第4章 捜査と公判の間

1 脅迫、約束、偽計、権利侵害と自白

 

武の法廷証言は「自白」である。したがって、その証拠能力を考えるためには、自白を巡る証拠法則(「自白法則」と呼ばれている)を論じなければならない。しばらく解説風の文章が続くが、大事なことなので付き合って欲しい。

われわれの憲法はこう言っている。「強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない」(38条2項)。ここで「強制」「拷問」「脅迫」とか「不当に長く抑留若しくは拘禁された」と言っているのは、自白が本人の自発的な意思によってなされたものではない場合を例示したものであると理解されている。つまり、ここにあげた以外の方法で自白が獲得された場合であっても、その方法が自白の任意性を失わせるようなものであるときには、その自白を証拠とすることができないのである。刑事訴訟法も「強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白その他任意にされたものではない疑いのある自白は、これを証拠とすることができない」と定めている(319条1項)。

任意性に疑問のある自白を証拠から排除するルールはコモンロー以来の証拠法則である。
この法則はアメリカに渡って憲法上の原則として定着し、そして、第2次世界大戦後の日本の憲法に引き継がれたのである。任意性に疑いのある自白の証拠能力を否定するのは、いまでは世界標準となったといっても良い。
しかし、任意性に疑いのある自白が証拠から排除される理由は何なのかについては、幾つかの考え方がある。

1つは、そのような自白の信頼性には疑問があるので、証拠能力がないという考え方である。
2つ目は、そのような自白は、個人の黙秘権――供述するかしないかについての選択の自由――を侵害するので、黙秘権を保護するためにこのような自白は証拠から排除されなければならないという。
3つ目の考え方は、拷問や脅迫などの方法を用いる取調べは違法であり、このような違法捜査を止めさせるためにはそのような方法で獲得された証拠を排除するルールが必要なのだと説明している。

日本の裁判所は、この3つの理由付けのどれか1つで全てを説明しようと言うのではなく、事件の具体的な内容に応じて説明の仕方を選択している。しかし、一般的な傾向としては、古い判例は第1の考え方に立っているのに対して、新しい判例は第2、第3の説明をすることが多いということができる。具体的な先例を幾つか見てみよう。

拷問すなわち暴力によって自白を強要することは、日本では決して過去の歴史的出来事というわけではない。前章でも指摘したように、検察官が自白を獲得するために被疑者に暴力を振るうということも、現に行われている。最近の判例に現れたものにこんなものがある。

警察官が、覚せい剤取締法違反と銃刀法違反の容疑で連行した被疑者を警察署の当直室の床に正座させ、顔面や腹などを殴ったり蹴ったりして、歯の折損、頚部・下腿の内出血などの重傷を負わせて自白させた。この自白について、熊本地裁は、この捜査方法の「違法性は極めて重大であり、被告人救済の見地からも、違法捜査抑制の見地からもこのような自白の証拠能力は否定するほかない」とした(熊本地決平3・2・14日判例集未登載)。

脅迫すなわち自白しないと不利益を被るぞと脅して自白を得ることもそれほど珍しいことではない。浦和地裁平成3年11月11日の決定は、18歳の少年に向かって「絶対少年院にいれてやる」「否認すると逆送で刑務所に行って、5、6年は入ることになる」と脅しをかけて執拗に自白を迫ったというケースについて、「違法・不当な言動で威迫を加え」て得た自白であるから証拠能力はないと言った(浦和地決平3・11・11判タ796-272)。

約束による自白――被疑者に自白と引き換えに利益を与える約束をして獲得した自白――については有名な最高裁判例がある。担当検事が自白をして改悛の情を示せば起訴猶予処分も十分考えられると言っていると弁護士から伝えられて被疑者が自白したというケースについて、最高裁判所は「被疑者が、起訴不起訴の決定権を持つ検察官の、自白をすれば起訴猶予にする旨の言葉を信じ、起訴猶予になることを期待してした自白は、任意性に疑いがあるものとして、証拠能力を欠くものと解するのが相当である」と言った(最2小判昭41・7・1刑集20‐6‐537)。

この「約束」は明確なものである必要はなく、利益を仄めかすという程度のものでも任意性に疑問を持たせる。大阪高裁昭和41年11月28日判決は、検察官から「お前も言わなきゃ帰れん」と言われてした自白について、「言葉の裏に含まれた意味を『言えば早く帰してやる』と理解したものと思われるし、検察官も同人がそのように理解するであろうという効果を期待して、そのように発言したものと思われる」から、この供述は脅迫と利益の約束に基づく疑いがあり、任意性が認められないとした(大阪高判昭41・11・28判時476‐63)。

