第4章 捜査と公判の間

4 武証言の証拠能力

 

武の公判自白にはこのような「特段の事情」が認められるだろうか。

武が八木の法廷で証言をはじめたのは平成13年9月4日であり、一連の事件の起訴から9ヵ月余り経っている。そして、その当時武の身柄は東松山警察の留置場からさいたま拘置支所に移監されていた。

しかし、この移監の事実はこの事件では重要な意味を持たない。警察で違法な取調べを受けた被告人の場合は、警察の留置場から拘置所に身柄が移されることによって、警察の影響からある程度脱することができるということができるかもしれない。しかし、武の場合は、違法な取調べの主体は、警察官と言うよりも、検察官であった。東松山警察からさいたま地検までは車で1時間以上もかかるが、さいたま拘置支所はさいたま地検のすぐ裏にある。拘置所への移監によって、検察官はむしろ武への影響力を行使しやすくなったのである。

起訴から証言まで9ヵ月余り経過しているという点もさしたる意味を持たない。起訴後も武は佐久間検事と手紙をやり取りをしていたほか、武は平成13年夏ころからは「証人テスト」のために頻繁に拘置所で検事と面会した。そしてさらに、証言が始まると、検察官は夜間や休日も構わず武を訪問し、証言内容についてあれこれとアドバイスをしている。

八木の法廷には武の弁護人は立ち会わなかった。立ち会ったのは、佐久間検事と彼女の同僚で捜査中から武の顔見知りであった星検事である。第3章で見たように、武と佐久間との関係は捜査が終わった後も非常に緊密なものであった。さいたま地裁判決が指摘したように、公判の間中武と佐久間との間には「異様に緊密な状況」が続いていたのである。しかも、公判には佐久間もしばしば立会い、特に弁護人の反対尋問が始まってからはほとんど欠かさずに立会いを続けた。平成14年証言は佐久間自身の尋問に答えたものである。

この尋問に先だって、佐久間が武に証言変更を促したことは第3章で指摘した。法廷内で、検察官は、武の証言に介入し、答えの内容によって大きくうなずいたり顔をしかめたりした。さらに、異議に名を借りて証言のヒントを与えた。これも第3章で指摘したとおりである。

そしてさらに、佐久間は武に対して「[求刑は]裁判の進みを見て決める」と言ったり、「[法廷証言は]高野先生との戦いになる」などと言って、捜査段階の自白と同じ証言をすること、しかも、高野弁護士の反対尋問に屈せずに頑張ることが大切であると教え込んでいる。

要するに、武の証言は、佐久間検事の違法捜査の影響のまっただ中にあったと言えるのである。むしろ、武も佐久間も、取調べは法廷での証言の準備に過ぎず、法廷で捜査段階の供述を繰り返すことによって二人の仕事が完成することを明白に意識していたのである。

これまでの日本の刑事裁判の歴史の中で、これほどまでにある証人の法廷証言が捜査検事によって支配されてしまったことがあっただろうか。この事件の捜査と公判の間には非常に強い連続性があった。というより、法廷は佐久間検事の取調室と化してしまっていたのである。

武の証言が佐久間検事との共同作業によって生み出された「回復された偽りの記憶」に基づく証言であったことは第3章で詳論した。そこでも指摘したように、「偽りの記憶」を獲得した人は、その記憶が真実であることに強い確信を抱くのが特徴であり、なかなかそこから抜けだすことができない。捜査段階で獲得された「偽りの記憶」は、通常の任意性のない自白よりも遥かに強固に公判証言に影響を及ぼすのである。

90年代の後半以降、両親から性的虐待を受けたという記憶を甦らせた人がその後その記憶から抜け出し、「記憶回復セラピー」を施したセラピストを訴えるというケースが増えている。しかし、彼ら「リトラクター」と呼ばれる人たちが「偽りの記憶」の呪縛から回復するプロセスはさまざまであり、その仕組みもまだ十分に明らかにされたとは言えない状態である。共通しているのは、完全な信頼関係で結ばれていたセラピストからクライアントが離れ、ある程度の時間が経過して、自分の記憶を冷静に見つめなおす機会が得られたということである(False Memory Syndrome Foundation, website)。

武にはそのような機会が全くなかった。彼女はいわばセラピーを受けながら証言していたのである。

第3章で指摘したように、ニューハンプシャー州最高裁判所はこのようなプロセスによって生み出された証言の証拠能力を否定した。それは、「記憶回復セラピー」の科学性に疑問を投げかけ、それによって生み出された記憶が公判で証拠として採用できるほどの信頼性を備えていないことを裁判官が理解したからである。

佐久間検事は資格のあるセラピストですらない。彼女が行なった取調べが既に述べたように「記憶」の問題を持ち出すまでもなく違法極まりない捜査なのであり、この違法捜査によって武の「記憶」という証拠が獲得されたのである。したがって、武証言は違法に収集された証拠そのものなのである。

武証言は、自白法則に関するこれまでの判例法から見ても、また、違法収集証拠を排除する証拠法の原則から見ても、証拠能力は認められない。われわれはそう考える。

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