第4章 捜査と公判の間

 

2 武自白の証拠能力

 

武が風邪薬事件や渡辺荘事件を自白するに至った経過をもう一度おさらいしておこう。

彼女は平成12年3月24日に逮捕された。その日から5月30日までの60日余りの間、彼女は1日の休みも与えられずに毎日朝から晩まで取り調べを受けた。鈴木刑事や内藤検事から「このままでは死刑になる」「黙っていると裁判は10年も20年もかかる」と脅され続けた。武はそれでも1ヶ月間持ちこたえた。

4月23日に取調べ検事が佐久間佳枝に代わった。彼女は、有罪の証拠は既に十分揃っている、このままでは確実に死刑になる、このまま黙秘を続けるとかえって不利になり、裁判が長期化するなどと告げたうえで、「あなたを生きて帰したい」「あなたが話をすれば、八木も助かるかもしれない」と持ちかけた。

村木弁護士が無力であることを示すために、彼が過去に扱った事件で検事の求刑と裁判所の量刑がほとんど同じだったケースを教えてみたり、村木に「命の保証ができますか」と尋ねさせたりした。その結果、武は佐久間に反抗する気力を失い、自分と八木の命を救うために風邪薬事件を自白した。

その後捜査が一段落して、武は、佐藤修一が利根川に飛び込んで自殺したという話(「偽装自殺供述」)とともに、長期間にわたって彼にトリカブトを微量ずつ食べさせていたという話(「トリカブト衰弱死供述」)をし始めた。

これに対して、警察は自殺の話を全く受け付けずに「嘘発見器にかかるか」など脅したりした。しかし、武は供述を曲げなかった。ところが、10月24日に至って佐久間から「自殺」の話は殺人と同じである、佐藤がトリカブトで殺されたことは科学捜査の結果間違いのない事実であり、佐藤の死体を見た人もいる、八木は武が佐藤にトリカブト入りまんじゅうを無理矢理食べさせ、死体も1人で担いだと言っている、このままの供述を維持すると八木と同じ「否認扱い」になり死刑は免れないと告げられた。

この話にショックを受けた武は、平成7年6月3日に佐藤修一にトリカブトをいつもの2倍の量を入れたアンパンを食べさせたことを思い出した。しかし、事件の詳細はまったく思い出せなかった。そこで、佐久間は「1日中事件のことを考えなさい」「頭をフルに使いなさい」などと励ましたり、森田考子の供述を教えたりして、武を誘導して、12月中旬ころまでに、彼女は事件のあらましを思い出した。

読者はすでに、この経過の中にこれまでの判例に現れたさまざまな要素が含まれていることにお気づきだろう。そう、武まゆみに対する取調べは、これまで日本の判例に現れた違法な取調べのさまざまな手法を総ざらいしたようなものである。

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死刑・長期裁判の脅迫と量刑約束

 

黙秘権を行使する武を連日連夜取調室に連行して取り調べること、これ自体が憲法上の権利の甚だしい侵害である。だから、その後に武がした自白は全て証拠から排除されなければならない。われわれはそう考える。しかし、先に指摘したように、残念ながら現在の日本の裁判官がこの考え方を受け入れる可能性はほとんどない。だからわれわれは裁判でほかの問題を提起した。

黙秘したり否認する被疑者に対して、「このままでは死刑になる」とか「裁判が10年20年かかる」などと告げて自白を求めることは、「脅迫による取調べ」の典型である。この脅迫をしたうえで、佐久間は「あなたを生きて帰したい」「求刑に差をつける」「あなたが自白すれば八木も自白するかもしれない」「八木を助けられるのはあなたしかいない」などと告げた。これはいうまでもなく、自白すれば死刑を求刑しないという約束である。これほど明白な脅迫と約束による自白の例はほかにないと言っていいくらいである。

しかし、裁判官はそうではないと言う。判決はまず「[佐久間検事と量刑の話はしなかったという武の]公判廷における説明をたやすく信用することは困難であり、捜査段階において、日記の記載そのままではないにせよ、これに関連する量刑をテーマとした何らかの会話が検察官との間でなされた疑いは濃厚といわなければならない」という。
裁判所はこう言った上で、武が自白したのは、検事による死刑の威嚇や命を助けるという約束によるのではないという。裁判官は4月26日の武の日記を引用して、こう言う。

この記載からは,風邪薬事件の犯人である武が,否認を続けることと自白することとを天秤に掛けて,自白する道を選んだことが窺われるのであって,死刑に対する恐怖から,身に覚えのない犯罪を自白したものとは到底認められない(仮に身に覚えがないのであれば,「検事さんを信用して良かったんだよね」とか,「自白をして貰うための駆け引きじゃなかったんだよね」などという記載はしないであろう。)。