偽計すなわち被疑者を騙して獲得した自白にも証拠能力がない。これについても有名な最高裁判例がある。
ある夫婦が拳銃を共同で所持したという容疑で逮捕された。当初、夫も妻も一致して、拳銃は妻が夫に内緒で購入したものだと供述していた。ところが、取調べ検事は、まず、夫に向かって、奥さんはあなたと共謀して拳銃を買ったことを自供したと嘘をつき「こんな事で2人共処罰されることはない。男らしく云うたらどうか」と説得した。すると夫は自供した。その検事は、すぐに今度は妻に向かって「だんなさんは自白した」と告げ、妻からも自白を得た。この事件について、最高裁判所大法廷は次のように述べて夫の自白調書の証拠能力を否定した。

***捜査官が被疑者を取り調べるにあたり偽計を用いて被疑者を錯誤に陥れ自白を獲得するような尋問方法を厳に避けるべきであることはいうまでもないところであるが、もしも偽計によって被疑者が心理的強制を受け、その結果虚偽の自白が誘発されるおそれのある場合には、右の自白はその任意性に疑いがあるものとして、証拠能力を否定すべきであり、このような自白を証拠に採用することは、刑訴法319条1項の規定に違反し、ひいては憲法38条2項にも違反するものといわなければならない。
これを本件についてみると、***増田検察官が、被告人の取調にあたり、「奥さんは自供している。誰がみても奥さんが独断で買わん。参考人の供述もある。こんな事で二人共処罰される事はない。男らしく云うたらどうか。」と説得した事実のあることも記録上うかがわれ、すでに妻が自己の単独犯行であると述べている本件被疑事実につき、同検察官は被告人に対し、前示のような偽計を用いたうえ、もし被告人が共謀の点を認めれば被告人のみが処罰され妻は処罰を免れることがあるかも知れない旨を暗示した疑いがある。要するに、本件においては前記のような偽計によって被疑者が心理的強制を受け、虚偽の自白が誘発されるおそれのある疑いが濃厚であり、もしそうであるとするならば、前記尋問によって得られた被告人の検察官に対する自白およびその影響下に作成された司法警察員に対する自白調書は、いずれも任意性に疑いがあるものといわなければならない。(最大判昭45・11・25刑集24-12-1670)

 

判決が指摘しているように、このケースでは、夫に向かって「こんな事で二人共処罰される事はない」と言ったことは、自分が自白すれば妻は処罰を免れるかもしれないという利益の約束による自白という要素も認められるのである。

 

大阪地裁昭和51年1月21日決定の事例はこうである。

黙秘している被疑者に向かって、取調べの警察官が、現場の爆弾の破片から指紋が出た、同棲している女性が一切を話した、逮捕状が出かかっているなどと嘘を言って自白に追い込んだ。裁判所は、この取調べ方法は「被告人に対し本件についての有力な証拠が既に捜査官のもとに収集ずみであるとの印象を抱かせ、その印象を強化する性格のものであるから、右は、同捜査官が被告人に与えるかかる効果を意図してなした偽計と断ぜざるをえない」と言って、自白調書の証拠能力を否定した(大阪地決昭51・1・12判時834-113)。

 

最近の例をあげよう。大分で起こった「みどり荘事件」(強姦殺人)である。警察は、母親らのことを心配している被疑者に向かって「分かった。じゃあ、上司と相談して至急会えるようにしてあげよう。だからお前の記憶のあることを全部話しなさい」と告げ、さらに、被疑者の体毛が被害者の部屋にあったというに鑑定結果が出たと嘘の事実を告げた。そのうえ、事件の記憶がなく具体的な供述ができない被疑者に向かって「飲酒すると記憶がなくなることもあるから」と言って自白させた。福岡高裁はこの自白の任意性を否定した(福岡高判平7・6・30判時1543-81)。これは約束と偽計によって「強制-自己同化型虚偽自白」がなされた事例と言えるだろう。

 

黙秘権や弁護人依頼権は刑事訴追を受けようとする個人にとってかけがいのない重要な権利である。このような権利を妨害して獲得された自白の証拠能力もしばしば問題となる。

 

