第6章 森田考子の証言

 

森田考子はレオのホステスであり、八木茂の最も古い愛人であった。18歳で八木の愛人となった彼女は、34歳のときに八木との間に男の子をもうけた。八木の写真と「茂」の字を彫り込んだ木札をいつも財布の中に入れて持ち歩いていた。

証言台に立った彼女は、「恥ずかしくて[八木のことを子供に]話せません」「今の[八木は]本当に抜け殻です」と言って八木を批判した。そして、武まゆみの証言を裏付ける証言をした――平成7年6月1日八木の別荘での佐藤殺害謀議に参加し、6月3日に渡辺荘で佐藤の死体を目撃し、佐藤の死体を利根川に遺棄してきたという八木と武の会話を聞いた、と。しかし、それと同時に、考子は、それらの記憶は消えていた、川の中からガラスのかけらを拾い集めるようにして少しずつ思い出したのだとも証言した。

公判においてわれわれは、武まゆみだけではなく、森田考子の証言も「偽りの記憶」に基づくものであると主張した。しかし、判決は、死体を見た記憶が「消えていた」「渡辺荘の玄関から先は真っ暗だった」という彼女の証言は、記憶の欠如を意味するのではなく、恐ろしい記憶だったから「すんなりと供述できなかったという意味」だと言い、記憶の欠如という前提自体を否定した。この手法は武まゆみの平成14年証言を採り、「記憶にふたをしていた」という平成13年証言や膨大な武ノートの記述をあっさりと否定した手法と平仄を合わせるものであろう。

しかし、森田考子は、事件の記憶があるにもかかわらずそれを隠して、捜査の進展に合わせて事実を小出しにするというタイプの被疑者ではない。彼女は、捜査官の想定を超えて事実を積極的に話すだけではなく、事実の断片に想像を加えて物語るタイプの被疑者なのであって、記憶がありながら「すんなりと供述できない」というさいたま地裁判決の想定は彼女の実像から大きく離れる。

武やアナリエと違って、考子は全ての容疑を率先して供述したのである。しかし、佐藤修一のことについては――最初から「殺人だと思う」と供述していたにもかかわらず――その内容を語ることができなかった。しかし、数ヶ月間取調室の中で白川豊美刑事の助けを借りて「記憶回復」の作業を繰り返しているうちに、徐々に断片的な音声や映像を思い出すことができるようになり、それが最終的に「渡辺荘事件」の供述に結実したのである。その供述の現れ方は武まゆみの場合とほとんど瓜二つである。それは「偽りの記憶」に他ならない。
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