また,記載によれば,武は,自己の自白がきっかけとなって被告人にも罪を認めて反省してほしいとの動機から自白したものと認められるのであって,日記や武証言によって認められる平成12年4月当時の武の被告人に対する思い,心情等に照らせば,弁護人の主張するような引込みの危険があるとは考え難い。

要するに裁判官は、日記の記載から武を「風邪薬事件の犯人である」と決めてかかり、だからそれは死刑の恐怖から身に覚えのない犯罪を自白したのではないと言うのである。

判決は、武が「身に覚えのない」ことを自白したわけではない理由として、彼女が「検事さんを信用して良かったんだよね」とか,「自白をして貰うための駆け引きじゃなかったんだよね」と書いていることをあげている。

われわれにはこの論理が全然理解できない。この日武は風邪薬事件の自白を決意した。その直後にこの日記を書いたのである。佐久間から「あなたを生きて帰したい」「あなたが話をすれば、八木も助かるかもしれない」と言われて自白を決意したものの、まだ、当然不安が残っているだろう。検事は自白を得るために自分を騙したのかもしれない、と。だから、武は「検事さんを信用して良かったんだよね」「自白してもらうためのかけひきじゃなかったんだよね」と自問自答したのである。

武は佐久間から、「自白がなくても証拠は十分ある」「このままでは死刑になる」とさんざん言われていた。そのように言われ続けた武が佐久間から「自白すれば命は助かる」と言われれば、たとえ風邪薬事件の犯人でなくとも、自分と八木の命のために嘘の自白をすることは十分にありえるだろう。

武の自白の目的は、自分の命だけではなく、八木自身も自白させて、彼の命も救わなければならないというものである。だから、彼女は八木をも犯罪に巻き込む自白をしなければならない。武の自白はまさしく、共犯者による「引き込み」自白そのものなのである。

一般的な「引き込み自白」は、自分の罪を軽くするために他人を共犯者に仕立てるのであるが、武の場合は、自白によって自分の刑を軽くすると同時に、共犯者にも自分の真意を伝えて自白させて、その命をも救おうというのである。だから、武は自分の真意を八木に伝えるために、勾留理由開示公判で自白したうえ、自白の経過を綴ったノートを八木に見せようとしたのである。

さいたま地裁第2刑事部の裁判官のような裁判官にかかったら、脅迫による自白も約束による自白も、すべて「真犯人だから自白した」という説明で片付けられてしまうであろう。

およそ自白というものは「真犯人だから自白した」という説明が可能である。しかし、問題は、それ以外の説明も可能なのではないのかということである。真犯人でなくても、佐久間検事がしたような脅迫と約束によって自白してしまうことはあり得るのではないか、という問いに裁判所は答えなければならないの。この問いに対して「それはあり得ない」と言えたときに初めて武自白は証拠能力を認められるのである。

コモンローの歴史も戦後の日本の裁判の歴史も、この問いを巡る英知の積み重ねであった。武が犯人でなかったとしてもこの自白はあり得たのではないか――さいたま地裁第2刑事部の裁判官たちは、この人類多難の歴史と偉大な裁判官の英知が詰まった歴史的な問いに全く答えていない。

ところで、佐久間は、風邪薬事件のときにだけ、死刑の脅迫と死刑を求刑しないという約束をしたのではない。平成12年10月24日の取調べで、自殺供述を続ける武に対して「このままでは八木と同じ否認扱いになる(死刑になる)」と脅しをかけ、その後は渡辺荘事件を思い出して詳細な自白を完成させれば「大丈夫」と言っている。
ここでは、もはや八木の命を救うことは問題外である。武は八木と決別し、自分の命のために必死になって渡辺荘事件の詳細を思い出し、自白を続けるのである。この自白についても「真犯人だから」という「説明」は可能であろう。しかし、それでは問題を解決したことにはならない。武の立場に身を置いて、あなたはこう問わなければならない。真犯人でなくても命のために自白することはあり得ないか、と。あなたはこの問いに「ノー」と言えるか。

 

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偽計による自白

 

佐久間検事らが武に施した偽計は次の4つである――

① 風邪薬事件について、自白がなくても有罪の証拠は十分に揃っているという嘘
② トリカブトにより死亡したことが鑑定により明らかになったとの嘘
③ 犯行中の武を目撃した者がいるとの嘘
④ 八木が武一人でやったと供述しているとの嘘

