージが明白に食い違うということは、トリカブト殺人が存在しないことを証明しているのである。

 

[1]誰が佐藤を紐で縛ったのかについては供述に変動がある――8月28日は武、9月12日も武、10月16日はアナリエ、10月21日は不明、10月22日も不明。
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