古い最高裁判例は、被疑者と弁護人との面会を制限して自白を獲得したとしても、それだけでは自白の証拠能力は否定されないとしていた(最判昭28・7・10刑集7‐7‐1474)。しかし、その後の下級審判例の中にはこれに異論を唱えるものもある。函館地裁昭和43年11月20日決定は、警察に出頭した被疑者のもとに弁護士が会いに来たのに、警察が取調べ中であると言ってこれを拒否して取調べを続行して獲得した自白について、次のように述べて、その証拠能力を否定した。

***弁護人依頼権は単に弁護人を持つという形式的な権利ではなく弁護人の援助を受け自己の利益を擁護する実質的な権利であり、殊に任意出頭の段階において、捜査機関が被疑者の取調べを理由に弁護人との面接を拒む合法的な根拠は全く存しない。***従って本件調書は、弁護人との面接を妨げることによって被疑者の防禦権を不当に侵害した状況において違法に収集された証拠であって、その瑕疵の重大性に鑑み、証拠能力を有しないというべきである。

 

さらに、この判例は、他の調書についても、「黙秘権が正当に告知されていない。むしろ黙秘権を行使することを妨げ、或いは行使することが不利益を招くと考えさせるような告知をしている」と言って、証拠能力を否定している(函館地決昭43・11・20判時563-95)

大阪高裁昭和53年1月24日判決。
被疑者から弁護士費用を持参するように連絡されて現金を持参した母親に「今日は渡さないで帰ったほうが良い」と言って帰らせたところ、被疑者がこれに抗議して取調べを拒否した。すると警察は母親に連絡して弁護士費用を持参させた。その後被疑者は自白したというケース。

 

裁判所は、この警察の対応は「憲法上保障された弁護人選任権を妨害したと疑われても仕方のない措置である」、「当然与えられるべき弁護人選任権を取引材料として、被告人に心理的圧迫を加え黙秘権を侵害して自白を強要した不当な取調べ方法であ[る]」と言って、その後に作られた自白調書の証拠能力を否定した(大阪高判昭53・1・24判時895-122)。

ほかに、「弁護士さんをいれてもらえんでしょうか」と言う被疑者に向かって「弁護士と君との面会をさせへん」と告げて追及して獲得した自白の証拠能力を否定した判例もある(大阪地判昭44・5・1判タ240-291)。

 

このような積極的な権利侵害ではなく、法律が要求している権利告知を怠ったり、不充分な権利告知しかしていないということを理由に自白の証拠能力が問題とされるケースもある。

古い最高裁の判例は、黙秘権や弁護人選任権の告知を怠っただけでは、その後になされた自白の証拠能力は否定されないとしていた。しかし、最近の下級裁判所の判例の中には、被疑者の権利告知が不充分だったことを理由の一つとして、自白の証拠能力を否定するものが出てきている(前掲函館地決昭43・11・20判時563-95のほかに、浦和地判平元・3・22判時1315‐6;浦和地判平2・10・12判時1376‐24;浦和地判平3・3・25判タ760‐261など)。

 

ここにあげた事例は実は氷山の一角に過ぎない。なぜなら、取調べは第3者の立会いもなく、録音や録画がなされるわけでもなく、完全な「密室」で行われるからである。供述調書は被疑者の述べたことをそのまま記録したものではなく、取調官の作文に過ぎない。捜査官から脅迫されたとか拷問を受けたと訴える被疑者は決して少なくない。しかし、証言台に立つ警察官や検察官は決してその事実を認めようとはしない。そして、たいていの裁判官は被告人の話よりも捜査官の証言をとるのである。

 

もう1つ、わが国の捜査で問題なのは、被疑者の黙秘権が全く無視されていることである。
捜査官は取調べをする際には被疑者に黙秘権を告げなければならないことになっている。しかし、被疑者が「黙秘します」と言っても、取調べは終わらないのである。

 

武まゆみたちがそうであったように、捜査官は被疑者の黙秘権行使を全く無視して、連日連夜取調べを続ける。「黙秘します」と言うのに、延々と取調べが続けられれば、誰でも黙秘することなど諦めてしまうだろう。

 

こうして、日本では、黙秘権は憲法や法律に書いてある「紙の上の権利」に過ぎなくなってしまった。アメリカでは、取調べを受ける被疑者に対しては、黙秘権を告知するほかに弁護人の立会い権まで告げなければならない。そして、被疑者が何らかの方法で黙秘の態度を示したならば、それ以降は取調べをしてはならず、それにもかかわらず取り調べて自白を得たとしても、その自白の証拠能力は否定される。これによって初めて黙秘権は実際に意味のある権利となるといえるだろう。

 

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