 

どれひとつをとっても、とうてい許される取調べ方法ではなく、これまた「偽計による自白」の典型例と言って良い。裁判官たちは、このうち②から④について説明している。彼らの説明を聞こう。

まず②(科学捜査の結果間違いないという嘘)について、裁判所はこう説明する。

***本件では,科学捜査の結果によっても,佐藤の死因がトリカブト中毒によるものと一義的に明らかになっているわけではないことも考え併せると,検察官のこのような発言は穏当とはいえない面もあるが,発言内容は極めて概括的,抽象的なものであって,要するに科学捜査でかなりの事実が判明するとの一般論の範囲に属する見解を述べたものとみるべきであり,敢えて偽計を用いた取調べと非難すべきものとまで考える必要はないといえる。

 

裁判所は、佐久間が言ったことは「科学捜査でかなりの事実が判明するとの一般論」に過ぎないと言うのだ。裁判官たちは武の日記をちゃんと読んだのだろうか。日記をもう一度見てみよう。

みんなは,その日,ディナーショーに行く前に,トリカブトまんじゅうをあげてから,ディナーショーに行って,その後,死体を捨てに行った,ということらしい。私の記憶の中には,そんなことはなかったのに……。
でも科学捜査の結果はそうなんだって!!

 

どうしてこれが科学捜査を賞賛する「一般論」と言えるのだろうか。ディナーショーに行く前にトリカブトまんじゅうをあげて、その後死体を捨てに行った、そのことが――自分は記憶していないにもかかわらず――「科学捜査の結果」明らかにされた、武はそう理解しているのである。

佐久間も武がそう理解することを目的に「科学捜査」を口にしたのである。そのことに疑問の余地があるだろうか。

次は②(目撃者がいるとの嘘)である。裁判所はこう言う。

***武は,この部分は,取調べ検察官に対して,「佐藤さんのことを思い出したいので,何かヒントを下さい。」と頼んでみたところ,検察官から,別荘での共謀状況に関する森田の供述内容を聞かされたので,それを記載したというのであり,上記記載内容を精査しても,格別その証言に疑わしいところはないから,捜査官が犯行自体の目撃者がいるとの偽計を弄したものとは解されないし,武自身も,「それを聞いても全然ピンと来なかったので,森田供述は相手にしなかった」旨証言しているところである。

 

確かに武は、自分から「何かヒントを下さい」と言ったと証言した。佐久間が作った検察官調書にもそのような記述がある。しかし、この証言は信用できるだろうか。10月24日の武ノートには自分からヒントを求めたなどとは全く書かれていない。記憶にないことを佐久間に言われて衝撃を受けたことが書かれているだけである。

第3章で見たように、武は10月27日に鈴木刑事から「考子は死体を見ている」と告げられ、翌28日に佐久間検事から考子の話を詳細に告げられそれをメモしている。そこにも自分からヒントを求めたなどということは全く書かれていない。裁判所は都合のいいところだけ武の証言をつまみ食いしているのである。

しかし、より根本的な問題は武が自分でヒントを求めたかどうかなのではない。捜査官がそのようなヒントを与えることが正しいのかどうか、そして、そのことによって、真犯人でない者が自白に追い込まれることがあり得るかどうか、それが問題なのである。

第3章で分析したように、このようなヒントは、それ自体暗示として作用し、偽りの記憶を作り出す危険が高いのである。そのことについて、裁判所は一言も触れていない。

そして次は③(八木は武が一人でやったと言っているという嘘)である。判決文を見てみよう。

***被告人が実際にはそのような発言をしていないのに,そう述べているかの如く武に告げたとすれば,その捜査方法は相当に違法性が高いものということができるが,この点,武は,当公判廷においては,自己の過去の供述が被告人一人に責任を押しつける内容のものになっていると検察官から言われて動揺したことを証言しており,これがそれなりに信用できることは既にみたとおりであって,武が被告人から責任を押しつけられたとして恨みに思うなどしているのであればこのような発言がなされるはずはなく,弁護人の反対尋問を経た武証言にこの捜査方法が未だに影響を及ぼしているなどと考えることは到底できないところである。

 

ここでも裁判官は「……とすれば」などと仮定法で重大問題を片付けた。そして、それは「相当に違法性が高い」が、武が自白したのはそれに騙されたからではなく、自殺供述が八木に責任をなすりつける内容であると言われたことが主たる動機だから、佐久間の嘘は武自白に影響を与えていないというのである。

