第5章 武証言のおかしさ

6 結論

 

一審の公判でわれわれは武の証言と客観的な証拠との矛盾やその不可思議な供述内容を多数指摘した。しかし、判決は、こういう「可能性」がある、ああいうことも「考えられる」、こう理解する「余地がある」と言って、われわれの主張を退けた。しかしこの論理は何かおかしい。刑事裁判では被告人の有罪を主張する側が証明責任を負うのである。八木が有罪だと考える裁判官の方が、武の証言が客観的な証拠によって間違いなく裏付けられていることを論証しなければならないのである。こういう「可能性」がある、ああいうことも「考えられる」と言って、無罪の可能性を主張するのはわれわれ弁護人の方である。裁判所はわれわれの指摘する可能性を封じ込める論証をしてはじめて被告人の有罪を認定することができる。これが刑事裁判の鉄則なのである。

さいたま地裁の裁判官は、武が語るトリカブト殺人のディテールのうち客観的に裏付けられていると言える事項を、結局何一つ指摘できなかった。われわれの指摘に対して「可能性」による反論を行ない、だから「矛盾はない」と言っているだけである。結局、裁判官は、八木を「有罪と考えることも可能である」と言っているに過ぎない。

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