第3章 武まゆみの証言と記憶

ひらめく映像と音声

 

この日以降、武は、いままでの記憶は完全な間違いであると確信して、一生懸命佐藤修一殺害の前後の状況を思い出そうと努力する。当時の映像を必死に追い求める作業を続けるのである。ノートには、10月27日に最初の「三ッ星マーク」が登場する。武は取り調べの最中や、留置場の房の中などで突然何の脈略もなく、佐藤修一殺害に関する映像がひらめいたり、会話が聞こえたりして、その内容を星3つの記号を付して書き止めている。いくつか拾ってみる(強調は引用者)。

渡辺アパートの部屋の中で、アンナがハサミを持って(右手に)、左手に何かを持って、立っていた絵が出てきた。何かを切ろうとしているのか、切った後なのかは分からないけど、ヒモ状のものではなかった。

☆ハサミは皮ジャン[ママ]のそでとえりが切られているから、それを切ったものではないか?(武ノート6冊目10/27)

 

☆☆☆私の家(永山荘)でのこと
八木「根っこを見せてみな」
と言われて、冷蔵庫の中に入れておいた根っこを出してきた。
(細野荘でのひどかった時に使った根っこは?と言われたと思われる
太っている根っこをとって、
まみ「これがそう」→こういうふとっている形のやつだよ
と言って見せた。そして、冷蔵庫に戻す時、その1コを別にしてしまったような気がする。(武ノート6冊目10/28)

 

☆☆☆6月3日のディナーショーの後、ロングベストの上にジョッパーズパンツをはいた事があった。それは、作業をするために、あらかじめ、用意して車に入れておいたもので、八木さんにそのように指示されていたから、作業とは、佐藤さんの死体を利根川に流すこと、だと思う。(同:10/30)

 

☆☆☆その後、死体を運ぶためにアパートへ行ったらしい
その時に、洋服を着せたのではないか

→考子が見た時にはパンツ1枚だったから。

☆☆☆佐藤さんに、服を着せる時に、何を着せるか、という話が出たと思う。その時に、私が、「佐藤さんが自分で、“皮ジャンを着る”って言ってたんだから、皮ジャンでいいんじゃないの?」と言った。それで、皮ジャンを着せることになった。

☆☆☆くつ下を覆かせる時に、アンナが片方を覆かせていた(佐藤さんの左足)あまりもたもたしていたから、私が、
「くつ下、はかせたことないの?」
と言って、私が手伝って右足の方にはかせた。
***
☆☆☆利根川の川原で、八木さんがモップを持っていた。
川っぺりに立っていた→八木さん

八木さんから
「モップを持ってこい」
と言われた。
***
☆☆☆佐藤さんの死体かどうか、分からないけど、八木さんが川にモップをのばしていた。(何かを押しているような)絵が浮かんだ
モップを押しているのが、八木さんか私か分からないけど、持っている側がヒモの方で川の方が“え”になっている絵が浮かんだ→絵の感じから考えると私だと思う。→(持っている方でなく、川の方の“え”の部分だけ見えるから)

どっちが先かは分からない(絵の感じから、八木さんは、モップを私の時とは反対に持っているようだ)(武ノート6冊目11/1)

 

☆☆☆佐藤さんの洋服を着せた時のようす
ズボンを私がはかせて(腰まで)ボタンをはめようと思ったら、分からなくて
「ちょっと、これ、わからないよ」
と八木さんに言ったら、八木さんがやってくれた。
ズボンのボタン部分(ウエストの)が変な事になっていてわからないと言った。
☆ズボンをはかせた時には、まだくつ下ははいていなかった絵だった

(ズボンを足に入れた時にはだしだった)→絵が浮かんだ
浮かんできた絵は、足にズボンをはかせた所と、腰まで上げた所、八木さんがボタンをかけている所、ズボンをこしまであげた時に、ボタンをはめようと思った時、八木さんに「分からない」といった時八木さんは私の右側にいて、私は顔を右に向けて八木さんを見て、話した。(同11/2)

 

最初の10月27日は、渡辺荘でアナリエがハサミを持って立っている映像、翌28日が永山荘で八木から「根っこ見せてみな」と言われた会話、30日には八木から「まみには5000万円やるから」と言われた会話、同じ日に境野というツケの客が逃げた ときの八木との会話、11月1日に八木が川にモップを伸ばしている絵が浮かんだ、11月2日には佐藤に洋服を着せているときの様子の会話と映像……という具合である。ひらめく映像や音声は時系列的にも順不同であり、また、物語としてのまとまりにも欠けている。文字通り、断片的な映像や音声が閃くかのようである。

映像や音声の閃きということのほかに、別の出来事からの類推も行なわれた。例えば、八木が佐藤の死亡を確認したかどうかについて、具体的な映像や会話は浮かばないが、森田昭が死亡したとき「川村に確認させた」と八木から聞いたことがあったので、「だから、佐藤さんの時もそうではなかったか、と思う」という類推をしている(武ノート6冊目 11/2) 。

武は佐久間検事と共同で、この閃光のような断片的な映像や音声に意味付けをあたえ、物語の適切な箇所にそれをあてはめ、ある程度まとまった段階で武はノートにそれをまとめ、捜査官は調書にまとめるという作業を繰り返した。こうした作業をしているときに、佐久間は「まるで、パズルのピースをあっちこっちに埋めていく感じだね」と言って驚嘆したという(武H12/11/7検察官調書)。こうして、徐々に徐々に一貫した物語が作り上げられていった。

武まゆみは、11月21日、他の3名と一緒に、渡辺荘事件によって逮捕されたが、その前後を通じて、このような作業は継続された。最後の「三ッ星マーク」は、平成12年12月18日であり、佐藤修一殺害後に交通事故を起して怪我したことについてのエピソードである。事故の後永山荘(武の自宅)でなされた八木との会話を思い出したという。武はその場面で八木に「バチが当たったとしか思えないよ」「だって私は実行犯なんだから」と言ったというのである(武ノート10冊目9)。

 

 

 

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