非常にこじつけっぽい説明であることは一読して明らかだろう。反論するのもばかばかしいくらいだが、一応反論しておくことにする。

自殺供述は「八木さん一人に責任をなすり付けている」と佐久間に言われたというのは、武が公判で初めて言いはじめたことである。日記にはもちろん書いていない。この証言が嘘であることは明白である。なぜなら、武の自殺供述は八木に責任をなすりつける内容のものではないからである。

自殺供述をまとめた9月27日付の警察官調書のなかで、武は、自分があらかじめ佐藤と利根川の河原で落ち合う約束をしていたことや、自分が佐藤を車に乗せて利根川につれて行ったこと、佐藤に向かって「チャンスはもうないんだって。今日できないと、ずっと先になっちゃうって」と言って励ましたことなどを語っているのである。どう読んでも、これは八木一人に責任を負わせるものではない。この調書の物語と比べれば、法廷証言の方が遥かに八木に責任を負わせようとする姿勢に貫かれている。

判決は、佐久間から言われた八木の話が武の供述に「影響を及ぼしているなどと考えることは到底できない」などと豪語している。われわれには裁判官たちが空威張りしているとしか思えない。武は「ダダダもひどい!」と絶叫し、「何で,そんな事を……」と絶句しているのである。考子の「目撃」の話に加え、八木が「武1人でやった」と言っていると聞かされて、このままでは「ヤバイ」「人生捨てたわけじゃないから、それはイヤだ」と思った武が、佐久間の誘導にしたがって、一生懸命に事件の「記憶」を辿ろうとした、と「考えることは到底できない」のか。むしろそう考える方が理にかなっているのではないだろうか。

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弁護権侵害

 

判決は一言も触れていないが、この事件では甚だしい弁護権侵害が行われている。そして、そのことも、武が自白を選択したことに大きな影響を及ぼしている。

武には捜査の初期から村木一郎という弁護人がついていた。非常に優秀な刑事弁護士であり、裁判所からの信頼も厚い人である。

ところが、佐久間検事は、否認と黙秘を繰り返し、調書への署名すら拒否している武に向かって、村木弁護士を徹底的に貶める戦略に出た。第3章で見たように、佐久間は武に、村木が過去に扱った刑事事件の話をして、検事の求刑と裁判所の量刑がほとんど変わらなかったと言って、「このままでは死刑」という自分の話に信憑性を持たせようとした。その上さらに、村木に「命の保証ができますか」と訊き、「できる」と言ったら「一筆書いてもらえ」と指示した。武は、佐久間の指示通りこれを行ない、村木から「そんなものは何枚書いても同じです」と言われた。誰でも同じような回答をするであろう。「命の保証をする」などと答える弁護士はいない 。そのことを佐久間は見ぬいていたのである。しかし、佐久間が語る文脈では、この村木の対応は、武の有罪は間違いないものであり、このままでは死刑は確実であって、弁護人すら彼女の命の保証ができない、ということになるのである。弁護人をだしに使ったあざとい脅迫である。そして、この出来事によって、佐久間の権威は非常に高まり、その後武が弁護士よりも検事を信頼するようになるきっかけとなったのである。

身柄を拘束された被疑者にとって、弁護人は自分の生命や自由を守るために戦ってくれるほとんど唯一の味方である。だから弁護人の援助を受ける権利は憲法で保障されている(34条、37条3項)。そして、被疑者と弁護人との間のコミュニケーションは秘密であることが保障され、被疑者は弁護人に何でも相談できることが保障されている。

ところが、日本の捜査官は、この被疑者と弁護人との間の秘密交通権を日常的に侵害している。例えば、弁護士と面会した後の取調べで、警察官や検察官が「今日、弁護士とどんな話をしたんだ」などと問い質すことが平気で行われている。弁護士と話したことまで取り調べられるとなれば、自分の味方であるはずの弁護士と面会すること自体が苦痛になってしまうだろう。ひどい場合には、「あの弁護士は余り良くないから」とか「あの弁護士を使うと碌なことにならない」と言って、弁護人を解任させ、警察の方で別の弁護士を紹介するなどということまでしてくることがある。重大否認事件では特にこのようなことが行われるケースが多い。

今回の佐久間のやり方も、このような常態化した弁護権侵害の慣行が当然のように繰り返されたものである。最終的には、武にとって弁護人と検察官の立場は完全に逆転してしまった。武の方から、村木に出す手紙を佐久間に見せ、その内容でいいかどうか意見を求めるというところまで行きついてしまった。佐久間検事は、弁護人を貶めることで、武を自由に操ることができるようになったのである。

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